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俺の転生×転性ライフ  作者: 卯村ウト
第9章 新挑戦編
139/140

138 動き出すフォルと王国



「[おはようございます、先輩]」


「[おはようございます、フォルゼリーナ。今日はいよいよ最終試験ですね]」


「[はい、少し緊張します]」


「[あなたなら大丈夫ですよ。なんたって、一年でここまで帝国語を話せるようになったのですから、自信を持ってください]」


「[ありがとうございます]」


「[……それでは、頑張ってくださいね]」


「[はい!]」



 私は手を振るフローリー先輩を背に、寮を出発して学校へ向かう。



 魔法の使用が禁止されてから約一年が経過し、季節は夏を迎えようとしていた。


 魔臓は順調に治ってきているようで、定期測定をするたびに魔力量はだんだん増えてきていた。が、なにぶん元の魔力量が膨大であるため、魔法の使用にはずっとドクターストップがかかっていた。



 その間に、私は帝国への留学プログラムへの参加を決めた。


 留学生に採用されるための条件はいろいろある。四年生以上であることだとか、成績が基準を満たしていることだとか。

 幸いにも、私は条件を満たしていたので、応募した結果、無事に()()()として選ばれたのだった。


 ただ、最終的に留学するためには、当然ながら帝国語をある程度話せなければならない。そのため、留学の一ヶ月前に行われる、帝国語の最終テストに合格する必要があった。


 その対策として、私はこの一年間、フローリー先輩に帝国語のマンツーマン指導をしてもらった。


 もちろん、一年でどこまでやれるかという不安はあったが、結果的には、日常生活を送る上でほぼ問題ないレベルまで帝国語を扱えるようになった。


 フローリー先輩が当初言った通り、帝国語と王国語はかなり似ている言語だった。使う文字や文法はほとんど同じだし、語彙も発音も似たり寄ったりだ。


 それに、先輩には言語と一緒に帝国の習俗も教えてもらった。そのおかげもあってか、言語習得はかなりスムーズにいったと思う。



 その成果をぶつけるのが、今日の最終テストだ。そこでは読む・聞く・書く・話すの四技能全てが問われることになる。


 私は校舎に入り、テスト会場である教室の前に到着した。

 少しだけ不安だが、先輩と一緒にやってきた一年間があるから大丈夫だ、と自分を奮い立たせる。



 私は意を決して、ドアを開けた。






 ※






 テストが無事に終わった後、私は寮に直接帰るのではなく、校舎内のある場所へ寄っていた。



「失礼します」


「フォルゼリーナさん、こんにちは」


「こんにちは、オリアーナ先生」



 保健室のドアを開けると、オリアーナ先生が待っていた。



「それでは、早速測定しましょうか」


「おねがいします」



 今日は魔力量の定期測定の日でもある。早速先生が魔力測定器の準備をして、私はその上に手を乗せる。

 上面が一瞬光った後、ダイヤルが回って結果が出た。



「一万百五十三ですね」


「よし……!」



 前回とほとんど変わらない数値だ。



「先生、もうだいじょうぶですか?」


「ええ。二回連続でほとんど数値に変わりがないので、完全に回復したと判断して良いでしょう」



 私は天井を仰ぐ。ここまで長い道のりだった。魔力切れで倒れた後から約一年。ようやく魔臓が傷つく前の水準まで回復できた。



「じゃあ、まほうを使っても……」


「ええ。大丈夫ですよ」



 残念ながら、今年度の授業には間に合わなかったが、それでも魔法の使用が解禁になったことは嬉しいことだった。


 魔法を使うのは久しぶりすぎて、やりたいことはいっぱいある。とりあえず、約一年も魔法を使えなかったから、まずは勘を取り戻すところからだ。魔力視の練習もしたいし、特級魔法を使う練習もしたい。


 もし留学の最終テストに受かったら、もう一ヶ月もしないうちに帝国へ出発することになってしまうから、早く行動しないと!



「もし魔法を使って体調がおかしくなったら、すぐに来てくださいね」


「わかりました! ありがとうございました」



 私は嬉しさのあまり、保健室を飛び出すようにして出ると、駆け足で寮へ帰るのだった。






 ※






「……それでは、本日最後の議題に移ります」



 麦の月のある日。王都、王城の会議室で、アークドゥルフ王国のトップらによる定例会議が行われていた。


 広い部屋の中央には、長いテーブルが設置されており、十数人が向かい合って着席している。

 そして、テーブルの終端、部屋の最奥は一段と高くなっていて、一際大きく煌びやかな玉座があった。


 座っているのは七十手前の老齢の男性。第六十五代アークドゥルフ王国国王、ディオストリス・ラディウス・アークドゥルフだ。その場の誰よりも年上だったが、その場の誰よりも威厳を備えていた。


 その隣に立っている壮年の男性が会議の司会だ。すでに十年以上もこの役割を務めている彼のファシリテート能力は一級品で、今回の会議も恙く進んでいた。


 彼は一瞬だけカンペに目を落とすと、すぐに視線を上げた。



「……我が国民の出国にまつわる件でございます。先日、王立学園でアーサリノフ帝国への単年留学プログラムに参加する生徒が決まりました。その生徒の出国について、この場で審議を行いたく存じます」



 その言葉に、内務大臣のディーゴ・キルト・エルステッドが眉を顰める。



「王立学園? たかが一生徒の出国を閣僚会議で俎上に載せるとは、少々大袈裟ではないか?」


「ディーゴ卿、まずは話を聞くべきですぞ」



 すぐに、隣に座っていた軍部大臣、シモン・バスケス・ティモスワールが諌めた。

 ブスッとして椅子にもたれかかったディーゴを尻目に、司会は発言する。



「これについては、学園長から直接ご説明していただくのが早いということで、本人を呼んでおります」



 彼が会議室の出入り口のドアの両脇に立っている近衛兵に目配せをすると、二人は同時に扉をゆっくりと引く。その向こうから示し合わせたかのように、一人のローブ姿の老人が会議室に入ってきた。


 普段この会議には閣僚以外の人物を呼ぶことは滅多にない。そのため、会議室の大半は奇異の目を老人に向ける。

 だが、その中で一人だけ、目を輝かせた人物がいた。



「オルドー先生!」



 この空間における最年少、魔法大臣クリストフ・ファーク・クズムンドフィールだ。王立学園魔法科OBである彼は、老人のことをとてもよく知っていた。対して老人はその言葉ににっこりと微笑んで手を上げた。



「王立学園学園長にして魔導師、オルドー・リヒト・メサウスじゃ。本日は直接説明する機会を賜り、誠にありがたく存じます」



 末席に案内された後、オルドーはそう言って椅子に腰掛けた。



「それでは、オルドー子爵、ご説明をお願いします」


「承知いたした」



 オルドーは眼鏡をかけると、懐から紙を取り出した。



「今回、帝国への留学生に選ばれたのは、本校魔法科の四年生、フォルゼリーナ・エル・フローズウェイ伯爵令嬢ですじゃ」



 オルドーがここまで言った時点で、何人かは何かを悟ったような顔をした。



「端的に申し上げると、此度この件を審議いたします理由は、その圧倒的な力にございます。もしやご存知かもしれませぬが、彼女はおよそ三年前に、単独での幼体竜の討伐に成功しておりますのじゃ」


「なんと……」


「そういうことであったか……」


「あの『竜殺し』か……」



 閣僚が次々とボヤく。約三年前のドルディア沖での竜の出現、そして宮廷魔導師団が到着する前にそれを単独で打倒した幼女の存在は、閣僚の皆が知るところだった。



「また、彼女は現在『虹の濫觴』に所属しており、日々魔法の才能に磨きをかけております。彼女は学園、ひいてはこの国の同世代の中で、トップクラスの魔法の才能を持っていることは間違いないのでありますのじゃ」


「すなわち、彼女は将来、我が国に多大な恩恵をもたらす才能であるということですね!」



 クリストフがテンション高く続けると、オルドーは深く頷いた。



「そのため、彼女に何かあっては大変よろしくないのです。国内ならまだしも、外国に行ってしまっては、王国の力は十分及ばないのですから」


「……つまり、帝国へ送り出す場合、万が一に備え、当該生徒の身の安全を確保しなければならない、ということですか?」


「ええ、その通りでございます」

  


 落ち窪んだ目から鋭い視線を送る痩せ気味の中年男性が聞き返し、オルドーが肯定する。



「それでは、アルフォンス・リー・テオレム外務大臣。この件について、外務省としての見地をお願いします」



 すると、司会が、先ほどの男性に話を振った。

 アルフォンスと呼ばれた彼は、少ししてから口を開く。



「……まず、当該生徒の帝国への出国についてですが、影響力の大きさを鑑み、出国時に新たに人員を派遣し、帝国内での行動を監視する必要があるでしょう。

 しかし、それ以外にも帝国へ人員を派遣したい理由がございます。というのも、現在手に入っている情報によると、帝国の上層で何やら不穏な空気が漂っているようなのです」


「……初耳だ。詳しく説明せよ、テオレム侯爵」


「はっ。帝国の現皇帝はかなりの老齢ゆえ、そろそろ譲位をするのではないか、との声が最近帝国内で高まっています。それに呼応するように、水面下で皇子皇女たちによる皇位の継承者争いが始まりつつある、とのことです。

 ご存知の通り、現皇帝にはたくさんの皇子皇女らがおり、現状、抜きん出て力のある勢力はいません。現時点ではまだ目立った混乱は起きておりませんが、今後皇位をめぐる政治的な混乱が激しくなってゆく可能性が高いでしょう」


「……政治的な混乱から保護する必要がある、ということか?」


「その通りでございます、陛下」


「実際、今回の留学に当たっては、彼女のルームメイトである帝国出身の留学生、フローレンス・ネスト・ヴル・ネイハルベルク公爵令嬢の帰国に同行する形で、帝国へ向かう予定でございます。そのため、彼女が帝国の上流階級と接触する可能性は大いにございます」



 オルドーの補足の後、ディオストリスは再び口を開く。



「問題は、誰に任せるか、である」



 そう言うと、彼はアルフォンスに視線を向けた。



「当該生徒の安全を確保でき、尚且つ当該生徒よりも力のある人物が望ましいでしょう」



 しばらく場に沈黙が流れる。



「……だが、そんな人物、本当にいるのかぁ?」



 ディーゴがはぁーとため息をつき、その場のほとんどの人が思ったことを代弁する。アルフォンスの出した条件のうち、後者が特にキツい縛りだった。


 それに対して、クリストフが一言。



「宮廷魔導師団の誰かを派遣しては?」


「たかが一生徒の保護のためだけに、国外へ団員を派遣するというのか? それに、このことが帝国に露呈してみろ。外交問題になるぞ!」


「じゃあ、他に誰がいるんですか? 帝国の政争って歴史的にエゲツないものばかりって聞きますし、万が一その生徒を力で押さえ込まなきゃいけないことになったら、どうやって対処するんですか?」


「それは……」



 ディーゴは深くため息をついた。



「……だったら出国許可を取り消してしまえばよいではないか。そうすればそもそも人員を送る必要はあるまい」


「それは望ましくありません、内務大臣。あくまで今後混乱が予想されるというだけで、現時点で帝国の政治は良好な状態を保っています。危険地域でも敵対国家でもない友好国の帝国への出国許可を取り消してしまえば、出入国の自由の原則にはそぐわないですし、逆に、王国が帝国をそのような地域とみなしていると、帝国が受け取ってしまうおそれがあります」



 アルフォンスは冷静に反論した。



「そもそも、恐ろしいほどの力を持つフォルゼリーナ嬢の留学を受け入れている以上、帝国側もある程度のリスクは承知しておるじゃろう」


「確かに、帝国側からは当該生徒の入国許可が既に出ております。帝国も当該生徒の動向を何らかの方法で監視するつもりでしょう。こうなっている以上、このタイミングでこちらが出国許可を取り消すのは、余計な混乱を招く可能性があります」


「ぅぅむ……」



 ディーゴが沈黙する一方、クリストフはシモンに話しかける。



「ティモスワール公爵、確か宮廷魔導師団にピッタリの人材、いませんでしたっけ?」


「確かにいることにはいるが……陛下、いかがなさいますか?」



 シモンは渋い顔でディオストリスに問う。王国の軍事力のうち、宮廷魔導師団は軍部省ではなく、国王に属している。そのため、団員の派遣は全てディオストリスの一存で決まるのだ。


 重い沈黙が流れた後、ディオストリスは決断した。



「……団員を派遣する。ただし、その正体は、帝国の民、そして保護対象の生徒にも知られてはならぬ。よいな、ティモスワール公爵」


「はっ、畏まりました、陛下」


「テオレム侯爵。外務省にも協力を要請する。良きに計らえ」


「畏まりました」



 他に質問などが無いことを確認し、最後に司会が一言。



「それでは、本日の定例会議はこれで終了いたします。皆様、大変お疲れ様でございました」



 フォルゼリーナの与り知らぬところで、物事は大きく動きつつあった。



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