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酔い潰れた青年を介抱したら、自分は魔法使いなんですと言ってきました。  作者: 山法師


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26 勇気

「で、どうかな。肉じゃがから変身したカレーの味は」

「不思議な風味がありますけど……あ、不味いという意味ではなくて、馴染んでる感じありますし……ちゃんとと言いますか、カレーですね……美味しいです」

「良かった良かった。その風味は肉じゃがの和風の残り香かな。今回はね、料理って面白いんだよって、こんなことも出来るんだよって、そういうのを見せたくて、こうしたんだ」


 言って、カレーを食べる。


「……見てるだけでって言われましたけど……見てるだけでもすごかったですよ……ちゃんと理解しようとしながら見てたんですけど、途中からわけ分かんなくなってきて……」


 うん、なんか放心状態だったもんね。


「ナツキさんの手際がすっごく良いのは、なんとか理解できましたけど……」

「あれは慣れだよ、慣れ。セイが魔法を日常的に使えるのと一緒だよ、たぶん。繰り返しやってるから、動きが染み付くの」

「はぁ……」

「で、ごめんね。午後からの仕事があるから、一時までに食べ終わらなくちゃいけないんだ。ちょっと早食いするね。あ、セイはゆっくり食べていいよ」

「あ、はい。分かりました」


 私はカレーをかきこむように食べると、調理台へ行ってボロ布で皿とスプーンのカレーを拭って、ボロ布を生ゴミの袋に入れ、皿とスプーンを水に浸す。洗面所に行って歯を磨き、服にカレーが付いてないことを確認して、洗面所の時計を見れば、十二時四十八分。……間に合った……。


「あー……バタバタしてごめんね。こっからは仕事だから、静かになると思う」


 洗面所から出て、苦笑しながらセイに言う。


「ん、……分かりました」


 カレーをもぐもぐしながらこっちへ目を向けていたらしいセイは、それを飲み込んで頷いた。


 *


 食器はそのままでいいと言われ、けれどセイは、やらせて欲しいと押し切った。ナツキは『ん、じゃあお願いします。ありがとね』と言葉をくれたが、そこに遠慮があるのを、セイは悔しく思ってしまう。

 分かっている。自分たちは知り合ってまだ、半月ほどしか経っていない、知り合いと友人の中間のような立ち位置で。

 その上彼女は優しくて、こんな自分にここまでしてくれて。


 食べ終わり、ごちそうさまでしたと小さく呟く。同時に、ローテーブルでパソコンを操作していた彼女へ目を向ける。

 音は、聞こえないようにしている。彼女の邪魔になりたくないから。けれども、人の礼儀として、というより、彼女へ伝わってほしいと、矛盾した思いでそれを口にした。


『自分を大切にしてくれるやつを大切にしろ。絆が深まれば深まるほど、それが魂を守ってくれる』

『その生き物は、その生き物らしい生活をしてなけりゃ、自分がなんなのか分からなくなっちまう。自分の心を迷子にさせちまう』


 食器をシンクに運びながら、師の言葉を、脳内で反芻する。

 魂を守るのも、大事だ。人らしく──自分らしくあるのも、大事だ。師を喪い、ナツキに出逢い、それがどれだけ難しく、大切なのか、心に沁みるほど理解した。

 けれど。

〝だから〟彼女と共に居たい、という訳では無いことを、セイは理解し、実感している。


「……」


 食器を洗いながら、もう何度目か、思う。卑怯な手を、使ったと。

 あの場で、好きだと。恋人になって欲しいと。言える勇気が持てなくて。仮ならばと、力になりたいと。ナツキのためにという言葉は本心だが、同時に、それは自分のための言葉でもあり。

 了承を得られて、どれだけ嬉しかったか。あの守護霊たちには頭が上がらない。

 そして、仮でも、フリだとしても、自分たちには今、恋人という肩書きが付くのだ。だから、どうにかして──どうすればいいのか、ほとんど何も思いついていないけれど──彼女に、ナツキに、振り向いてもらいたい。同じ想いを、抱いてもらいたい。

 そんなことを考えながら、食器の水分を魔法で軽く飛ばし、ラックに置いていたら、足元に気配を感じた。彼女を護る、三体の。


「何かありましたか? 妙な気配は感じていませんが」


 セイが足元に目を向け、言えば、子猫たちは無言でセイを見上げたまま、ゆらり、ゆらりと尻尾を揺らす。


 ──今からそんな弱気でどうするのだ。惚れさせる、くらいの気概を持て。お前の想いが、力が、ナツキを護るそれとなると、伝えたことを、忘れたか?


 三体分の思念で、説教に近いことを伝えられ。


「…………精進、します……」


 ずるずるとしゃがみこんだセイは、情けない気持ちになりながら、小声で、それに応えた。

 本当に、この守護霊たちには敵わない。


 *


 パソコンの画面端には、十四時三十二分と表示されている。セイ、三時近くまでは大丈夫だって、言ってたけど、さて。

 休憩がてら、声かけてみますか。

 もう一度データを保存し直して、伸びをして、セイはどこだと振り返って。


「あ、ナツキさん」


 椅子に座っていたセイは、持っていたスマホをパッと消し──たぶん、仕舞ったんだと思う──こっちへ顔を向けた。


「今、大丈夫ですか?」

「あ、うん」


 スマホ消失マジックに気を取られ、間抜けな感じで返事をしてしまった。

 セイはこっちへ歩いてきて、


「すみません、そろそろ出ないといけなくて」

「うん、そうだよね。私もそろそろかなって、声かけようと思ってさ」


 言いながら立ち上がる。


「それで、お伝えしたいことと、……と、えっと」


 近くまで来たセイは足を止めて、なんか目を彷徨わせて。

 どうした?


「まず、伝達事項を、いいですか?」


 なんか分からんが真剣な水色をなんとか受け止め、努めて普通に頷く。


「うん。了解」

「それで、まず、後片付けを終えたというのを、お伝えしたくて」

「ああうん。そっか。ありがとね、セイ」

「いえ、それはこちらこそです。それ、と、……その……」


 セイの目がまた彷徨って、顎に手を当てた顔が少しうつむいて、そんでその顔が、なんか赤いんだけども。

 一応、そのまま待つか。まだ時間あるし。

 で、数秒。


「その、一つ、お言葉を、いただければ、な、と」

「お言葉?」

「いえ、その、……不甲斐ないのですが──」


 セイは苦笑して、


「励まし、と言いますか。……これから、仕事の準備に取り掛かるので……」


 声がだんだん、不安そうなものになる。

 励まし、仕事。うん、うんうん。


「うん分かった。で、私なりのやり方で良いかな」

「? え、はい。……いいんですか?」

「もちろんだよ。それで、セイ。手、握っていいかな」

「えっ?!」

「あ、無理にとは言わないよ。握らないバージョンもあるし」

「え……と、……では、その……」


 セイは両手をこっちに向けかけ、ハッとした顔になった。


「ん、両手でも片手でもどっちでも良いよ」


 言いながら、私からは両手を出す。手のひらを上に向けて。


「し、失礼、します……」


 どうすれば良いのか察したらしいセイは、顔を赤くしながらそろそろと、私の手に両手を乗っけた。


「セイ」


 あまり力を入れないで、なるべく優しく握る。


「仕事の準備、頑張ってね」


 声も、優しく。


「……はい。ありがとうございます」


 赤い顔のままだけど、セイはホッとしたような表情になった。


「でね、セイ」


 私は手を握ったまま、


「またね、ちょっと、お節介、我が儘言うね」

「え?」

「頑張るのは良いことだし、頑張りたいって気持ちも応援したい。けど、あんまり頑張りすぎないでね。頼ってね。てか、頼って欲しいかな。私もなんかあったら頼らせてほしい。──以上です」


 手を離そうとして、力を抜いて、けど、セイの手が離れない、ね?

 そんで、目を丸くしていたセイの顔が、泣き笑いみたいなものになる。


「頑張ります」


 手を握られたまま、


「頑張ります。頼ります。頼って下さい。ありがとうございます」


 泣き笑いも綺麗な顔だなぁと、思いつつ。


「こちらこそ」


 と、言った。


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