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俺の転生×転性ライフ  作者: 卯村ウト
第3章 ラドゥルフ編
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27 鬼教官・シャル



「ふへ〜」


「ちょっとシャル、だらしないわよ」



 ソファーでだら〜っとしているシャルを、見かねたルーナが窘める。

 すると、横になっていたシャルは、体を起こすことなく、口を尖らせる。



「だって、暇なんだもーん。学校も卒業しちゃったから、パパやお姉ちゃんみたいにやることないし」


「フォルを見習いなさいよ。毎日、怠らずに魔法の練習をしているわよ?」



 かくいう俺は、最近やっと、浮遊魔法で安定して浮遊することに成功したばかりだった。


 発動自体は簡単だったものの、調節が鬼ムズだった……。少しでも調節を誤ると勢いよく浮上してしまう。何回家の天井に頭をぶつけたことか……。ぶつけ過ぎて脳細胞が死んでバカになっちゃうよ。


 だが、その甲斐あって、浮くだけで魔力をガンガン消費できるようになった。今も、床の上の錘にくくりつけたロープを腰に巻いて、浮遊しながら『上級編』を読んでいるところだ。



「剣の練習はしないの?」


「もう免許皆伝とってるから」


「練習しないと鈍っちゃうわよ」


「むぅ〜」



 シャルは頬を膨らませて、ゴロリと転がる。しかし、ダラダラするのをやめる気はないようだった。


 すると、お茶を飲んでいたバルトが口を挟む。



「ならば、フォルに剣の稽古をつけるのはどうだ?」


「稽古?」


「ああ。免許皆伝を持っているのだから、他人に剣を教えることは許されている。年少の者に剣術を教えて後進を育てるのも、免許皆伝を持つ者の役目だ」


「むぅ……」


「それに、教えるというのは、案外難しいことだ。教えた経験は、いろんなところで役に立つぞ」



 バルトにそう言われて、シャルはしばらく黙る。そして、顔を上げて俺の方を見た。



「フォルはどうなの?」


「え?」


「フォルは、剣術を身に付けたい?」


「……」



 ふと、この前の旅行で経験した、ゴブリンの群れとの戦いが頭によぎった。


 戦いが始まった時、俺は護衛のハンターや、バルト、そしてシャルのように、武器を手に取って戦うことはできなかった。ただただ馬車の中で待っているように言われ、中から外の様子を窺っているだけだった。


 最終的に、俺の『バースト』によってゴブリンを殲滅したものの、やはり、最初に感じた、自分が戦闘の足手纏いになっているという歯痒さは、今も俺の中に強く残っていた。



 次に、パーティーでヴォルデマールに殴られそうになったときを思い出す。


 殴られそうになったことが問題なのではない。結界により、魔法が使えない状態だったことが問題なのだ。


 今後も、結界魔法などで、俺の得意な魔法が使えないときがあるかもしれない。そのとき、魔法が封じられてしまったために、何もできなくなってしまうのは避けたい。魔法以外にも、何か身を守る術を持つべきだろう。


 ならば、俺の選択は一つ。



「おねがいします」


「……いいの?」


「うん。けんでたたかえるようになりたい」


「……剣の道は、結構厳しいよ?」


「だいじょうぶ」



 すると、シャルはふぅと息を吐いた。そして、立ち上がる。



「わかった。じゃあフォルに剣の稽古をつけるよ」


「頑張れよ、シャル」


「あまりやり過ぎないでね」


「わかってるよ。じゃあ、早速明日から始めるね」


「うん! おねがいします!」



 俺は、シャルに剣術の手ほどきをしてもらうことになった。






 ※






 星々が瞬く夜が過ぎ、東の空が明るくなり、ラドゥルフは今日もいつもと変わらない朝を迎える。


 太陽はまだ地平線から顔を出したばかりで、地面には西向きの長い影が伸びている。


 そんな時間に、俺ははっと目を覚ますと、ベッドから飛び起きる。


 それから駆け足で洗面所へ向かい、冷たい水で顔を洗う。そして、リビングに降りて、手早く着替えると、俺は庭へと続くドアを開けた。


 その瞬間、俺の視界に輝くサンライズ。

 眩しい、と思わず腕で目を保護する。



「早起きだね」



 そして、それを背にして、こちらを向く人影がいた。



 フローズウェイ流剣術免許皆伝保持者、シャルゼリーナ・エル・フローズウェイだ。



「シャルも、はやおき」



 普段、俺は日の出の後に起きているので、今日はかなり早起きした方だと思う。


 しかし、シャルは軽々と俺を上回った。

 普段、あんなに寝坊助なシャルが、だよ⁉︎


 やっぱり、剣術のことなると、真剣になるのかな……?

 いつもルーナや俺に起こされるのではなく、これくらいの時間に自分で起きてほしいものだ。


 俺はシャルの早起きに少し感動しつつ、まずは教わる者としての礼をする。



「ししょう、これからよろしくおねがいします!」



 頭を数秒間下げる。


 しかし、何も反応してこない。普段のシャルなら、ここで師匠気取りで「うむ」とか言いそうなものだが。


 俺は不審に思って、顔を上げる。


 すると、目に飛び込んできたのは。



「くか~…………ZZZ」



 仁王立ちで腕を組み、悠然と立ち尽くしながら寝ているシャルだった。


 俺は、無詠唱で『ウォーター』を発動した。






 ※






「あー、それじゃ、剣術の訓練を始めま~す」


「……よろしくおねがいします」



 シャルの全身についている水滴が、朝日の光を受けてキラキラと輝いている。

 そして、ヘクション、というシャルのくしゃみで、ばらばらと地面へと落ちていく。



「まずは、一番大事なことを教えないとだね」



 初めての剣術。一体何を言われるのだろう。ワクワクとドキドキがすごい。 



「さて、クイズです! 剣を握るときに、一番大事なことは何でしょう?」



 早速のクイズ。単純だが、奥が深い問いだ。


 うーん……なんだろう?



「わざ?」


「違うよ」


「りせい?」


「それも大事だけど……もっと根本にあるもの」



 えー……なんだろう……。

 実は、案外難しく考える必要はないのかもしれない。


 俺は思考を単純化して、真っ先に思いついたことをシャルに言う。



「たいりょく」


「そう、その通り! 満点解答だよ、フォル」


「えへへ」



 シャルに頭なでなでされる。



「剣を使うために、まず必要なのは体。体がきちんとできていないと、剣で戦うどころか、剣を振ることさえままならない。剣を振るう力、振り続ける体力ができて初めて、技とか知識が活きてくるんだよ」


「なるほど」



 なんかシャルが真面目なこと言ってる! こんなに真面目なシャルは、人生で初めて見たかもしれない。


 それにしても、こういう話をするということは、やっぱり今の俺じゃ力不足なのかな。

 本当にできるようになるのか不安になってきた。



「今はまだ、フォルは剣を振る段階ではないから、まず体づくりから始めよう」


「……うん」


「大丈夫。体ができれば、剣の振り方を教えるから。何事も基本からだよ」


「うん」


「ということで、ストレッチをした後、まずはこの庭を五周ランニング!」


「えっ」


「ほら、早くストレッチ」



 今、シャルなんかさらっとエグいこと言わなかった?

 この庭を五周ランニングだとか。


 この家の庭はかなり広い。俺はまだ、その全貌をきちんと把握できていなかった。普段の魔法の練習でもこの庭を使っているが、いつも同じ一角しか使っていない。

 それを五周って……、おそらく数キロになるだろう。


 俺は前世の体育の授業を思い出しながら、一通りストレッチをする。

 それを終えると、俺は走り出したシャルについていった。


 最初の方はシャルのスピードについていけたが、四角形の庭の一辺も走り切らないうちに息切れし始めて、スピードが落ちていった。シャルの背中がどんどん遠くなっていく。


 シャルー! 俺のような三歳児にも着いていけるようなスピードにしてよー!


 俺はシャルに待って、と叫ぼうとするが、すっかり疲労した俺の喉からは。



「ハァ……ハァ……、シャ……ル……、ま……ハァ……って……」



 という言葉でない声しか出ない。勿論、そんな声がシャルに届くわけもなく、シャルの背中はどんどん遠くなっていく。


 俺はあまりの辛さに、とうとう走るのを止めて、歩き始めた。


 そして、数メートル歩いた後、しゃがみ込む。

 早くも俺の体は汗びっしょり。額からしたたり落ちた汗が、庭の芝生に垂れる。



「フォルー! 何をしているのさー!」



 その声に顔を上げると、前から猛スピードで走ってくるシャル。

 げ、と思いながら俺は動かない体に鞭打って立つ。



「もう、歩いちゃだめだよ、ほら、走るよ」



 俺に何かを言わせる隙を与えず、シャルはまた走り始める。



 ひー! 鬼だー!






 ※






「ゼエ、ゼエ、ゼエ…………ハァ、ゼエ……」



 日はすでにかなり高く昇り、大地を照らしている。


 俺はその光を背中に浴びながら、うつぶせに倒れていた。


 全身汗だくで、もう何もできない。喉がひたすら乾き、吐き気がする。しかし、まだ朝ご飯前なので胃の中は空っぽ。吐くものすらない極度の空腹状態だ。


 俺は、途中途中歩き、シャルに急かされながらも、なんとか庭五周ランニングを成し遂げた。

 そして、スタート地点の噴水前に戻って来た俺は、ベンチに倒れ込むようにして……、いや、倒れ込んだ。



「ふう」



 一方、瀕死の俺とは対照的に、同じ距離を走ったシャルは、爽やかな顔で額の汗を拭っている。


 これが、年の差というやつか……。



「フォル、朝ご飯に行こう。もうそろそろ呼ばれるはず」



 そうシャルが言った直後、屋敷に通じるドアが開いた音がした。



「シャルー、フォルー、ご飯よー」


「はーい!」


「…………はぃ」



 ルーナの呼びかけに、シャルは元気いっぱいに答える。

 体力のある人はいいね。うらやましい。



「フォル、行くよ……ってこの状態じゃ厳しいか。おんぶするから、乗って」


「…………いい」


「え?」


「……じぶんで、……いける」


「でも、動けないでしょ? どうやって行くの?」



 シャルが心配するのはもっともだ。

 だがしかし、肉体は疲労しても、まだあれは疲労していない!


 俺の奥の手、それは……。



「『フロート』」



 俺がその言葉を唱えた瞬間、うつぶせになっている俺の体が、浮き上がる。



「浮いた!」



 旅行から帰ってきてからこれまで、俺は浮遊魔法の練習に時間を費やしてきた。しかし、ただ安定して浮く練習だけをしていたわけではない。


 あらゆる姿勢からの浮遊魔法の起動、浮遊中の体勢の変え方、そして移動の仕方を練習していたのだ。


 俺は、浮遊魔法を細かく調節して、体を起こす。これで、うつぶせの状態から直立した姿勢になった。

 ここまで、俺は一切体を動かしていない。


 そして、空中を滑るようにして、家へ向かう。


 早く朝ご飯を食べないと死んでしまう!



「待って~!」



 後ろから、俺に置いていかれたシャルの声が聞こえる。


 剣の道は、シャルの言う通り、想像以上に長く、そして厳しいものになりそうだ。



 2024/02/26 更新

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