44 心の持ちよう
「ええと、茎の長さをあのままにするなら、こういう形とか、ですかね」
なんとか二人で食べ終わり、セイは、片付けをしてくれているうちに、顔色が普通になった。
で、ローテーブルへと移り、ハーバリウムの瓶の候補を、「仮に構築します」と言って、空中に出してくれている。
出してくれたのは、長めの容器。直方体、筒状、湾曲してるもの、などなど。
「あと、花の部分だけなら、このくらいの大きさで」
今度は、丸、ピラミッド型、立方体、八面体、雫型、などなど。
「どうでしょう? 仮なので、表面の凹凸や装飾は、最低限ですが」
「……逆に、分からなくなってしまった」
候補が多すぎて。
「なら、仮の薔薇を入れてみますね」
全ての容器に、半透明の青い薔薇が、出現。
「……綺麗……」
思わず、言ってしまう。だって、目の前に、沢山の青い薔薇。幻想的と言わずに、いられようか。
「ありがとうございます。……それで、どうでしょう? イメージ、固まりました?」
「えっと、待ってね」
半透明の青い薔薇が入った容器たちを、眺める。
「……その、丸いのでいい? 花のとこだけのヤツ」
それを指差し、聞く。
「はい。分かりました」
セイが頷くのと同時に、丸い容器以外が消えた。青い薔薇たちも消える。
「それで、これですが」
セイが言うと、丸い容器が、ローテーブルへ降りてきた。
「このままでいきますか? 何か装飾を施しましょうか」
「……このままで。お願いします」
「分かりました。材質はどうします? 僕が決めて良いなら、強化ガラスに似た素材にしようかと思っていますが」
「セイが良いと思うヤツで」
「分かりました。では、ハーバリウム、作りますね」
セイが容器を持つ。光の反射で、材質が変わったのが、分かった。
花瓶から薔薇が一本、スーッとこっちに来て、茎の部分が消えて、薔薇が一瞬にして、容器の中に。……蓋、開けないんだ?
「如何でしょう? 他に小花など、足しますか?」
……にっこり聞かれましても。
「ううん。これで、これが良い。ありがとう、セイ」
薔薇から視線を外し、セイに顔を向けて言う。……また、赤くなった。
「いえ……ご満足頂けたなら、何よりです。では、完成させますね」
セイが言い終わるのと同時に、また一瞬で、容器の中は、透明な液体で満たされる。
「それでは、他の加工に移りますね」
セイは、出来たてのハーバリウムをローテーブルにそっと置くと、花瓶のほうへ行ってしまった。
「……綺麗だなぁ……」
ハーバリウムを眺め、それを持つ。あ、意外と軽い。
「……あの、他二本、出来ました。ので、ご確認を……」
セイが、両手に一本ずつ薔薇を持ち、戻って来る。顔が赤いのは、もう、通常運転だと思うことにしよう。
「うん。ありがとね」
ハーバリウムを置いて、薔薇を受け取る。
おお、ホントにプリザーブドフラワーとドライフラワーになっている。
「すごいね、セイ。ありがとう」
薔薇からセイへ、顔を向ける。
「……いえ……その、お気に召して頂けたなら、良かったです」
セイが顔を赤くしたまま、座る。
今は、これ以上の話は無理そうかな。
「じゃ、セイ。お風呂の支度、してくるね。休んでてね」
「あ、はい」
薔薇を置き、立ち上がり、お風呂場へ向かう。
プリザーブドフラワーは玄関に飾って。ドライフラワーはリビングかな。ハーバリウムはテーブルの上に飾ろうかね。
*
「……はあ……」
セイはまた、昨日のように、湯船に浸かり、天井を見上げる。
何かする度に驚き、喜び、笑顔になってくれるナツキに、心臓が保たない。けれど、ずっとそれを、見ていたい。
プリザーブドフラワーとドライフラワーの飾り方を聞いた時も、埃よけにと、カバータイプの容器を構築して。それにまた、ナツキは驚いて、喜んで、笑顔を向けてくれた。
観客にも、そんな思いを。心からの驚きと喜びを。ナツキを見ていて、そう思って。
思った自分に、驚いた。そして、納得した。
自分は、手品を──魔法を見せる相手の心の持ちようへ、あまり意識を、向けていなかったのだ。──向けないように、していたのだ。自分は、嘘つきだから、と。
「……僕はまだまだです……師匠……」
呟く。防音はかけてあるけれど、小さな声で。
「どうしたら、貴方みたいに、なれるんでしょうか……」
在りし日の師の姿を思い浮かべながら、セイは、空中に浮かべていたレモネードのコップを手に取り、一口飲む。先ほどまでの憂いが淡くなり、自然と、笑みがこぼれる。
ナツキに、詳しい作り方を教えてもらいながら作ってもらったレモネードだ。自分が風呂から上がったら、ナツキに手助けしてもらい、ナツキの分を、自分が作ることになっている。
「……ナツキさん」
上手く出来るだろうか。自分の作ったレモネードを、美味しく思ってくれるだろうか。
そんなことを考えながら、セイは、レモネードを少しずつ、飲んだ。
*
おまたせしました、と、コップを持ってきた風呂上がりのセイを見て、その格好を見て、私はちょっと、や、それなりに、驚いた。
「……ゆったりとは言ったけど……浴衣は、寒くないかな?」
私はなんとかそれだけ言った。
セイは、グレーの浴衣を着て、黒に近い濃いグレーの帯を締めていた。めっちゃカッコイイがな。
「あ、寒くはないです。……その、そもそもとして、今まで着ていたような服しか持っていなくて。ゆったりとは、と考えまして。昔に着ていたこういうのは、着ていて楽だったな、と。なので、作り方も簡単ですし、ちゃちゃっと作りました」
「作ったんだ……?」
それを……?
「はい。何かの際にと、素材を色々と持っていますので。それに素材があれば、一から構築するより、楽なので」
「そ、なんだ……? ……そっか、似合ってるよ。カッコイイよ、セイ」
「え、あ、……ありがとう、ございます……」
顔を赤くしたセイに、「コップどうも」と、手を出す。セイは「ご、ごちそうさまでした……美味しかったです……」と、コップを差し出してくれた。
「その、それで、ナツキさん」
セイは、ピシッと姿勢を正した。
「レモネードを、その……」
「ん、作ってくれるんだよね」
「は、はい。頑張りますので、お力を、貸して下さい」
また姿勢良く一礼したセイに、
「うん、いくらでも貸しますよ。セイが作ってくれるの、嬉しいから」
言ったら、また、顔を赤くした。
*
作ったレモネードを、美味しいと思ってくれるだろうか。
風呂場からの音に脳を支配されないように、セイはそんなことを考えつつ、ソファに座って、今までのアジュールの動画を見ていた。守護霊たちも、セイに乗って、……見守って、くれている。
「……」
決意をしたあとの、ごく最近の動画は、新しいものも含め、伸びている。それ以前は、少しは増えているけれど、その程度だ。
心の持ちようで、こんなにも変わるのか。セイは改めて思う。
そして、それなら、これからはもっと、観てもらえるのではないか、とも。
魔法の素材や用具の代用品についても、真剣に考えている。
その類は、全てを人工的に作るより、少しでも、天然のものを混ぜたほうが、効果が高い。
出来る過程の違いだろう。セイはそう、分析している。けれど、研究はどこまでも出来る。
カセットコンロもそれ用のガスボンベも複数買ったし、観察して、解析して、マネージャーに相談してあるけれど、クリスマスまでには、ものにする。
クリスマスのショー。雪とイルミネーションと、炎のショーだ。
……生配信の重みを、今更に感じる。
「セイ。上がったよ」
「あ、はい」
ナツキの声に、スマホを閉じて、振り返り。固まってしまった。
「レモネード、美味しかった。ありがとうね。……セイ?」
「……あ、すみません。その、いつものと、お姿が、違ったので」
セイはなんとかそれだけ言った。
「姿? ああ、パジャマのことかな」
「……パジャマ……」
「そう、パジャマ。冬用のね」
ナツキは、厚手でゆったりとしたそれの、裾を抓む。
風呂上がり、というだけでも、自分の意識は飛びそうなのに。加えて、焦げ茶の地に大きめの格子模様の、前開きの寝巻きだ。当たり前のように、ネックレスもしてくれている。
──これくらいで揺らいでどうする。
守護霊たちから念を送られ、セイは我に返った。
「その、えと、お似合い、です。……あの、それで、明日のご飯、なんですが……」
「うん」
ナツキはソファに添って周り、セイの隣へ腰を下ろした。
セイは、心臓を宥めながら、なんとかナツキと視線を合わせる。
「食べたい、ので、作って、欲しいです。あと、どこまで出来るか分かりませんが、お手伝いを、出来たら、と」
「うん、オッケーだよ。何かリクエスト、ある?」
優しげに微笑みながら、聞かれる。宥めている心臓が、跳ねる。
「……リクエスト、は……リクエスト……」
思い、浮かばない。
「思いつかないなら、私が決めて良い?」
「あ、はい」
「うん。分かった。で、どうする? 今から作る? 少しこうしてる?」
このままで、居たい。が、そうしたら自分は、きっと動けなくなる。
「今から、で、お願いします」
「ん、分かった」
軽く頷くその仕草にさえ、また、心臓が跳ねた。




