34 「とっても大事な存在なの」
セイが、泣き止んできたのはいい。
けど、今、もう今すぐ、あれをどうにかしないと!
「……セイ」
「…………はい……」
「あのね、ずっとこうしてるのは、全然問題ないんだけどさ。一旦、鍋の火、止めていいかな。なんかさ、音からして、そのままにすると──」
カチリ、と音がした。
「火、消しました。なんならガスボンベ外しますか?」
「え、あ、うん。お願いします」
「外しました」
「ど、どうも……」
見えないけど、セイが言うんだから、ホントにボンベは外れたんだろう。
「さすが、セイだねぇ……」
「ありがとうございます」
さて、どうするか。ずっとこのまま、とは言ったけど。物理的に、それは不可能だし。
まあ、セイが離すか何かするまで、こうしてようか。
『二ァあ』
『ニャウ』
『ミィ』
「すいません離します!」
「うおっ?」
子猫たちの声で、セイが腕と頭を勢いよく離して、私から身を引いた、らしい。けど私はそれに反応できなくて、腕をそのままにしてたから、セイに引っ張られる形になる。当然姿勢は、崩れる訳で。
「っ!」
落ちないように片手で縋り付いて、もう一方の腕を床につけた。
「す、すみません」
セイが申し訳無さそうに、姿勢を戻す。
「いや、大丈夫。素早く反応出来なかった私も悪い。てか、そもそもの発端も、私だし」
腕を外し、姿勢を直し、顔を合わせる。
「いえ、ナツキさんのせいでは」
セイは顔を真っ赤にして、私から顔をそらした。
「さて、じゃあ写真はどうするかね。撮るのは決定だけど」
「あの、ナツキさん」
「ん?」
「その、写真、の、前に、体を……」
「あ、離れたほうがいい?」
「……今は……はい……」
「分かった」
立ち上がって、鍋の様子を確認する。うん、水分すごく飛んでる。で、ガスボンベが横に立ってる。
と、三匹が鳴きながら私たちの足元に。
「どした?」「え?!」
子猫たちへ目を向けかけた私は、そのセイの声に、そっちへ顔を向けた。
「な、ナツキ、さん……」
それはもう本当に、さっきとは違う意味で悲痛な声と、顔をしていて。
「申し訳ありません! あなたに涙を流させるなど……!」
ど、土下座ぁ……。
「いや、いやいや」
私は目尻に指を当て、うん、もうすっかり乾いてるなと、確認して。
「セイ、セイが謝ることじゃないから。顔、上げてくれないかな」
セイに向き直って、言う、けど。
「いえ……そんな、資格など……」
声、か細いなぁ。
「ね、セイ」
セイの頭に手を置く。ビクッとされたけど、そのまま頭を撫でる。
「セイ、言ってくれたよね。フリだろうがなんだろうが恋人だって、さ。恋人のために泣いて、何が悪いのさ。ね、だから、セイ。顔、見せてくれないかな」
少しずつ、ホントにホントに少しずつ、ミリ単位かって動きで、セイが顔を上げていく。私は頭を撫で続ける。
と、スマホから呼び出し音。
あーもう。セイの動きが止まった。
「……あの、電話……」
「今はこっち。あとでかけ直せば良い」
『ニィう』
シロの声がしたと同時に、セイがスマホへガバッと顔を向けた。
「あの、お母様からだと、シロさんが」
「……」
撫でながらそっちへ──ローテーブルの反対側へ顔を向ければ、ソファに座り、スマホを置いた床とこっちへ、シロが顔を往復させる。
『ニャウ』
『ミャア』
「あの、クロさんとミケさんも、出たほうがいい、と」
セイが言ったところで、呼び出し音は消えた。たぶん、時間切れ。
と、また鳴り出した。
「……同じ人?」
シロに向かって聞けば、返事。
「同じ、だそうです」
……母さん、相当参ってるな。
「じゃ、ごめん。ちょっと出るね」
くしゃ、と髪をかき回して、スマホへ。見れば、母さん。
「お母さん?」
……うん、相当、本当に参ってる。
「お母さん、あのね、一回深呼吸出来る? ……うん。で、聞いてね。……アオイは、本当に良い人だから。心配かけてごめんね。写真も送るから。ほら、私、写真苦手でしょ?」
心霊写真になる可能性が高いからね。
「だからあんまり撮ってないの。……お母さん、今ね、アオイと居るの。二人でお鍋食べてたの。そう。ウチの定番のあれ。だから、……お母さん、それは……ちょっと保留にするね、確認するから」
保留にして、セイへ顔を向けようとして。
「おぅ?」
座っていた私のすぐ横に、また三匹に乗られたセイが、真剣な顔でこっちを見て座っていた。
「……聞こえちゃってた?」
「全てではありませんが……すみません。気になってしまったのと、彼らに聞け……後押しを、していただいて。守護霊はあなたを第一に考えますから、そうしたほうが良いと、判断しました」
セイは軽く頭を下げ、上げる。
「それで、代われば良いんでしょうか?」
「まあ……じゃあ、無理しない程度に、お願い」
私は通話を再開させる。
「もしもし。代われるって。うん、代わるね」
で、セイにスマホを渡す。
「代わりました。車崎アオイと申します。……はい。ナツキさんとお付き合いさせていただいています。……はい、マジシャンです。…………ああ、それは、この名前で活動していなくて……」
聞き耳を立てていた私は、母の言葉とセイの声と、セイの声の硬さを基準に、強引な手段を取った。具体的に言えば、スマホを奪い取った。で、その空いた手を握る。
「もしもし? お母さん。代わった。私、ナツキ。あのね、お母さん。お母さんの気持ちもすごく伝わってくる。けどね、お母さん。俳優や芸人だって、本名じゃない人、沢山いるでしょ? そういうのと同じ」
ぎゅっと握っていた手に、指を絡めて、また、ぎゅっと握る。
「私たちはさ、ていうか私はさ、ゆっくりやっていきたいの。お母さんとお父さんも、そういう感じだったんでしょ? ……うん、だからね。……あのね、お母さん。私はお母さんも、お父さんも、ミクトもすごく大事。大切。アオイもね、すごく大事。大切。とっても大事な存在なの」
これは本音で本心だ。だから、
「だからね、心配してくれるのは嬉しいんだけどね。そういうふうに言わせちゃうの、すごく苦しい。伯母さんにもね、ちゃんと伝えるから。……大丈夫。うん、大丈夫。でも、なんかあったら頼っていい? アオイに嫌な思いはさせたくないから。……うん、うん? ……分かった。ちょっと待ってね。一回保留するね」
保留にして、セイを見て。
「……代われる?」
真っ赤な顔のセイに、聞いてみる。
「あっ、は、ちょ、……と、待って下さい」
セイは口に空いている方の手を当てて、顔を背けて、目をつぶって、深呼吸。
「……はい。大丈夫です」
落ち着いたらしくて、ゆっくりだけど、手を、差し出される。
「ん、分かった。ちょっと待ってね」
通話再開。母に、代わると言って、セイにスマホを渡す。
「もしもし、代わりました。車崎です。……、……いえ、こちらこそすみません。自分の不甲斐なさが招いたことですから。…………はい、もちろんです。……いえ、そう言ってくださって、ありがとうございます。……はい、代わりますね」
待ち構えていたので、どうぞ、と渡されたスマホを受け取る。
「もしもし? ……ううん。……大丈夫。……うん、じゃあ、おやすみ。みんなにもおやすみって。……うん、じゃ、切るね」
通話終了。
「っはーーーー……色々ありがとう、セイ」
顔を向けたら、また顔が赤くなってたけど、
「いえ、僕のほうこそ、ありがとうございます」
笑顔が! 眩しいんだって!
『『『ミャウ』』』
「あ、うん、ミケもクロもシロも、ありがとね」
スマホを置いて、彼らを撫でようとして、
「おう」
ぴょん、とこっちに飛び込んできた三匹を、両手で受け止めた。ゴロゴロ喉を鳴らしてくれる三匹を撫で回しながら、セイに顔を向ける。
「で、ご飯、どうする?」
「え? あ」
「一応、復活させることは出来るけど。まあ、多少味は落ちるけども」
「え? ふっかつ……?」
「うん。水分が飛んだだけに見えるから、水分足して、味整えてってね。具はクタクタになっちゃうけど」
「お、奥が……深いですね……あ、や、食べたいので、復活、……復活の様子も、見てて良いですか?」
「うん、いいよ」
そしたら子猫たちは、するりとセイのほうへ。
「……もうそこは、定位置なのかな?」
「いえ、その、見張り、いえ、定位置だそうです」
見張りって。
「そっか……」
ヤバい、また、笑いが。
「あの……」
しょげた顔、しなさんな。
「ごめんごめん。可愛くてね」
立ち上がりながら言う。
「かわいい……?」
「うん、可愛い」




