28 守護霊たちは、頑張った
バタバタはそれほど長引かず、残業もほぼなく。私はまっすぐ家に帰って、寝る前の支度をすべて終わらせ──夕飯はなんちゃって煮玉子の野菜ラーメンです。もはや煮玉子のためにラーメンにしたと言っても過言ではない──副島が送ってくれた動画をタップした。
「……」
まずはただ、楽しもう。そう思いながら見る。
三匹たちは私から何か感じたのか、普通に接したつもりだったけど、途中から黙って、私の邪魔にならないようにくっついてきて。
今、ローテーブルで動画を見る私の、胡座の中に収まって、寝てる。気を使わせちゃったかな。でも、くっついてくれてると安心できるから、有り難い。
『では、皆様。またどこかで、お会いできることを、願って』
アジュールが、とても優雅に礼をする。そしてその姿がゆらりと揺れて、消えた。
動画もそこで終わる。
「いや、うん。凄いわ」
楽しもうと思い込む必要がないほど、釘付けになって夢中になってしまった。
こういうの、ほとんど観ないから、アジュールさん以外がどうやってるのかは分からない。けど、だから? かな。夢中になってしまった。
「えっと、あの、短いやつ……」
検索する前に、オススメに出てきた。すご。
その五本は、フルと副島の言葉で予想してたけど、観客のリクエストに答える四本と、クライマックスの一本。
まず、海中が再現され。次に、ルカルカン・アリオクラニアヌスという、私はその名前を知らない恐竜をリクエストされ。結構マニアックだったのか、会場の空気が変わりかけて。『では、ルカルカンと、彼らにも登場していただきましょう』と、その恐竜と、ティラノサウルス、トリケラトプス、ステゴサウルスが現れた。一瞬で。
三本目は複数のうさぎたち。空中を飛び跳ね、消えて。そして、あの、妖精さん。
で、最後に、アジュールはゆっくりと、靴音を響かせながら、壇上を歩く。滑らかに、語りながら。すると壇上から大きな芽が出て、成長し、花を咲かせていく。歩く度、それは増える。カツン。一際大きく、靴音が鳴る。植物は一気に成長し、沢山の花が咲き、アジュールの後ろで、壁のようになる。
『では、皆様』
最後のセリフ、と思ったところで、壁が消え。
『またどこかで、お会いできることを、願って』
そして、アジュールも消えた。
「やあ。やあ、凄いわ。凄いとしか言いようがないわ」
バズるのも分かる。で、そのアカウントは、他にも投稿があって。
「……」
見ていて、思った。バズったのと、今までの。全然違う。
マジックの手際は、変わらず凄い。けど、規模が違う。迫力が違う。空気が違う。
「……どうした、セイよ」
っじゃない。落ち着け落ち着け。アジュールがセイと決まった訳じゃない。
髪、青だし。染めてるだけかもしれんけど。仮面してるから顔分かんないし。声も違うし。高いし。変えられるかもしれんけど。体格は似てるけど、今までのセイと服装が違いすぎて、同じとは言い切れないし。
「そもそも、魔法使いが、一人とは限らない訳で」
セイだって、お師匠さんに会って、魔法使いになったんでしょ? その時点で、いつの時代か分かんないけど、二人いたってことで。
「あー! 分からん! ちょっと調べる。調べるよ、セイ。謝っとく、ごめん」
セイは、自分の職業について私に言うのを避けてるフシがあった。だから、私も深くは聞かないようにしてた。
「ごめん。もしそうだったら、あとで、怒って下さい」
言いながら、アジュールについて調べる。
「……所属事務所……」
マジシャンって、事務所に所属するんだ? や、今はそこじゃない。
年齢、本名、非公開。事務所登録は六年前。
「六年……二十三引く六……」
だいぶ頭が回ってないのか、すぐに計算ができなくて、スマホで計算した。
「じゅうなな」
あとは、公式の情報はない。バズったからか、どこの誰か、タネはなんだ、そういう話ばかり。
「──え」
そこに、ひとつ。初期からのファンだという人の、SNSの、コメント。
『アジュールは、フランス語で『青』という意味です。アジュールさんは、自分が知る限りずっと、髪も衣装も青なので、青がイメージカラーなんだと思ってます』
青。アオ。アオイ。
アオイの、青?
「……結局、分からん」
脳みその、普段使わない部分を使ったみたいな、グラグラした感じがある。
「……てかさ、アジュールが魔法使いって、確定してる訳でもないし」
疲れてきた。疲れてきたわ。時間も時間だし、寝るか。
『ンナぉ』
ん?
「どした、クロ」
下を向けば、三匹がこっちを見てる。
「……あ、ごめん。起こしたかな。ごめんね」
それぞれを撫でていたら、
『ニイ』
『みゅウ』
「?」
三匹は鳴きながら私から離れ、ちょっと進んでは振り返り、ちょっと進んでは振り返り。
「ついてけば、良いのかな?」
『『『ニャ』』』
だ、そうなので、ついて行く。寝室のドアの前で止まって振り返る。それを、開けてほしいと判断して、開ける。するりと部屋へ入っていく。
開けなくても、通れるのに。でもまあ意味があるんだろうし。そう思いながら、電気を点ける。
で、着いた先は、化粧台。三匹に抱っこを頼まれたので、抱き上げる。で、降ろしてほしそうにしたので、床じゃないんだろうなと、台の上に。
『んミャア』『なァお』『ニイぃ』
三匹は化粧台の、その上にある、アクセサリーを仕舞うケースの、そのまた上に、立ち上がるようにして、前足を伸ばす。
「……うん。そっか」
そこにあるのは、セイがくれた、ネックレスの箱。中にはもちろん、そのネックレス。
「君たちは、優しいねぇ」
箱を台に下ろし、三匹の頭を撫でる。
セイが、アジュールだと伝えたいのか。別の理由か。なんにしろ、彼らは混乱した私を、気遣ってくれたんだと思う。
セイは、セイだ。うん。ピュアで、悩んで、苦しんでて。料理下手で、魔法使いで。
『『『ミャア』』』
座り直し、鳴くのをやめていた三匹が、箱に、たし、と前足を乗せた。
「ん? ……ああ、そうだね」
箱を開け、外に出る時にしか付けないそれを、付ける。
「私も頼るって言ったからね」
破邪や破魔じゃないけど。付けたら、なんだかほっとした。
「さー寝よっかー」
箱の蓋を閉めながら言えば、三匹はめいめいに動き出し、私のベッドに乗った。
「うんうん。ありがとね。じゃ、あ。ちょっと待っててね」
リビングに戻り、スマホを持って、寝室へ。
「じゃ、今度こそ寝ようね。いっぱいありがとね」
スマホを枕元に置いて、部屋の電気を消した。
「おやすみ」
三匹は、喉を鳴らしてくれた。




