36 心霊写真
「すみません。お待たせしました。お風呂、ありがとうございました」
「いえいえどうも」
キッチンでレモネードを飲んでいた私は、ペコリと頭を下げるセイに、そう答えた。
「で、布団は用意してあるよ。先に寝てても、休んでても? 良いし。自由にしててね」
「分かりました、ありがとうございます。あ、これ、コップです。……あの、一つ、聞いても良いですか?」
「どうも。で、何かな?」
コップを受け取りつつ聞く。
「レモネード、とても美味しかったです、けど、ナツキさん、言ってくれてから、すごく早く来たなって。また、あの、手際の良さ? ですか?」
セイは、照れつつ不思議そうな顔をする。
「や、あれは簡単に……セイ、レモネード、飲んだこと……?」
「あー……たぶん、レモネードが渡来した頃、飲んだような、気が」
首をひねりながら言うけど君、渡来て。
「ですけど、それの味とかはほぼ覚えてませんが、ナツキさんのはとても美味しかったです」
「ありがとね。あれは簡単に、私からすればパッと作れるもんでさ。今も飲んでた」
コップを軽く持ち上げる。セイはそのコップへ、目、だけじゃなく顔を向け、呟いた。
「パッと……」
「作ろっか?」
「えっ! え、でも、」
「じゃ、作るね」
「え、あの」
セイをそのままにして、材料を並べて、開始。
セイが持ってきてくれたコップを洗おうとしたら、綺麗になっていることに気付く。
「セイ、コップ、洗ってくれた?」
「え、あ、はい」
「おお、ありがと。助かるわ」
そこにレモン汁、はちみつを入れてかき混ぜる。で、水を注いでかき混ぜる。
「完成です」
「は、早い……」
「ね? だから、パッとって。私は今、目分量で作ったけど、分量さえ覚えちゃえば、セイでも出来ると思う。まあ、それは追々」
私は自分のレモネードを飲み干し、軽く流してシンクへ置く。
「あと、なんかあるかな?」
「あ、いえ、いえありがとうございます。レモネード、いただきます」
「ん、じゃ、私も風呂入ってくるね」
「あ、はい」
キッチンから寝室へ。袋に入れた着替えを持って、お風呂場へ行こうとして。
「……」
セイが、しゃがみこんでレモネードを見つめてるのが目に入ったけど、まあ、いいか、と風呂場へ行った。
「……?」
風呂場が、異様に綺麗だな? セイがやってくれたんだろうけど、洗いたてプラスお湯を張ったばっかりって感じ。
「まあ、うん、有り難い」
全身洗ってお湯に浸かって、また、違和感。
いつものお湯と、違うな? なんかこう、しっとりする。
「温泉?」
……それっぽい匂いはしないし……これも、魔法なのか。
だとしたら、なんかこう、至れり尽くせりって感じだ。逆にもてなされてる感がある。
「あとでお礼言おう」
パシャパシャと、お湯の感触を確かめつつ、呟く。
あと、プレゼント、どうしようかな。セイの服装を思い出してみよう。
「……」
大体が、シンプルだけどキレイめな格好してるんだよね。居酒屋しかり、食事会しかり、その後も。腕時計は、してるの見たことない。ピアスもしてない。スマホは、確か銀だった。食の好みは不明だし、お酒って手もあるけど。
「あんまり消え物じゃないのが良いんだよなぁ」
私もネックレスっていう『モノ』を貰ったし。
「ま、ゆっくり行こうか」
考え込むと、のぼせそうだし。
ざばっと上がって、シャワーで体流して。
支度して洗濯機を回して、あ、まだ電気点いてるな、起きてるのかな、と思いながら、ドアを開けた。
セイは、ローテーブルを片して空いたスペースに敷いた布団じゃなく、ソファに座っていて。また、子猫たちに登られていた。
「セイ、上がったよ」
言いながら、ソファへ寄る。
「あ、……はい」
子猫たちを乗せたまま、セイは首から何か外した。
「ん? それ、なに?」
「あ、これはイヤホン……イヤホンです」
こっちを向いて一瞬固まり、真面目な顔をして言う。
「イヤホン? 使ってるの初めて見た。てか、耳につけるタイプじゃないんだね。あ、骨伝導とか?」
会社の人も何人か、そういうのを付けていた記憶がある。と、思い出しながら、隣へ座る。
「あ、や、まあ、それを元にはしてますが。自分なりに改良したものです」
セイは、イヤホンへ顔を向けながらそう言った。
「へー、どんな改良したの?」
「そうですね。一番違うだろうところは、音質ですかね。マジックショーって音の演出とかも大事で。ホールとか、機材を通してだとか、そういう時にどう響くかの記録と再現とか、そういう機能を付けてます」
「それは、魔法で? それとも機械を改良して?」
「両方合わせて、ですね」
すごお。
「あ、セイ。お風呂のお湯さ、なんかいつもと違う感じがしたんだけど、気のせいかな」
セイがまた固まった。
「あ、嫌って意味じゃなくてね。肌がしっとりすべすべになってさ。セイがやってくれたんなら、ありがとうってね、それを伝えたかった」
「……それなら……良かったです……」
顔が赤くなってくね?
「んで、私はそろそろ寝ようかと思うけど。部屋はこのままにしとく? ──あ、写真」
忘れてたわ。
「セイ、写真、どうしよっか。今撮る? 明日撮る?」
子猫たちが鳴き出した。
「……なんて?」
「…………今、撮れ、と」
「じゃ、今撮ろうか。……大丈夫?」
「……。……はい、大丈夫です」
イヤホンを消したセイは、真面目な顔をこっちへ向けた。
「じゃ、みんな、降りてくれるかな」
子猫たちへ言えば。
「? このままだと、何かありますか?」
セイが不思議そうに言う。
「え? いやこの子たちは幽霊だよ? 写るけど、ガチの心霊写真になるよ?」
「……そういう気配は、感じませんが。……一回、撮っても良いですか?」
セイが視線を子猫たちに向けながら聞く。
子猫たちが一声。
「では、失礼して」
セイは横に置いていたスマホを持ち、子猫たちが動かないでいるのでインカメに。
「はい。ちゃんと写りますね」
見せてと言う前に見せてくれたそれは、セイと、姿形がはっきりとした、まるで生きてるみたいな、見えてる姿そのままの三匹。
……なんで?
「え? な、なんで? や、前はさ」
私は袋からスマホを取り出し、それを見せる。
「こう写ったんだよ?」
それは、ぼやけた半透明の、灰色の何か。三匹がじゃれて塊になってる時に撮ったから、目の位置に怪しい光がある以外、ただの灰色の塊に見える。
「んー……そうですね。皆さんもこのことを把握していなかったようですので、僕が撮ったこれのように写ることが出来るようになったのは、最近かと思います」
まじかー、まじかー。
「えっと、私のでも出来る?」
「大丈夫だと思います」
「ちょっと撮って良い?」
「あ、はい。──あ」
パシャ、と撮って、確認する。
「う、写ってる……最高か……」
私は三匹に顔を向けて、
「あとで沢山撮らせてね。あ、セイも、さっきの画像ちょうだい。欲しい」
「は、はい……」
食い気味の私に驚いてか、セイが身を引く。
「あ、ごめん」
体を引っ込めた。
「いえ……ということは、……薄々感じてはいましたが、ご家族は、ナツキさんの体質を、知らない、と?」
「知ってるっちゃ知ってるかな。けど、たぶん、信じてはいない」
軽めな空気でそう言ったら、セイが、真面目そうな顔をした。
「……詳しく、聞いても良いですか?」




