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俺の転生×転性ライフ  作者: 卯村ウト
第8章 帰郷編
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112 懐かしのもの



 二年生もあっという間に終わり、夏休みに入った。


 昨年とは違い、今年は座学のレベルが上がる境目の年なので、宿題はそれほど出なかった。そのため、あまりやることのない俺は、毎日クリークに通い、魔法の練習で時間を潰していた。


 しかし、魔法を使い続けていると魔力切れを起こしてしまい、いずれは練習できなくなる。

 そのため、クリークから寮に戻った後は、本当に何もやることがなくて暇だった。



 そんなある日、その暇な時間をどうにか有効活用しようと、俺は部屋の整理を始めた。



 思えば、最初にここに来てから、部屋の整理なんてほとんどしてこなかったな。



 しばらくして、実家から荷物を運んでくるときに使ったバッグをひっくり返したところ、奥底に詰まっていたらしき一枚のくしゃくしゃの紙が、ペッと床の上に落ちてきた。



「なにこれ」



 俺はそれを拾い上げて広げる。そして、その正体がわかると、とても懐かしい気持ちになった。



「シャルからの手紙だ!」



 てっきり実家に置いてきたと思っていたのだが……当時の俺が何かを思って持ってきたのか、あるいは紛れ込んでしまったのか。


 これを貰ったのは学校に入る前の年だから、もう三年くらい前になるのか。ということは、妊娠したシャルはとっくに子供を産んでいるはずだし、もし無事にその子が育っているなら、今頃は二歳くらいになっているはずだ。


 俺にとってはいとこに当たるのか。どんな子なんだろう? シャルに似ているのかな……? 会ってみたいな。


 それに、久しぶりにシャルの顔もみたい。子育ての一番大変な時期も終わっているだろうし、テクラスの環境にも慣れたことだろう。


 ちょうど時間もあることだし、もし会いに行けるならぜひ行きたいところだ。


 よし、そうと決まれば早速手紙を出してみよう!


 王都からならおそらく十日前後で届くはずだ。返信が届くのに同じだけの日数がかかるとしても、夏休み期間はまだ残っているから、訪問する時間は十分にある。


 俺はレターセットを買いに、早速部屋を出発したのだった。






 ※






 約一ヶ月後のある日、俺は久しぶりにジュリーと食堂で夕食を食べていた。


 食堂は、帰省せずに寮に残る人のために長期休み中も開いている。しかし、やはり帰省する人が大半だからか、授業期間中の同じ時間帯に比べ、かなりスカスカだった。



「そういえば、ジュリーは家に帰らないの?」


「もう帰ったよ」


「そうなんだ。じゃあ、夏休み中はずっと家にいるつもりじゃないんだね」


「うん。近いし、いつでも行けるから」



 ジュリーの家は、学園の正門から馬車で十分ほどの場所にある。夏休みだけではなく、休日にもフラッと帰れるような近さだ。


 それなら、実家にいるのとここにいるのとでは、あまり変わりないかもしれないな。



「フォルは帰らないの? ラドゥルフだっけ、お家」


「うーん、今年は多分帰らないかなぁ……」



 長期休みの前にはいつも、今度こそ帰ろうと思うんだけど、いざ始まったら結局帰らないっていうね……。


 今回の夏休みも、事前に手紙で連絡することを考えると、もう時間が無いからな……。



「というか、わたしにはべつに行くところがあるんだよ」


「どこに?」


「テクラスにあるおばの家。この前、会いたいって手紙を出したら、来ていいよってへんじが来たんだ」


「へ~、いいなぁ~」


「ジュリーはテクラスに行ったことないの?」


「うん。そもそもわたし、おうとから出たことないの」


「そうなんだ……」



 ここで、俺は返信に書いてあった一文を思い出して、ジュリーに提案する。



「じゃあさ、ジュリー。いっしょにテクラスに行かない?」


「……いいの?」


「もちろん。『五人までならお友達を連れてきていいよ』ってへんじが来たから」


「じゃあ、お父さまに行ってもいいか、かくにんしておくね。しゅっぱつはいつ?」


「五日後だよ」


「わかった。ありがとう、フォル」


「どういたしまして」



 この世界で友達と旅行するのは初めてだ。テクラスへの訪問がますます楽しみになるのだった。





 ※






 五日後の朝。学園の正門の内側、守衛室のそばのベンチに座って待っていると、ジュリーが現れた。



「おまたせ……フォル……」


「うわ、スゴいにもつ!」



 ジュリーはリュックを背負い、さらに、重そうな鞄を二つ抱えていた。鞄を両肩に一つずつかけることで何とかバランスを保っているようだが、今にも倒れてしまいそうだ。



「『フロート』」



 俺は両手でそれぞれの鞄に触れると、浮遊魔法を発動する。すると、鞄が微かに宙に浮いて、ジュリーの肩に鞄の重さがかからない状態になった。



「お~、かるくなった。ありがとう、フォル」


「どういたしまして……というか、そのかばん、何が入ってるの?」


「ふくだよ」



 多すぎじゃない……? 俺の二倍ぐらいないか?


 俺は自分の荷物を持つと、ジュリーと一緒に正門の外に出る。



「そろそろだっけ?」


「うん……あ、来た」



 すると、第一城壁の方から一台の馬車がやってきた。その馬車はちょうど俺たちの前に停まる。そして、御者台から一人の男性が降りてきた。



「お待たせいたしました、ジュリアナお嬢様、フォルゼリーナ様」


「ううん、時間通りだよ、ルッツ」



 中から降りてきたのは、ドン・ガレリアス伯爵家の執事、ルッツさんだった。



 数日前、ジュリーはアルベルトさんから俺と一緒にテクラスに行く許可を得た。その際、王都の真ん中にある転移施設までの往復は大変だろう、ということで、ルッツさんに馬車で送ってもらえることになったのだ。



「こんにちは、今日はありがとうございます」


「いえいえ、お気になさらず。ささ、お二人とも乗ってくださいませ」


「あ、そうだ、てんいしせつに行く前に、よってほしいところがあるんですけど」


「どこですか?」



 その場所をルッツさんに伝えると、俺たちは馬車に乗る。すると、馬車は転移施設のある第一城壁とは反対方向の、第二城壁の方へ進み始めた。


 しばらくすると、馬車は第二城壁を通り抜けたすぐのところにある、ある商店の前に停まった。



「すぐにもどるから、ちょっとまってて」


「うん」



 俺はジュリーにそう断ると、袋と財布を持って馬車を降りる。そして、目の前の商店のドアを開ける。



「いらっしゃいませー!」


「こんにちは、ハックさん」


「おお! これはこれは、フォルゼリーナ様じゃぁありませんか! ご無沙汰しておりますぅ〜!」



 俺が立ち寄ったのは、ハミルトン商店だった。


 もちろん、ここでやることは一つに決まっている。



「ハックさん、『スライムシャーベット』、ある?」


「もちろんですとも! いくつですかぃ?」


「えーっと……じゃあ十こで!」


「毎度ありがとうございますぅ〜! 二百セルでございますぅ〜!」



 俺は小銀貨二枚を渡すと、ハックさんは奥に戻り、スライムシャーベットをかごごと持ってきた。



「はい、こちら商品でございますぅ〜! 冷えているうちに、お召し上がりください!」



 俺はカゴを受け取ると、持ってきた袋の中に詰めていく。



「ありがとう……ってこれ、十一こ入ってるけど……」


「オマケですよ、いっぱい買ってくださいましたから!」


「ありがとう。じゃあ、また来るね!」


「はいっ、またのお越しをお待ちしておりますぅ〜!」



 俺はハックを背に、急いで馬車へ戻った。ドアが閉まった瞬間、馬車は王都の中央へ発進する。



「スライムシャーベット、買ったの?」


「うん。シャルもこれすきだから、買っていこうと思って」



 もちろん、自分たちやハルクさんの分もこの中に含まれている。


 俺はスライムシャーベットを九つと二つに分けて包み直す。そして、両方に『アイス』をかけてキンキンに冷やした。


 しばらく走ると、馬車は王城の前の広場の端に停まった。ドアを降りると、目の前には転移施設の建物があった。



「ありがとう、ルッツ」


「ありがとうございました。これ、もしよかったら、ルッツさんとアルベルトさんで、食べてください」



 俺はスライムシャーベットが二つ入った方の包みを、ルッツさんに渡す。



「……いいのですか?」


「もちろんです。ひえているうちに食べちゃってください」


「ありがとうございます。では、いただきますね」


「あと、アルベルトさんにもありがとうございました、とおつたえください」


「かしこまりました」


「じゃあ行こっか、フォル」


「うん、ジュリー」


「お二人とも、お気をつけて」



 俺たちはルッツさんに見送られて、転移施設に入ったのだった。






 ※






「ドキドキした〜」


「なんともなかったでしょ?」


「うん……でもくらくてちょっとこわかった」



 転移後、ホールで合流した俺たちは、そんなことを話しながら開けっぱなしのドアから外に出る。


 目の前には、黄土色の建物が並ぶ懐かしい光景が広がっていた。



「ここが……テクラス……」


「なつかしいな〜」



 この特徴的な色の石造りの建物に、雲一つなく晴れ渡る青空、そして、恐ろしいほど燦々と輝く太陽。


 そんな俺たちに熱風が吹きつけ、早速手荒な歓迎を受ける。



「あ、あついね……」


「早く馬車にのっちゃおうか」



 こんな日陰のないところにずっといたら熱中症になってしまうし、せっかくのスライムシャーベットが溶けてしまう。俺はもう一度『アイス』をかけ直すと、ジュリーを連れて馬車乗り場へ向かう。



 手紙によれば、シャルが迎えの馬車を遣わせてくれているはずだが……。



「フォルゼリーナ・エル・フローズウェイ様ですか?」


「あ、はい。そうです」



 馬車の横をうろうろしていると、唐突に御者台から男性に声をかけられる。



「私、ヴァン・フロイエンベルク伯爵家の遣いの者でございます。フォルゼリーナ様を伯爵邸へお連れいたしますよう、若奥様から仰せつかっております」


「そうなんだ。じゃあ、よろしくおねがいします」


「そちらの方は?」


「わたしの友だちだよ」


「こ、こんにちは……」


「左様でございましたか。それでは、お二人とも中へどうぞ」



 俺たちが荷物を持って馬車に乗ると、早速動き出した。


 とはいっても、伯爵邸はそこまで離れていないから、すぐ着くと思うけどね。



「きんちょうしてきた……」


「だいじょうぶだよ、シャルもハルクさんも優しい人だから」



 それにしても、シャルが若奥様って……。俺の中のシャルのイメージとはあまりにも乖離した呼ばれ方だ。もしかしたら、今のシャルは、俺の記憶の中の彼女とは、もう全然違っているのかもしれない。


 そう考えると、なんだか俺まで緊張してきたな……。



 馬車はすぐに停まった。荷物を持って降りると、目の前には三年ぶりの伯爵邸。外見は全然変わっていない。


 すると、屋敷の中から数人の使用人がこちらに向かってきた。



「お荷物をお持ちいたします」


「ありがとうございます」



 俺たちは荷物を彼らに預けると、屋敷の入り口へ向かう。

 そして、使用人の一人が、立派な木の正面扉を開けたその時だった。



「ごふ」



 一番前を歩いていた俺の腹に、何かが正面から勢いよく突っ込んできた。俺はその勢いで仰向けに倒れる。


 痛っ……いったい何なんだ!



 そう思って、俺は現在自分の腹の上に乗っかっている、ぶつかってきたものに視線を向ける。



「?」


「な……」



 そこにいたのは、こちらを見下ろす、二歳くらいの可愛らしい女の子だった。



 2024/05/27 更新

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