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俺の転生×転性ライフ  作者: 卯村ウト
第2章 王都編
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13 森を越えて



 数時間後。閑静な森には、俺が思いっきりゲロをする音が響いていた。



「おろろろろゴポゴポ……ゲホッゲホッ」


「だ、大丈夫……?」



 はぁ……はぁ……と荒い呼吸を繰り返す俺の背中を、シャルが優しく撫でてくれる。



「お水は?」


「いらない……」



 俺は自分のゲロを見ないように、目を瞑ったまま、胃酸でひりつく喉を使わないように、無詠唱で『ウォーター』を発動する。そして、草むらを綺麗に洗い流した後、自分の両手に水を溜め、口の周りを綺麗にしてうがいをする。


 ふぅ……。吐いたことで、気分はだいぶマシになった。俺は慎重に目を開ける。どうやらゲロは綺麗に洗い流されたようで、植物の緑色しか目に入らなかった。



「……もうだいじょうぶ」


「そっか……じゃあ戻ろっか」



 俺はシャルに連れられて、少し離れたところに停車していた馬車に戻る。


 ドアを開けて中に入ると、心配そうにバルトが声をかけてきた。



「フォル……大丈夫か?」


「うん」


「……また具合が悪くなったら言うんだぞ」



 そう言っている間に、馬車がゆっくりと動き出した。すぐに、さっきまでのように馬車がガタガタと不規則に揺れ出して、俺は再び憂鬱な気分になった。思わずシャルに寄りかかる。


 この馬車にサスペンションなんてついていない。舗装されている道でさえかなり揺れるのだ。舗装されていない悪路での乗り心地は最悪で、俺はひどい車酔いに悩まされていた。



「寝てていいよ」


「……うん」



 俺はシャルの厚意に甘えて、彼女の膝に顔を埋める。



 家を出発した後、馬車は家の前の通りをまっすぐ東に進んでいた。その通りは『麦街道』といい、東にある王都までまっすぐ伸びている大きな街道だった。主にラドゥルフ州で収穫した麦が運ばれるため、その名がついたようだ。


 麦街道を通ってラドゥルフの市街地を東に進むと、市と外を隔てる巨大な城壁があった。その先には鬱蒼とした森。それが、今俺たちが進んでいる、ラドゥルフ州の東端に南北に細長く伸びている『大森林』という森で、ここを越えれば王都のある王国直轄州に入る……のだが。



「だいしんりんをぬけるまで、あとどれくらい?」


「……日が沈むまでには」



 俺の問いにバルトが答える。時刻はまだお昼を少し過ぎたくらいだった。


 麦街道は、南北に細長い大森林を東西にまっすぐ横断しているため、大森林の中を通る距離は比較的短いはずだ。それでも馬車でほぼ一日はかかるので、その規模の大きさが窺い知れる。



「ここを抜けるまでの辛抱だ。通過さえしてしまえば、あとは舗装されているからマシになると思うぞ」


「うん……」



 麦街道のうち、大森林の中が舗装されていないのは、この森に『魔物』が棲みついているからだ。『魔物』とは、ゲームに出てくるモンスターのようなもので、人間に敵対している生物だ。


 そんな魔物が外へ出てこないよう、大森林はラドゥルフ側とその反対側から南北に長い城壁で囲われている。ラドゥルフの街から出る時に通過した城壁はその一部だ。


 俺の頭の上で、シャルがため息をつく。



「王都まで転移魔法陣で行けたらよかったのにな〜」


「……てんいまほうじん?」



 俺が疑問を呈すると、シャルが説明してくれる。



「魔法陣は知ってるでしょ?」


「うん」


「転移魔法陣っていうのは、転移魔法を発動する魔法陣のことだよ」



 そのまんまじゃん。



「それが、ラドゥルフにあるの?」


「うん。それを使えば一瞬でいろんなところへ行けるんだよ。もちろん、王都にもね」


「へー」



 じゃあなんで使わないんだ? 聞いた感じ、移動にはチート級に便利な魔法陣のようだが……。何かデメリットでもあるのか?


 すると、バルトがため息をついた。



「転移魔法陣が使えたらよかったんだがなぁ……」


「つかえないの?」


「ああ。今、ラドゥルフの街の転移魔法陣は使えないんだ」


「どうして?」


「……転移魔法陣を発動させるには、大量の魔力が必要だ。その大量の魔力をどうやって用意すると思う、フォル?」


「……たくさんのひとががんばる」


「うーん、まあそれでもできるが、大変だよなぁ。実は、転移魔法陣の魔力には、魔水晶が使われているんだ。フォルの指に嵌っている指輪の石の、もっと大きいやつだ」



 俺は頭を動かして、自分の指に嵌っている指輪を見つめる。



「その魔水晶に魔力を溜めて、転移魔法陣を動かしているんだ」


「へー」



 じゃあ、この指輪の青い魔水晶にも、魔力を溜め込む性質があるのかな……。



「魔水晶は、ラドゥルフの地下の洞窟から採れる。それに、魔力が無くなった魔水晶をそこにしばらく置いておけば、魔力を回復させることもできるんだが……最近厄介なのが棲みついてな……」


「やっかいなもの?」


「『クォーツアント』という魔物だ。奴らが洞窟に棲みついて、今は魔水晶の回復や採掘どころではなくなっているんだ。当然、転移魔法陣もな……」



 つまり、そいつらのせいで、転移魔法陣が使えなくなっているのか……。



「転移魔法陣はいつになったら動かせそうなの?」


「ラドゥルフを発つ直前の報告では、目処が立たないと言われていた。だから、転移魔法陣が動くまで待っていると間に合わないと判断したんだ」



 だからこうして馬車の旅になったんだな。


 くっそー! クォーツアントさえ発生しなければ、こんなに車酔いで苦しまずに済んだのに……。クォーツアント、マジ許すまじ。


 大きく揺れる馬車の中で、俺は見たこともない魔物に対して、恨みを募らせるのだった。






 ※





 さらに数時間が経過した。ただでさえ木々に太陽が遮られて薄暗いのに、その太陽が沈んできたので、周りはかなり暗くなってきた。


 窓から外を覗くと、道から数メートル離れた先からは、見ていると吸い込まれそうな闇が広がっている。


 このまま大森林を抜けられなかったらどうしよう……。俺のゲロで馬車を止まらせちゃったから、遅れているかもしれない……。


 もし夜になってしまったら、魔物が襲ってきそうだ。魔物の生態はよく知らないけど。



「お、見えてきたぞ!」



 そんなことを思っていると、バルトが嬉しそうな声を出した。

 シャルと俺が窓に顔を引っ付けて前方を見ると、俺たちの行き先に大きなオレンジ色に輝く壁が聳え立っていた。



「城壁だ!」



 シャルの顔がぱぁっと明るくなる。


 オレンジ色に輝いていた壁は、西日に照らされた巨大な城壁だった。大森林の東西の端に沿って、南北に魔物の侵入を阻む壁だ。ついに、俺たちは大森林の反対側に辿り着いたのだ。


 やっとこの森から脱出できる! さっきまで沈んでいたテンションが一気にぶち上がった。


 馬車は城門を通過し、街の中に入る。ついに大森林を脱出したのだ!


 同時にラドゥルフ州も脱出。王都のある、王国直轄州に入った。



「なんとか予定通りに到着したな……」



 バルトがほっとため息をついた。



「もし、きょうつけなかったら?」


「仕方がないから野宿だな」



 野宿⁉︎ あんな薄暗い、魔物も出るような森の中で⁉︎ 正気の沙汰ではない。


 日が落ちる前に街に着けて、本当に良かった……!



「これからは舗装された道だから、いくらかマシになると思うぞ」



 確かに、馬車の揺れが小さくなっている。酔う回数が減りそうで、俺はホッと胸を撫で下ろした。



「今日はこの街に泊まるぞ。明日からも旅は続くから、二人ともしっかり休んでおくんだぞ」


「はーい!」


「うん」



 その日、俺は人生で初めて、自宅以外の場所で夜を過ごしたのだった。






 ※






 目を覚ますと、知らない天井が見えた。

 一瞬混乱するが、すぐに思い出す。


 そうだ、今、王都に向かって旅行中なんだった。


 毛布をどけ、いつもより少し硬いベッドから床に降り立つ。そして、まだベッドの上で丸くなっている塊を見る。



「おきてー」


「ん〜〜……」



 俺は塊を揺らすが、それは毛布を被り直し、さらに丸くなってしまった。

 よっぽど起きたくないようだ。このままだと出発に遅れてしまう。


 仕方がない。ここは強行手段に出るか。


 俺は毛布の端っこをしっかり掴むと、ベッドを背に走り出す。


 すると、それは毛布に引っ張られてベッドの上をゴロゴロと回転し、ドスンと床に落下した。



「ほげ!」



 毛布から現れたシャルが、床で大の字になる。少々荒っぽいが、これで起きてくれるだろう。



「……くかー」


「おい!」



 と期待した俺が悪かった。シャルは再び眠りに落ちそうに……いや、落ちてしまった。


 このまま安眠などさせまい、と俺はシャルのほっぺたを思いっきり両手で叩く。



「おきろ!」


「うぺ!」



 バチーン! といい音が鳴り、シャルの口がタコみたいになる。

 今の衝撃で流石に目が覚めただろう。



「おはよう、シャル」


「おはよう……」



 シャルは起き上がると、ぼーっと俺を見つめる。まだ眠気を振り払えていないようだ。出発前、ルーナはシャルに、『朝ちゃんと起きるのよ』と言っていたが、やっぱりシャルの朝への弱さは、旅行中でも健在のようだ。



「あー……」



 シャルは盛大な寝癖がついた頭をボリボリとかく。そして、目をゆっくり閉じると、ベッドにもたれかかって寝息を立て始めた。


 これは思ったより大変な戦いになりそうだぞ……。


 俺は盛大にため息をついた。






 ※






 なんとかシャルを起こし、朝の支度を終えた後、俺とシャルは宿屋の一階のスペースで待っていた。

 窓の外に見える太陽はすでにかなり高い。昨日バルトから伝えられていた出発時間からはかなり遅れてしまっていた。


 その原因となった張本人は、俺の右で、フロントでお金を払うバルトをぼーっと見ている。自分のせいで遅れていることなんて、あんまり気にしていなさそうだ。


 俺は、宿の入り口からフロントまでの間を行き交う人を観察する。

 さすが貴族というべきか、俺たちが泊まった宿はかなり大きかった。そのため、俺の目の前では宿泊客がひっきりなしに行き交っている。


 この宿の主な客層はどうやら商人のようだ。小綺麗な格好をして、人によって大小様々だが、皆何かしらの荷物を持っている。中には外で待機している馬車に乗り込む人もいた。きっと、これからこの街で、あるいは別の街に移動して、物を売っていくのだろう。


 また、剣や斧、弓など、武器を持っている人もいる。大森林へ魔物と戦いにでもいくのだろうか。


 俺がぼーっとしていると、近くの長椅子に座った人たちの会話が耳に入ってきた。



「ゴブリン、どこにいるんだろうねー」


「ああ。この街から次の街の間で略奪事件が何度も起きていると聞いたが……全然見つからないな」


「大集団で一気に襲ってくるんでしょ? 見つかりそうなもんだけどねー」


「きっと奴らの中に頭のいいゴブリンがいるに違いない。そうじゃないと、集団を統制できないし、人間に見つからないように振る舞うこともできないだろ」


「おっかないねー」



 『ゴブリン』というのは魔物の一種だ。RPGに出てくるような、あのゴブリンだ。俺はまだ実物を見たことはないが、どうやらこの世界に存在するらしい。確か、シャルの部屋にあった子供向けの絵本にも、悪役として登場していた。



「お待たせ、フォル、シャル。行こうか」


「はーい!」


「うん」



 支払いを終えたバルトの後ろを、俺たちはついていく。そして、宿の外に出ると、馬車の待機場で待っていた自分たちの馬車に乗り込んだ。



 俺たちは出発し、街の城壁を越える。バルトの言う通り、街の外も麦街道は舗装されていた。ラドゥルフ州から流れてくるラドゥルフ川に沿って、両側を小高い丘に囲まれた道を、馬車は一列に進んでいく。


 王都のある王国直轄州に入ったとはいえ、全然都会っぽさはないな……。



「ねえジージ、王都まであとどのくらい?」


「あと十五日くらいだな」



 意外と時間がかかるな……。馬車が一日四十キロくらい進むと仮定すると、およそ六百キロくらいになる。東京から青森くらいの距離だ。新幹線があれば、四時間もかからずに目的地に着けてしまうのになぁ……。



「そういえば、宿で耳にしたんだけど、この辺ってゴブリンが出るらしいよ」


「ああ、そうみたいだな。チェックアウトをする時にも、受付で言われたよ」



 受付でも注意されるということは、きっとゴブリンたちは、相当タチの悪い存在なのだろう。



「ジージ、だいじょうぶ? おそわれたりしない?」


「安心しなさい、フォル。俺たちには『ハンター』の護衛がついているから」


「はんたー?」


「魔物を狩ることを仕事にしている人だ。もし魔物と戦うことになっても、戦い慣れた彼らが対処してくれるから、何も心配しなくていいぞ」



 そう言って、バルトは俺の頭にポンポンと手を置いた。


 なるほど。そういえば、ジンクたち以外に紹介されていない人たちがいるなぁ、と思っていたけど、親戚じゃなくて護衛のハンターだったのね。


 そもそも、昨日通過した大森林だって、魔物が蔓延っていると言われているじゃないか。今回の旅をするにあたって、魔物対策をしていないはずがない。


 まあ、魔物に遭遇しないことが一番だけど……。


 俺がそう思った次の瞬間、前方から男性の緊迫した叫び声が、馬車の中まで貫通してきた。



「止まれ止まれーっ! ゴブリンの、襲撃だーっ!」



 ……見事にフラグを回収してしまった!



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