40 告白
その言葉に、目を見開いてしまった。
「やっぱり、ご存知でしたか」
私を見て苦笑するセイに、なんて言えば良いか分からなくて。
「ごめん」
手を、強く握った。離されないように。
「いえ、ナツキさんが謝ることでは」
「だとしても、ごめん。……どこでどう知ったか、話しても良い?」
セイは目をパチクリさせて。
「……はい、お願いします」
綺麗に微笑んだ。微笑んでくれた。
「アジュールってマジシャンを知ったのは、一昨日。バズった動画を会社の同期に見せてもらってね。最初はなんの動画なのか分からなくて、その同期にマジシャンのショーだって、教えてもらった」
「ああ、はい。予想以上に好評で、ホッとしました」
笑って、そう言ってくれる。
「で、マジシャンっていうのと、バズった動画の印象が凄くてね。どうしても、セイを思い浮かべちゃった。セイ、あんまり仕事のこと、言わないようにしてる感じだったから、聞いて良いか分からなくて。けど、気になって」
一回、息をして。
「動画見まくって情報調べましたごめんなさい!」
頭を下げて、上げる。
セイを見たら、驚いた顔をしていて。次に、なんだか嬉しそうな顔になった。
「ですから、ナツキさんが謝る必要はないです。そもそも、近いうちに、僕から言うつもりでした。ナツキさんは動画を見て、僕だって気付いたんですか?」
「いや、気付いたっていうか……調べてるうちに、調べたのも一昨日だけど。逆に訳が分かんなくなってきて。そしたらさ、三匹たちがね。あ、ずっと傍に居てくれたんだけど。これをね」
ネックレスのチェーンを持つ。
「その時は仕舞ってたんだけど、その箱まで誘導してくれてさ。セイがそうだって伝えたいのか、それは分からなかったけど。けど、それと別にね」
チェーンから、石に指を移動させる。
「セイが誰であっても、セイはセイだよなって。思えてね。なんか、安心しちゃって。あの子たちが箱開けろって仕草をしてさ。開けて、付けてね。そしたらホッとして。だから、今も、付けてる。……うん? ごめん、話が逸れた」
セイへと顔を向ければ、片手で口を覆って、真っ赤な顔を、横へ向けていた。
「えーと、だからね。そうかも、とは、思ってたけど。そうでもそうでなくても、みたいな感じだった」
「そう……ですか……」
「私からも聞いて良い?」
「……なんでしょうか……」
「私、知ってるふうな感じ出てた? やっぱりって、言ってたけど」
「ああ、いえ、それは……」
セイは口から手を外し、テーブルに置いて、けど、顔の向きは、そのままで。
「知られたかも、とは、思ってました。けど、それは、あのショーがものすごい勢いで広まったので、ナツキさんが見ていてもおかしくは無いな、というくらいのもので。で、確信、と言いますか、何かに気付いてるな、と、思ったのは……その……」
言葉を待つ。セイが、深呼吸する。
「その、昨日の、電話の際に。本名で活動してないと僕が言った時、電話、代わってくれましたよね」
「あ、うん。……そこ?」
「そこ、と言いますか。その一連と言いますか。僕を守ってくれている、と、感じまして。そもそも、ずっと会話、聞いてくれてましたよね。で、恋人にも、のところで、代わってくれたので。恋人にも、活動名を明かせないのか、と続くところだったのではと、推測しまして」
セイが赤い顔のまま、こっちを向く。
「ですから、何かしら、察してくれてはいるのかな、と。思った次第です」
セイは、へにゃりと、照れたような、嬉しそうな、そんな顔を、した。
──あ、駄目だ。駄目だこりゃ。
「……ナツキさん……?」
ああああ駄目ですね。その不思議そうな顔も駄目です。許容量オーバーです。キャパ、キャパオーバー。
はい。溢れました。はい。
「あの、どう……」
「ごめん待って」
目をつぶってもう一方の手で顔を、覆えないね? ちょっと下向こうか。
「待って、待ってね。今、頭が、こう、ぐるぐるしててね」
「──え?」
ガタガタと音がして、握ってくれてる手をそのままに、セイは私のすぐそばに来たっぽい。
「な、なにか具合が……?」
「いや、違くてね。ごく個人的な理由でさ」
うん、駄目だ。ぐるぐるが治まらん。
言おう。
「……セイ」
目元に被せていた手を外し、目を開け、セイの声がした方を見る。
「はい」
セイは私にひざまずく形で、私を覗き込んでいた。
距離。距離よ。
「……セイ、聞いて」
「は、はい……」
「セイが好き。好きです。ガチの恋人になってほしい。……どうしよう……?」
どうしようもこうしようもあるか、と思う。けど、そうとしか、言えない。
セイが目を丸くする。同時に、顔を真っ赤にする。
「……ナツキさん」
「うん」
「ナツキさんが、好きです」
「うん。……うん?」
「恐らく、いえ、確実に、初めてナツキさんに会った時から好きでした。ナツキさんの、本物の恋人になりたいです。……お付き合い、していただけませんか」
真っ赤で、真剣な、顔。が、私を見てて。
私もたぶん、真っ赤で。ああうん、セイの瞳に映ってる顔、真っ赤。
「……私で、いい……?」
駄目だ。変な言葉が出る。
「あなたが、あなたじゃないと、駄目です。嫌です。ナツキさん」
セイが、膝に乗せた私の手に、自分のを乗せてきた。
「恋人、なっていいですか」
その真剣な眼差しに、不安がよぎるのを見て。
だから、キャパがオーバーしてるんですよ。
「こっちこそ、……こちらこそ、なってください。ならせて、恋人」
セイが良ければ、と、続けようとして。
立ち上がったセイに、抱きしめられた。
「ナツキさん」
声、近い。息が、近い。
頭が、熱くなっていく。
昨日も、抱きしめたのに。
「ナツキさん、好きです」
近い。近いって。何言えばいいか、余計に分かんなくなるよ。
「ナツキさん……!」
口、動かない。声、出ない。手……手は、動く。
その背中に、手を回す。力を込める。
より一層、抱きしめられる。
そのまま、時間が過ぎていく。
過ぎて、どのくらい、したかな。
「……セイ」
やっと口が、動いた。
「はい」
「ありがとう、セイ。これから、改めて、よろしくお願いします」
「僕こそ、僕こそお願いします」
また、抱きしめ──
「いだ、セイ、痛い、ちょ、力抜いて力!」
セイ、腕力あるな?!
「はっ、あ、は、す、すみません……」
力を抜くだけじゃく離れていって、セイはストン、と、床に腰を下ろした。
「すみません……格好がつかず……」
だからそのしょぼん顔は! 今の私には万倍効く!
「そんなことないよ。私こそ急にごめんね。好きって返してくれて、嬉しかった。今も嬉しい」
しょぼん、が、そのままに、赤くなっていく。
「……でさ、セイ」
「はい……」
「時間、大丈夫かな」
結構な時間、ああしてた感じだったけど。
「あ、それは、……はい。大丈夫です。お見せしましょうか」
お見せしましょうか?
と、私とセイの間に、数字が現れた。
そこにあるのは、08:23。
「さっきの部屋にもこの部屋にも。時計、設置してあるんです。電波と混合させてますから、ずれることもありません」
「ほ、ほおう……」
セイが立ち上がり、数字──時計はスゥ、とテーブルのほうへ。
「それと、ナツキさん。まだ時間があるので、衣装とかも見てもらって良いですか?」
「あ、うん。お願い」
「バズ……拡散していただいた時のは、これらですね」
セイが少し後ろへ歩き、並んでいたモノの中から、幾つかが、その出来た空間やセイの横に並ぶ。
仮面、衣装。動画で見た、そのままのそれ。
「これって、セイが作ったの?」
「あ、はい。前のものを流用してますけど、デザインから含めて七割ほどは、作り直しました。……少し、観てもらっても、良いですか?」
みてもらっても。
「私は、良いけども。セイは……?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
安心させてくれるように、笑顔を向けられる。
「……身に着けると少し、スイッチ……で、雰囲気が切り替わりますので、ご了承を」
「うん、分かった」
頷いたら、部屋が暗くなった。そしてパッ! と、スポットライトのような光が、一人の人を照らす。
そこには、アジュールが居た。




