45 一緒に
明日のセイは、朝の六時に家を出る。で、夜の十時が仕事終わり。なので、朝・昼・晩の三食を作る。私の分も含めて。
サンドイッチ、タコさんウィンナーと玉子焼きのお弁当、焼きたらこおにぎり・梅おにぎりと200cc紙パックの野菜ジュース。
を、セイと一緒に作る。セイとは、サンドイッチにハムとチーズを挟むのを頼んだり、また一緒におにぎりを作ったりした。
タコさんウィンナーと玉子焼きに、目を丸くしてたりしたけど。食パンを横半分に切るのも、目を丸くしてたけど。
飲み物は朝に用意します。終わりです。と、言ったら。
足元に移動していた子猫たちが鳴いた。
「はえ?!」
セイが奇声を発した。三匹よ、何を言ったのかな?
「セイ、なんて?」
「……、……その、い、一緒に、寝るのは、どうだろうか、と……」
マジか。
「んー、でも。もう布団敷いちゃったし……リビングに二つ並べるの、少し狭い、かな。どうする?」
「い、いえ、僕は、ナツキさんの負担には──」
また、鳴いた。にゃあにゃあにうにう鳴いて、
「え、や、それは、流石に……」
真っ赤な顔になっているセイはしゃがみ込み、子猫たちに言う。
『『『みゃう』』』
その一声で、セイが黙った。
「解説をお願いします、セイ」
私もしゃがむ。
「……その、寝室なら、布団を敷けるだろう、と……」
目を逸らされて言われて、逸したい気持ちが分かった。けど、まあ。
「……セイが大丈夫なら、私は、良いけども」
「そ?! そう、なん、ですか……?」
「寝込みを襲ったりしないなら、ね」
一応、軽めの口調で言う。
「ねこ……な、は、し、しませんしませんしませんので! はい! 誓います!」
首を横に振ったり縦に振ったりするセイの、そのパニックになりかけてるっぽいそれに、呆気に取られてから、吹き出した。
「……あの、真剣、なんですけど……」
しょげるな、笑う。
「うん、ごめん。セイのその、真剣さに、負けた」
「負けた……?」
不思議そうに言うそれに、また肩を震わせて笑ってしまった。
*
『──共に寝たくないのか?』
守護霊たちのそれに、黙ってしまった。なんだか、悔しい。
ナツキのベッドの隣に敷いた布団の中で、セイはそう思う。
そのあとに、布団を運ぼうとしたナツキに、自分が運ぶと言って、寝室に入り、布団を敷いて。
『セイ、おやすみ』
『……あ、はい。おやすみなさい、ナツキさん』
前回も思ったが、寝るための「おやすみ」など、いつぶりだろうか。そんなことを思いながら、布団に潜り込んだ。
既に寝ているナツキの周りには、守護霊たちが居る。守護霊たちも寝てはいるが、自分が何かをしでかさないかと警戒しているんだろう。ある意味、ホッとする。
寝たとして、明日はしっかり起きなければ。
セイはそう決意を固めるが、ナツキの寝息を聴いているうちに、気付かぬうちに、微睡み始め。
昨日のようにまた、眠りの中へ落ちていった。
*
アラーム、起床、アラーム停止。
「んー……!」
伸びをして、起き上がる。現在時刻5:20。
で、セイは。
「……うん、寝とるね」
セイにしか聞こえないアラームじゃ、起きなかったらしい。私のアラームでも、起きなかったみたいだ。
「セイー起きてー朝ですよー」
ベッドから下り、セイの顔を覗き込む。
すうすうと寝息を立てて、起きる気配は皆無だ。
「セイ、起きて。朝から仕事でしょ?」
カーテンを開け、電気も点ける。
「セイ、また爆音……」
鳴らしたとして、防音をかけられるオチかな。
では、もう、最後の手だ。セイのすぐそばに座って、
「セイ! 朝! ご飯は?!」
セイの眉が、ぴくりと動いた。
「一緒に作ったのになぁ?! 私だけ食べるのかなぁ?!」
「やです……」
セイは、薄く目を開けた。よし。
「おはよう、セイ。目、覚めた?」
セイは目を瞬かせ、私を見つめて。
「……え?! あ、はい! 起きました!」
バネのようにってこういうのかなぁ、みたいな、勢いの良い起き方をした。
「うん、起きたね。おはよう」
「……お、おはよう、ございます……」
項垂れている。
「僕は、寝起きが悪いんでしょうか……?」
「どうだろうね。ずっと寝てなかったってことは、起き方、体が忘れてたりするのかもね」
立ち上がりながら言う。
「先に顔、洗ってきていいかな?」
「はい……大丈夫です……」
まだ項垂れているセイを、一旦そのままにして、パジャマはそのままに朝の支度をして、水筒にお茶を作っていたら、
「すみません、洗面台、お借りします……」
「了解」
セイが通り過ぎてった。うん、本当に起きてくれたみたいだ。
お茶を作り終わり、水筒の蓋を閉める。それをテーブルに置いて、セイに一声かけてから着替えよう、と思っていたら、セイが戻ってきた。着替えてもいる。
「ありがとうございました。……水筒、お借りして良いですか?」
テーブルの上の水筒に、セイが目を向ける。
「どうぞどうぞ」
「ありがとうございます」
水筒が消えた。……なんか、慣れてきた。
「また、起こしてもらってありがとうございました。では、そろそろ向かいますので」
「うん。……あ、今後の方針、決められるとこだけで良いから、今日、ラインとかで連絡、欲しいかな。保留なら保留で良いし」
セイは、また、目をパチパチさせて。
「……分かりました。ありがとうございます」
笑顔が眩しいなぁ。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
*
さて、着替えて、ご飯食べて、布団を干して。
洗濯物は終わってるし、会社からの緊急連絡もないし。二度寝をするか、私の今後を考えるか、なんて考えていたら。
「……そういや、動画、上がってるんだっけ」
昨日のセイの言葉を思い出して、アジュールの動画を見た。これも再生数がスゴイ。
中身は水のマジックだ。瓶を出現させ、空中に注ぎ、その水を自在に操っていく。瓶も形が崩れて、水になり、操っていた水と混ざる。
それを様々な形にして、最後には色まで付けて、凍らせ、それは、シャラン、と綺麗な音を立てて砕け散り、消えた。
「……わーお」
そういや、ビールの色、変えてたな。同じ原理かな。
「あとで、ユイちゃんに連絡しようかな」
観た? て。
んでは、ランニングしつつ、今後のことを考えますか。
*
近所を走りながら、頭の中で整理する。
セイへのプレゼントは、なんとなく方向性が見えてきた。実家への、セイ──アオイが、年末年始に顔を見せられるかもって連絡も、出かける前に、したし。プリザーブドフラワーとドライフラワーの花瓶を買って、あとは……セイ待ち、かな。
走りながら、時々見かける幽霊たちを、それとなく観察する。……数が少し減っている以外、変わりはないようだ。
公園まで来て、ベンチで一休み。
『…………』
木の向こうからこっちを見てくる、いつもの幽霊たち。人間の、三歳ほどの子供と、一匹の大型犬。
いつも見てくるだけで、害はない。私からも話しかけない。
私はスマホを取り出して、まず、花瓶を物色し始めた。……花瓶って、高いんだな。
『……あのね』
幽霊の子供が、話しかけてきた。初めて声を聞いた。けど、そのまま、花瓶探しを続ける。
『お礼、言いたい。ありがとう』
『ワフっ!』
光が見えた。アカネさんが成仏した時のような光が。
そっちへ顔を向けてしまって、その光景に、目が釘付けになった。
笑って手を振る子供と、嬉しそうに見える大型犬が、光に包まれ、粒子になって、消えた。
移動したんじゃない。アカネさんと同じ感覚がある。……成仏、した?
……これ、どういうこと? セイに報告案件だよね?




