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俺の転生×転性ライフ  作者: 卯村ウト
第8章 帰郷編
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115 テクラス駐屯地



「実は明日、テクラスの軍事基地へ視察をしにいくのだけれど、もし興味があれば二人も一緒に来てみないか?」



 その日の夕食の席で、ハルクさんは突然そんな提案をしてきた。



「……いいんですか? ついていっても」



 俺が尋ねると、ハルクさんは頷く。



「ああ。一種の社会見学みたいなものだと思ってくれればいい。フォル嬢はいずれ、エル・フローズウェイ伯爵家を継ぐかもしれないから、今のうちから軍事基地がどのようなところか見ておいても損はないだろう」



 俺はその言葉にハッとする。


 現状、バルトからルーナへの代替わりが進みつつあるが、このままルーナが再婚して新しく子供を産んだり、俺が誰かと結婚したりしない限り、その次の家督は俺が継ぐことになる。

 そうなった時に、俺は必然的に貴族としての責務を果たさなくてはならない。もしかしたら、ハルクさんが行っているような業務をする必要があるかもしれない。


 その中に軍事基地の視察があるのなら、将来の予行演習になるだろう。



「じゃあ、おことばにあまえて」



 それに、この邸にいても特にやることもないしね。



 次に、ハルクさんはジュリーに向き直る。



「ジュリアナちゃんにとっても、地方の軍事基地がどうなっているのか見る機会は、王都にいたらなかなかないだろうから、有益な経験になると思うよ」


「じゃあ、おねがいします」



 ジュリーも頷く。確かに、中央貴族が地方に行くことなんてそうそう無さそうだよな……。ずっと王都で仕事をしているイメージだ。



 というわけで、俺たちはハルクさんの軍事基地の視察についていくことになった。






 ※






 王国軍テクラス駐屯地。


 テクラス州の北東部に位置するテクラス市、その北部の広大な土地に位置するその基地には、たくさんの兵士たちが常駐している。


 四年前、シャルとハルクさんの結婚式の際に、北部で国境を接するメディラム共和国が、フリードリヒらと内通して国境線付近に兵士を集め、軍事的緊張が高まった。さらに、その一部が越境して戦闘状態に入りさえした。その時の最前線となったのが、この基地である。


 最終的に、越境したメディラム共和国軍は、ハルクさんが要請した宮廷魔導師団の圧倒的戦力により殲滅された。共和国は『一部の兵士が独断で越境しただけで、軍としての総意ではない』とトカゲの尻尾切りのような形で幕引きを図った。


 しかし、緊張状態はいまだに続いていて、そのせいで王国の軍事基地の中では、トップクラスに兵士の数が多いのだという。


 それに、緊張状態でなかったとしても、山脈で他国と隔てられている王国南部や西部とは違って、テクラス州とメディラム共和国の国境は延々と広がる砂漠地帯だ。物理的に越境が容易なので、平時から防衛のためにかなりの人員が割かれているのだ。


 もちろん、人数が多いだけではなくそれぞれの戦闘能力も高い。この基地に配属された兵士はエリート揃いなのだ。



 ハルクさんのそんな説明を聞きながら、俺たちは馬車の中で揺られる。

 馬車の中にいるのは、俺とジュリー、そしてハルクさんの三人。


 シャルはリルちゃんの面倒を見るのと、シャル自身の仕事をこなすために伯爵邸に残っていた。



 ちなみに今回見学するところは、重要な機密部分ではないそうだ。機密部分は、軍を管轄している軍部省の人とか、軍部大臣とか王族とかの、国の中枢にいる人しか見られないらしい。



 そう考えると、この国って一見封建制に見えるが、実はかなりの中央集権体制だよな……。


 封建制なら、地方の領主が自分の領地を持ったり、その領地を守るために自分で軍を持ったりする。

 だが、聞くところによると、この国では十数年スパンで地方自治体を治める貴族が変わるらしい。それは、ハルクさんやバルトが『領主』ではなく『州知事』と呼ばれていることにも反映されている。また、この制度のためにこの国には貴族の『領地』という概念は存在しないし、同様に軍も国が管理する体裁になっている。



 まあ、こういう『公民』的な内容は、後々学校で習っていくのだろうが。



 そんなことを考えながら外に目を向けると、馬車はすでに市街地を抜けたようで、一面に荒野が広がっていた。

 周りに建物などはほとんど見えない。本当にこんなところに軍事基地があるのか……?


 すると、同じようなことをジュリーも思ったようで、ハルクさんに質問する。



「あとどのくらいでつきますか?」


「あと五分くらいかな」



 正直、ここまで何の景色も見えないと、ハルクさんの言葉もかなり疑ってしまう。


 だが、五分ほど経つと、彼の言葉は本当だとわかった。

 不意に馬車がスピードを落としたので、窓の外を見ると、ちょうど門らしきところを潜っていくところだった。門の脇には屈強な兵士が立っていて警備している。


 そして、馬車は程なくして停車すた。



「さあ、降りるよ」



 最初にハルクさんが席を立って馬車のドアを開けて降りる。それに続いて私たちも下車した。

 そして目の前の光景を見たとき、俺は意外な光景に息を呑んでしまった。



「これって……」


「……まちじゃん」



 私たちの目の前に広がっていたのは、街だった。


 ここの街並みも、テクラスの市街地と同じく黄褐色の石材で作られている。舗装までもが黄褐色だ。脇の水路に水が流れていて、打ち水と同じような効果が出ているのか涼しく感じられる。さっきまで一面荒野だっただけに、ギャップがすごい。


 多分、この街は兵士たちの需要を賄うためのものだろう。ここはテクラス市から少し離れているし、何よりたくさんの兵士を有しているから、基地内に小さい街を建てるまでに至ったのだろう。


 ハルクさんの先導で街を進んでいくと、だんだん人が多くなってくる。その大半が屈強でガタイのいい男性ばっかり。女性はあまり見られなかった。



「さあ、ここから基地の中枢だ」



 数分歩くと、再びゲートが現れる。その横からはずっと城壁が連なっていて、軍事施設らしさを醸し出していた。


 そのゲートの前には、一人の屈強な男性が立っていた。そして、ハルクさんを見かけると、敬礼をしながら話しかけてきた。



「ハルク殿、お待ちしておりました!」



 この基地を歩いている人はただでさえ身長の高い人が多かったが、さらにその中でも頭ひとつ分抜きん出ている、二メートルくらいありそうな大男だ。腕や脚には筋肉が有り余るほどついている。顔立ちはきりりとしていて、髭や髪には少し灰色になっている。年齢は四十歳くらいだろうか、歴戦の戦士のように見える。



「司令官殿、わざわざここまでの出迎え、ありがとうございます」


「はっはっは、気にすることはございません。して、そちらが客人ですか?」


「ええ。紹介しましょう。こちらの金髪の方が妻の姉の子……つまり私の姪のフォルゼリーナ、赤茶色の髪の方が、その友人のジュリアナです」


「はじめまして、エル・フローズウェイはくしゃく家とうしゅバルトのまご、フォルゼリーナ・エル・フローズウェイともうします」


「……フォル嬢、今の当主はもうお義姉さんに代わっているよ」


「え!」



 そうなの⁉︎ 知らなかった……。



「じゃ、じゃあ、エル・フローズウェイはくしゃく家とうしゅルーナの長女、フォルゼリーナ・エル・フローズウェイともうします」



 これから名乗り方を変えないとな……。


 続いて、ジュリーも名乗る。



「はじめまして、ドン・ガレリアスはくしゃく家とうしゅアルベルトのじじょ、ジュリアナ・ドン・ガレリアスです」



 すると、司令官はしゃがむと俺たちに目線を合わせて笑いかけた。



「フォルゼリーナちゃんと、ジュリアナちゃんだね。私は、オーウェン・ムーア。階級は大佐で、この基地の司令官だ。今日は、わざわざ遠いところから来てくれてありがとう」



 オーウェンさんは俺たちと握手をすると、立ち上がる。



「それでは中を案内しましょう。こちらへ」



 ゲートの中に入ると、ガラッと雰囲気が変わった。街とは異なり、どこか重苦しい雰囲気が漂っている。


 俺たちは建物のうちの一つに入っていく。平屋建ての大きな建物だ。



「こちらが本部でございます。士官の部屋や会議室、食堂、それに練習場などがございます」



 本部というだけあって、中は広く、いろんな部屋があった。


 俺たちはそのうちの一つである練習場に入っていく。練習場の床は、砂漠では貴重であろう木でできていて、壁には練習用の模擬剣、木剣、盾などがずらっと並んでいた。


 そして練習場の中央では何人かの兵士が一対一の模擬試合をしている。

 皆本気で取り組んでいて、意識が高いことが分かる。


 すると、俺たちが入ってきたことに気づいたようで、勝負が終わった兵士から武器を下ろして、こちらに敬礼する。



「「「「「司令官殿、お疲れ様です!」」」」」


「皆、ご苦労。こちらはテクラス州知事のハルク殿、その親戚にして、ラドゥルフ州知事のご令嬢のフォルゼリーナ殿、そしてそのご友人のドン・ガレリアス伯爵家のジュリアナ殿だ。本日は、本基地の視察にいらしている。くれぐれも失礼のないように」


「「「「「はっ!」」」」」



 すると、兵士たちはそう言うやいなや、ハルクさんの周りに集まって、ワイワイ話し始める。


 てっきり、こういう軍人と貴族って距離があるもんだと思っていたから、目の前の光景は俺にとってかなり意外なものだった。



「ハルク殿、もしよろしければ我々と真剣勝負の模擬戦をしていきませんかな?」


「ああ、わかった。受けて立とう」



 おおっ、と兵士の中からどよめきが上がる。


 そういえば、三年前のシャルからの手紙の中にも、兵士たちを指導したってあったな。もしかしたら貴族だからではなくて、剣の心得があるから、こうしてハルクさんは人気者になっているのかもしれない。

 


「じゃあ、まず誰がハルク殿と戦うんだ?」


「……じゃあ、オレが行こう」


「おお、軍曹殿か」


「これは楽しみだ」



 一歩前に出てきたのは、軍曹と呼ばれた男だ。切れ長のつり目で、以下にも強そうな面をしている。



「では司令官殿、審判を頼みます」


「承知いたしました、ハルク殿」


「ハルクさん、がんばって……!」


「がんばれー!」



 俺たちが壁際に退避するのと同時に、ハルクさんと軍曹は木剣を一本ずつ手に取ると、練習場の中央で相対する。


 二人は集中する。そして、練習場が静まった後、ベストタイミングでオーウェンさんが宣言した。



「それでは、模擬戦始め!」



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