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俺の転生×転性ライフ  作者: 卯村ウト
第6章 ドルディア編
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94 カヤ先輩の卒業



 ドルディアへの旅行から約半月が経過した。

 しかし、夏も夏休みも終わっていない。暑い日々はまだまだ続き、俺は部屋で宿題をちょっとずつこなしたり、クリークに行って自主練をしたりして、毎日を過ごしていた。


 そしてある日の夕方、自分の部屋で勉強していると、外からドタドタと足音が近づいてきた。そして、ガチャン! と勢いよくドアが開く音がするなり、カヤ先輩の叫び声が部屋にこだまする。



「受かったー!」



 その声に、俺はリビングに向かおうとドアを開けた。それと同時に、フローリー先輩もレイ先輩も同じように自分たちの部屋のドアを開けて顔を出す。どうやら、皆考えていることは同じようだった。



「どうしたのですか、カヤ先輩?」



 リビングに入ると、カヤ先輩は勢いよくソファーにダイビングしているところだった。内心では何のことか分かり切っているだろうが、フローリー先輩が様式美的に尋ねる。



「そりゃあもちろん、一つに決まってるでしょ!」



 カヤ先輩はそう言うと、自身の握力でグシャグシャに潰れた紙を広げ、俺につきだしてくる。

 シワだらけの紙には、『経済学レベル五修了テスト:合格』と無機質な文字が印刷されていた。



「修了テストに受かったんだよ!」


「カヤ先輩、やったね!」


「おめでとうございます!」


「追追追追追試でようやく合格ですか……長かったですね」



 旅行から帰ってきた後も、カヤ先輩は追試を受け続け、ついにあと一教科だけになっていた。しかも、今日のテストがラストチャンス。


 それに、カヤ先輩は見事合格したのだった。


 すると、カヤ先輩はフローリー先輩に縋るように抱きついてきた。



「う~、私頑張ったんだよ~。一日十四時間くらい勉強して」


「そんなにやってたっけ?」


「そうですよ。かなりサボってましたよね? せいぜい六時間くらいじゃないですか?」


「んもぉ゛〜〜づめ゛だい゛な゛ぁ〜〜」



 俺は何も言わなかったが、ここはフローリー先輩とレイ先輩に同意だ。絶対に十四時間もやってない。


 すると、カヤ先輩は突然気を取り直すようにバッと立ち上がった。



「何がともあれ、私は受かったんだー! これで勉強から解放されるー! ヒャッホー!」



 そして、テンション高く自分の部屋へと消えていった。

 残された俺たちは、みんなでため息をつく。


 だがしかし、俺のついた溜息と、残りの二人がついた溜息は全く別の物だった。

 二人の方を見ると、さっきとは違い、寂しさを滲ませた顔をしていた。



「カヤ先輩が修了テストに全て合格したということは……」


「この学園からいなくなっちゃうんだよね……」



 その言葉に俺はハッとする。


 そう、カヤ先輩は本来、二ヶ月前の雨の月に、他の十年生と一緒に卒業していたはずだ。それにもかかわらず、今までこの部屋にいたのは、卒業要件を満たしていなかっただけのことで。


 つまり、卒業してしまったら、この学園──この部屋から出ていってしまうということだ。



 そのことを理解した途端、寂しさが心を満たす。


 俺は五〇九号室で、この四人でずっとこのまま過ごしていくことを、どこからで望んでいたのかもしれない。いつかは別れなければいけない、という現実から無意識のうちに目を逸らして。



 俺たち三人から言葉が消える。



 その時、カヤ先輩が自分の部屋からリビングに戻ってきた。

 黙ったまま重い雰囲気を醸し出している俺たちを見て、首をかしげる。



「皆どうしたの? そんな重い顔をしちゃって」


「……カヤせんぱい」


「どうしたの?」



 俺はこんなことを口に出してもいいのかと悩み、そして答えが出ないままカヤ先輩に尋ねる。



「カヤせんぱいは、もうここからでていっちゃうんですよね……」



 今の俺の顔は、きっと泣きそうな顔になっているだろう。

 そんな俺に対して、カヤ先輩は一つ溜息をつくと、俺の頭にポンと優しく手を置く。



「そりゃあ、試験に受かった以上、もうすぐ私はこの学園から去らなきゃいけないけどさ……私は最後の瞬間まで、皆と楽しく過ごしたいな」



 そのカヤ先輩の言葉に、俺はハッとする。




「だから、本当にお別れするときに、それはとっておいてほしいな」


「……うん」



 俺は、この四人で過ごす最後の瞬間まで、笑って過ごそうと思った。






 ※






 俺は残りの四人の時間を、心に決めた通り笑顔で過ごした。他の二人も同様に、悲しい顔を見せずに過ごした。


 カヤ先輩は、テストに合格後すぐにいなくなるようなことはせず、しばらくは残っていた。

 だが、彼女の部屋にお邪魔するたびに、減っていく物とシンプルになっていく部屋を見ると、否応なしに別れの時が近づいてきていることを意識させられてしまう。


 そして、遂にその時はやってきた。


 暑かった夏もピークを過ぎ、これからどんどん涼しくなっていく熱の月の終わり。

 ある日、食堂で一緒に夕食を食べていると、突然カヤ先輩がカミングアウトした。



「私、明後日に部屋から引っ越すね」



 その言葉を聞いた瞬間、俺たち三人の動きは一瞬止まった。



「じゃあ明日はパーティーだね‼」



 すると、レイ先輩がすかさず、ポジティブ思考でその場を取りまとめてくれた。


 あらかじめ覚悟はしていたが、突然の話に、心がついていかなかった。

 そこを言葉一つでいい方向へ持っていくレイ先輩に、俺は心の中で賞賛する。



 もちろんカヤ先輩のパーティーは、間違えて祝った誕生日と同じくらい、いや、それよりも豪華に祝ったと思う。



 それからもあっという間に時間は経ち、遂に別れの時を迎えた。


 朝九時。王立学園の正門前。

 暑い風を感じながら、俺たち三人は並んでカヤ先輩と相対していた。


 カヤ先輩は重そうなバッグを一つ、肩に掛けているだけ。その中身だけが、この日彼女がこの学園から持ち帰る物の全てだ。



「カヤ先輩は」


「ん?」


「これからドルディアに向かうのですよね?」


「うん、そうだよ。入社の日が迫ってきているからね。新居を整えたり、会社や役所に行っていろいろ手続きしたりしなきゃいけないから、これから忙しくなるね」


「会社でも、がんばってください!」


「ありがとう。レイちゃんもフローリーもフォルちゃんも勉強頑張るんだよ」



 カヤ先輩は俺たち一人一人に目を向けて真剣な顔をして言う。



「あの、サスケさんによろしくとつたえてください」


「わかった。そう言っとくね」



 最後に、俺はカヤ先輩にそう言った。



「それじゃあ、私は行くね。皆、元気でね!」



 カヤ先輩が右手を小さく上げて、俺たちに背を向ける。

 そのまま、正門から正面に泊まっている馬車に乗り込んだ。


 くそっ……。本当ならカヤ先輩の門出を祝わなきゃいけないのに、なんでこんなに涙ばかり出てくるんだ? 胸にこみあげてくる気持ちが言葉として喉から出てこない。


 横を見ると、二人も無言でカヤ先輩の背中を見ながら涙を流していた。


 大通りに出ると、カヤ先輩を乗せた馬車が遠ざかっていく。


 その時、隣のフローリー先輩が、声を絞り出した。



「……い…………す」



 そしてもう一度息を大きく吸うと、



「カヤ先輩‼ ご卒業おめでとうございます‼」



 誰もが振り返るほどの音量で馬車の後ろ姿へ投げかけた。



「卒業おめでとうございます‼」



 続いてレイ先輩も大きな声でカヤ先輩の門出を祝った。

 俺も、覚悟を決めて、声を投げかける。



「カヤせんぱい‼ いままでおせわになりました‼︎ ごそつぎょう、おめでとうございます‼︎」



 『ラウド』の魔法を一切使っていないのにもかかわらず、数秒後、その言葉はしっかりと届いたとわかった。


 馬車の窓から、カヤ先輩の右手が出て、こちらに振られているのが見えた。



「……帰りましょうか」



 涙も落ち着いてきた頃、フローリー先輩がポツリと言う。



「……うん」


「……そうですね」



 俺たちは正門から敷地の中に再び入ると、自分たちの住む部屋である五〇九号室へ歩いていく。

 カヤ先輩がいなくなった今日から約二年後まで、フローリー先輩、レイ先輩、俺の三人での新しい生活が始まる。


 別れはいつだって辛いものだが、同時に新しいものの始まりでもある。

 俺は、晴れ渡る夏の空を見上げる。


 いつの間にか涙は収まっていた。



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