30 いつか、必ず
『どうしとく? 椅子に座る? ソファで休む? ベッドで休む?』
聞かれ、最後の選択肢は流石に無理だと言う前に。
『あと、私の場所だね。会議もないし、どこでも移動できる。キーボードの音とか、私が気になって休めないとかだったら、本末転倒だし。どうする?』
それは、それはどういう意味で。いや、善意で言ってくれているのは、分かるのだけど。
固まってしまったら、ナツキは『ふむ』と一つ頷き。
『御三方や、セイに助言を頼みます』
集まった三匹の、助言と言うより指示を受け。
「……」
セイはソファに横になり、ナツキも子猫たちに誘導され、ローテーブルへ。
シロとミケは、セイの頭の近くに。クロはナツキの膝の上。
「……」
セイは頭だけ動かし、ナツキの背中を眺める。
ナツキの髪は短い。そして今日は、言っていた通りに会議が無いからだろう、長袖のTシャツ──首周りが見えるそれを着ている。
その首に、自分が構築したプラチナがあるのを、確認してしまう。
『安心感があってさ』
悪魔の気配は感じられなかった。守護の効果での、安心感ではない、と思う。
なら、なんの安心なのか。自分が作ったそれを、身に付けていると安心なのだと、そういう意味合いで受け取って、良いのだろうか。
「……っ……」
泣きそうになり、顔をしかめ、反対側を向く。
──音消しはしているだろう。泣けば良い。
シロが念を飛ばしてくる。
「……いえ、まあ、それはそうなんですけど」
──ナツキがこちらを見る素振りはない。見たとして、泣き顔を見て、ナツキが不快に感じるとは、思えない。
ミケにも言われ、だろうな、とも思う。
──これ以上は野暮だと、判断する。好きにするが良い。ただし。
ナツキの膝の上にいるクロからも、念を飛ばされ。
──ナツキはお前に心を配っている。
──だから我々はこうしている。
──ナツキの思いを無下にするな。
苛ついた念を、子猫たちから飛ばされる。
守護霊は、守護者を第一に行動する。まして彼らは、これほどの高度かつ安定した自我を持っている。悪霊になる気配など微塵も感じられない。
「……はい……」
彼らの言葉に嘘などない。なるほど、これは、また違う意味で、敵わない。
どこか可笑しい気分になりながら、セイは零れる涙を、ハンカチで拭う。
あなたに縋って泣きぬれることを、何も厭わずそう出来るように。いつか、必ず。頼り頼られる存在に。絶対に。
体を丸め、いつかのように。あの人に子供扱いされていた、ガキの頃のように。
セイは、押し込め、それでも溢れるそれに、ぎゅうとハンカチを押し付けた。
*
セイがどうしているか、気になるけど。
『あの、クロさんが常に、ナツキさんのお側に居る、と。ですので、何かあったら報せるから、なるべくこちらを……その、僕のほうへ目を、向けるのは避けてほしい、と……』
ニィニィにゃあニャアニャゴニャゴと、ちゃんと伝えろと言ってるような三匹に押され、セイは、申し訳無さそうに、恥ずかしそうに言った。
セイが言い終わると、三匹はぴたりと鳴き止み、よろしい、と伝えるように、尻尾を揺らした。
ので、後ろは振り向いてない。トイレとかに行く時も、なるべく背を向けて移動してる。
まあ、休んでる人にいちいち声かけたりしても、休まらないだろうしねぇ。
それとね、子猫たちよ。前々から思っていたけど、君ら、感情というか、表現力というか。そういうのがどんどん豊かになって来てないかい? セイが居るからかな。もとからだったのかな。
「いつか教えておくれなー君たち」
小声で言って、クロを撫でる。
防音もしていると聞いたから、小声じゃなくても大丈夫なんだろうけど。
「さて、しかし、腹が減った」
そろそろ十二時だし。どうするか。
「クロ。セイはお昼、食べれそう?」
クロはこっちを見て、ぺたん、と耳を下げた。駄目っぽい。
「分かった。教えてくれて、ありがとね」
で、十二時。お昼に取り掛かりますか。
「クロ。また来ていただけますか」
バンザイをしてくれたので、抱っこする。で、キッチンへ。
「ちょいと下ろしても良いかな」
しゃがんで聞けば、するり、と腕から抜けてくれる。
「ありがとね」
さて、煮玉子丼を作るか。
煮玉子丼とは、何か。我が家では、温かい白飯の上に煮玉子とウインナーを乗せ、甘辛ダレをかけたものを指す。この時、煮玉子を縦に切り、ウインナーに少し焦げ目が出来るまでパリッとさせ手から乗せると、見た目も味もより良くなる。
とかなんとか心の中で独り言を言いながら、煮玉子丼とパックのほうじ茶、朝と同じなんちゃって温野菜サラダを用意。で、お盆に乗せて、ローテーブルへ。クロは喉を鳴らしながらすり寄って、流れるように私の前に来て、ローテーブルへと先導してくれた。
「君らはもーホント。優しさ無量大数だよ」
*
空腹を感じ、意識が浮上する。けれど覚醒には至らず、微睡んだまま、この感覚は、なんだったかと、思考を巡らせ、気付いた。
自分は腹を空かせているのか。
その瞬間、セイの意識ははっきりし出す。目が覚め、
「……は?」
今まで寝ていたことにも気付き、動揺する。
寝ていた。寝ていた? 魔法での強制睡眠さえ、効かなくなっていた自分が?
その上、空腹? 空腹など、いつぶりだ? ……本当に、いつぶりだ? そもそもこれは、空腹という感覚で合っているのか?
くるる、という音が耳に届き、それは自分の腹からしていて、腹の虫だと、自分自身に教えられる。
「……まじか……、っ?!」
頬に、プニ、と何かが触れた。それはプニプニと、横になっている自分の頬を──横になっている?
「!!!」
本当の本当に目が覚め、ここまでの一部始終を思い出したセイは、
「~~~!」
ハンカチで目を覆ったまま、声にならない声で呻いた。防音がしっかり作動してると分かっていても、ナツキがこちらを向いていないと分かっていても、それとこれとは別なのだ。
「……はあ……」
少し冷静さを取り戻したセイに、
──で、だ。分かっているとは思うが、ナツキは今、昼飯を食べ始めたところだ。
──ナツキが作った煮玉子だ。煮玉子はまだ、残っている。
シロとミケに言われ、
「……はい。了解です……」
セイはムクリと起き上がる。ハンカチを異空間へ仕舞い、顔を洗浄し、髪を整える。それを、一瞬で終わらせる。目元を冷たい空気で覆い、涙で濡らしてしまったソファの、布や中の素材を傷めないよう細心の注意を払いながら、けれど手早く、涙の成分を除去し、ホコリなども──ほとんど付いていなかったが──除去する。
「……」
セイは時間を確認し、深呼吸しながら、クロへと念を送り。
防音を取り払う。
『ニァオぅ』
「ん? ……どした? セイになんかあった?」
その声に、言葉に、心が揺らぎ。セイはまた、深呼吸をして、
「ナツキさん」
「ん? セイ?」
「今、防音を消しました」
「おお、分かった」
「それと、洗面台をお借りして、良いですか? ……ちょっと、気付けに、顔を洗いたくて」
正直に。分かっていても、まだ怖い。
「ああ、うん。全然いいよ。あと、セイ、一個、聞いていいかな」
「……はい。なんでしょうか」
「お昼、どうする?」
「食べたいです」
言ってから、ハッとした。今は十二時十分ほどで、ナツキは今、食事中なのだ。そして自分は、料理が出来ない。
「いえ、あの、大丈夫です。いえ、食べたいのは本当ですが、今すぐという訳では──」
腹の虫が鳴った。なぜ今、とセイは黄昏かける。
「……セイくんよ。今私はお昼を食べてるんだがね。それは、五分とかからず出来るんよ。それと同じでいいなら、すぐ出来るよ?」
「えっ煮玉子が? あっ」
口を滑らせた。そう思ったのに。
「ん? あ、シロかミケに聞いた? 煮玉子。まだあるから、すぐ出来るよ」
「……では、お願い、します……」
「ん、了解」
「えっと、では、洗面台、お借りします」
「うんうん。行ってらっしゃい」
セイは足早に洗面台に向かい、顔を洗う。冷やしていたはいたがまだ熱を持ち、赤かった目元が、多少マシになった。
「……」
タオルで顔を拭きながら、結局混乱している、と思う。
ミケから、まだ残っていると聞いたのに。ナツキが作った、というその存在に負けて、とても手間がかかるらしい『煮玉子』の、手間の印象だけが残ってしまった。そもそも、食べたいと言ってしまったあとも。ナツキに迷惑がかかると、しどろもどろになってしまった。
それに、ナツキは。話している間もずっと、こちらに顔を向けずにいてくれた。その気遣いが、嬉しいのに。振り向いてほしくて。けれども見られる勇気がなくて。
『セイ?』
「あ?! はい!」
扉越しの声に、声がひっくり返ってしまった。
『あ、ごめん。驚かせちゃったかな。大丈夫?』
「い、いえ、はい。大丈夫です」
『そう? ご飯、出来たんだけどさ。どこ持ってけばいいかなーって。あと、もう、セイのほう見て、大丈夫?』
場所。場所は。
「僕も、同じところで食べて良いですか?」
鏡を見ながら、目元を見ながら言う。
『ん、分かった』
「あと、顔も、……ええと、振り向かないも、もう、大丈夫です」
『分かった。じゃあ、用意してるね』
足音が遠ざかるのを聴きながら、タオルを戻し、見た目を確認して。
「……」
少しばかり緊張しながら、ドアを開けた。




