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短編&完結

【短編】転生悪役令嬢は、負けヒーローを勝たせたい!

作者: 夕立悠理

 恋愛には、勝ち負けが存在いたします。

 恋愛の勝ち負けとは、すなわち、好きな人と結ばれる側になる(勝ち)、結ばれない側になる(負け)か、ということです。


 そして……よりにもよって負けたのが自分の推しだったなら?


 推しを勝たせたかった……そう思うのは自然なことだと思います。


 ーーというわけで。

「わたくし、決めました! 最推しである、イグニス様を絶対に勝たせてみますわ!!」


 ◇◇◇


 突然だけれど、わたくしこと、シアノ•メルシャンには、前世の記憶がございます。前世、日本という国で、イグニス様を最推しとしていた記憶が。


 イグニス様が登場するのは、「君に全て捧げよう」というロマンス小説。

 ダブルヒーローもので、イグニス様は、その小説のヒーロー役の一人でした。


 ダブルヒーロー。

 つまり、小説の主人公たるヒロインに選ばれる可能性のあるヒーローが二人いる、という体制です。


 もう一人のヒーローは、イグニス様のライバルであり親友の、近衛騎士ノント。

 対するイグニス様は、この国の第二王子です。


 えっ?

 王子と騎士なら、王子が勝ちそうだと思うって?


 わたくしだって、そう思っていましてよ!!


 だから、安心して推していましたのに。


 近衛騎士、という役割は確かに華やかではありますけれど、王子様というキラキラ感には勝てまいと思っておりました。



 しかし、ノント様はそのほかにもある重要な、要素をお持ちなのです。


 それが……ヒロインの幼馴染!!!!!


 幼馴染は負けフラグ、なんて思っていた時期もございましたが、このフラグ意外と手強い!!


 だって全てが、幼い頃から知っているから、で見せ場をかっさらえることに収束するんですのよ。


 ヒロインに助けが欲しい場面で助けられるのも、些細な変化に気づけるのも、阿吽の呼吸がとれるのも、なにもかも全ては幼馴染の特権ですわ。


 それに、何より幼い頃からヒロインを知っている……つまり、その片思い歴の長さ!!!


 読者からも、作者からも、これだけ長いこと想ってるんだから、報われて欲しいよね! との同情を得やすい。


 私の最推しイグニス様がいくら頑張ったところで、期間、という壁は、埋まりませんの。


 ……と、わたくしとしたことが、熱く語りすぎてしまいましたわ。


 とにかく、せっかく最推しイグニス様がいる世界にわたくしは転生することができたのだから……、イグニス様を必ず幸せにして見せます。


 もちろん、イグニス様にとって最高のハッピーエンドである、ヒロインと結ばれる、という方法を持ってして。


 ところで、紹介が遅れましたが、わたくし、シアノ・メルシャンは、メルシャン公爵家の娘であり、イグニス様の婚約者候補であり、この世界の原作小説の悪役令嬢です。


 神様、ナイスキャスティングですわー!


 イグニス様の婚約者として、イグニス様が好意を寄せるヒロインをそれはもう激しくいじめて、イグニス様がそれを庇うという胸キュン場面を間近で拝見できるなんて!!


 ご褒美以外の何物でもありませんわ。


「……よし、やってみせます、悪役令嬢」


 そして、必ずや、イグニス様を幸せな勝ちヒーローにして差し上げるのよ!


「父上、まーた、シアノがぶつぶつ言ってる」

「パーティーで興奮しているんだろう。そっとしておいてやりなさい」


 お父様とお兄様の、生暖かい目にはっ、と意識を戻します。


 そう、今日は、イグニス様……イグニス殿下のお披露目パーティー!

 ふふん、今日のために、わたくしも目一杯オシャレをしてきましたの。


 だって、イグニス様の婚約者にならないと、悪役令嬢としてヒロインとくっつけるのが難しくなってしまいますからね。


 だから、少しでも気に入られようと、気合十分です。


 けれど、イグニス殿下の婚約者になりたいのは、わたくしだけじゃなく、他の令嬢もおんなじ。


「ちゃっちゃと、令嬢を蹴散らしますわよ!」

「父上、またシアノが物騒なこと言ってる」

「放っておきなさい。シアノが変なのはいつものことだよ」


 お父様ったら、可愛い娘をつかまえて、変、とはひどくないかしら。


 いいえ、でも。

 わたくしが、頑張らなければいけないのは、お父様の評価を上げることではなく、イグニス殿下の婚約者の座に収まること。

 恋敵がいる方が、恋は燃え上がりますもの。

 頑張ります!


◇◇◇


 しばらく、ギラギラと……いえ、ちらちらと周囲の令嬢に、睨みをきかせていると、イグニス殿下が現れました。


 さらっさらな、陽の光を集めたような金の髪。そして、長いまつ毛に縁取られた、青の瞳。


 はい、完璧!!!!!!!


 我が推しは、完璧ですわー!!!!!

 1000000000000000000000000億点でも足りませんわね。


 むしろ、点数をつけることがおかしかったですね。

 だって、推しは誰とも何とも比べることができませんものね。相対評価などありえません。


 ……と、そんなことを考えている間にパーティーが開始いたしました。

 このパーティーはただのパーティーではございません。

 イグニス殿下のお披露目会兼、イグニス殿下の婚約者を探す会、だと前世の記憶を取り戻したわたくしは把握しております。


 小説のシアノですと、そんなパーティーがなんぼのもんじゃい! でパーティーの結果は最悪でしたが、お父様の権力のゴリ押しで婚約者の座についていましたけれど。



 それは最悪の場合使わせていただくとして。


 まずは、わたくし自身を売り込まなければなりませんね。


 さぁ、やってやりますわよ!


◇◇◇


「さぁ、シアノ。挨拶なさい」

 さっそくやってまいりました。


 だって、わたくし、公爵令嬢ですもの。

 貴族の中で一番えらいんですのよ、えへん。

 もちろん、お父様が、ですけれど。


 というわけで、まっさきに、イグニス殿下にご挨拶をする権利をいただけました!


「お初にお目にかかります。シアノ・メルシャンと申します」


 決まったー!

 噛まずに言えましてよ。


 そして、優雅に礼をして、微笑みました。


 お次は、イグニス殿下の番。

「初めまして、メルシャン嬢。僕は、イグニス。よろしくね」


 ううっ、眩しい。

 推しのキラキラスマイルってこんなに破壊力があるんですのね!

 それに、声も想像通りですわ。

 幼さの中にも理知的な音が既に現れています。

 まあ、どんな声でも推しの声というだけで、人魚の歌声よりも素晴らしいのは確定ですが。


 ……さてさて、挨拶も終わったことですし。

 ここから与えられるのは、約1分間のフリートーク。ここでがしっと、ばしっと、イグニス殿下の心を掴んで、婚約者の座に収まりたいところです。



 さぁ、何から攻めましょうか。


「ところで、メルシャン嬢は何か得意なこととかある?」


 得意なこと。

 イグニス殿下は原作では、ピアノがお得でしたわね。

 わたくしもまあまあ弾けるので、話を合わせるのも一つの手ですね。それでいきま……。

「あなたの幸せを願うことです!」

「……え、」


 しまったー!!!!!!!!

 口が滑って、やらかしちまいましたわ。


 本当に得意なことを言ってどういたしますの。

 ですが、イグニス様限界オタクとして、得意なことといえば、イグニス様の幸せを願うことに決まっているでしょう!


「それって、どういう、……」


 イグニス殿下は、たいそう戸惑っておいでな様子。それもそうですわよね。

 わたくしだって、初対面の人にそんなことを言われたらこわいですわ。


「それは……」


 どうしましょう。

 いえ、もうこうなったら!!!!!


「わたくし、イグニス殿下の幸せを願うことがとっても得意です。ずっと前から、今日のこの日を楽しみにしてきました。(前世の推しとの初対面だから)できることなら、わたくしがイグニス殿下を幸せにしたい。そう思って、今日までを生きてきました。(実際に幸せにしてくださるのはヒロインですが)そして、今日確信いたしました。あなたこそが、わたくしが全力で、愛し(推し)続ける方だと」


「!!!!!!!」


 だから、どうかわたくしのことを婚約者にしてほしいって、これじゃあ、完全にやばいやつです。


 自分のオタク度にドン引きしつつ、ちらりとイグニス殿下を見つめます。

「!」


 イグニス殿下は顔を真っ赤にさせていました。


 あっ、もしかして、ドン引きを通り越して、初対面のくせに何言ってんだお前! の怒りモードに入ったパターンですの!?!?


 いやです。

 お怒りモードもそれはそれは神に違いないですが、婚約者の座収まれないとわたくし……。


「……そう、シアノ嬢の得意なことが知られて、よかったよ」


 と、微笑んだイグニス殿下で、フリートークは終了いたしました。


 わたくしのオタク語りで、ほとんど1分はすぎてしまった様です。


 あ、ああー!!!!!!!

 終わった。終わりましたわ。


 最後のイグニス殿下の笑みは、営業スマイルですわよね。

 

 イグニス様をヒロインとハッピーにするぞ、計画の早急な見直しを図らないといけないです。


 ショックを受けながら、すごすごと、お兄様の元に戻り、残りのパーティーは、おとなしく過ごしました。


◇◇◇


 ーー数日後。

「シアノ」

 お父様から呼び出されました。

 なんでしょう。

 うっかり、お父様の秘蔵美人絵をお母様にばらしたことかしら。

 それとも、うっかり、お兄様の背中に蝉のぬけがらをいれてしまったことかしら。


 どきどきしながら、お父様の言葉を待つと……。

「お前の、婚約が決まった」


 な、なななななななんですってー???!!?


 そういえば、わたくし、まだショックを引きずっていて、お父様の権力でゴリ押し作戦⭐︎を実行していませんでした。


 この前のわたくしの愚行をみて、わたくしの周囲をはやく固めた方が良いとお父様に判断されてしまったのかしら。


「いやです!!!!」


 

 淑女としてあるまじき、声の大きさで拒否しました。

 だって、だって、わたくしはなんとしてでもイグニス殿下を幸せにするために生きたいのです。



 婚約者なんていたら、絶対に推し活なんてできないじゃないですか!


 浮気? とか疑われるのも面倒ですし、第一、最優先事項が他の男性だなんて、なかなか理解してくださる方はいないはず。


「……どうしたんだ?」


 けれど、いやです、とわたくしの絶叫が響き渡った部屋でもお父様は冷静に尋ねました。

「ここ数日でもう気が変わったのか?」

「わたくし、気が変わることなどございません」


 イグニス殿下を生涯推しつづける。

 その気に限ってですけれど。


「だったら問題ないな。王家には了承の返事をだしておく」

「……お、おうおうおおおうおうおうおうけ?」

「なんだか、変なリズムを刻んでいるが、そう、王家だ」


 王家。婚約。


「イグニス殿下と仲良くしなさい」



 ーーつまり、イグニス殿下の婚約者の座に収まれたってコトですのー!?!?!?


「えっ、ええ、えええええええええ!!!!」


「母上、シアノがうるさいです」

「あら、シアノがうるさいのは、いつものことじゃない」



 いつのまにか、書斎に入ってきていた、お母様とお兄様に、また生暖かい目をされましたが、そんなことより!!!!!


「神様、ありがとうございます!!!!!!」

 

 わたくし、なんとしてもイグニス殿下を幸せにして見せますわ。


◇◇◇


「婚約者として。これからよろしくね。シアノ嬢」

 さらに数日後。

 対面したイグニス殿下は更に美しくなっていました。


 えっ、数日で、こんなに変わるんですの。

 これが成長期。

 そして、更に魅力的になる推し。


 さいっこうーです!!!!!


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。イグニス殿下」


 心の中で盛大に鼻血を出しつつ、微笑み返します。

「……ねぇ、シアノ嬢」

「はい」

「この前言っていたこと、ほんとう?」



 この前行っていたこと……、わたくしのオタク語りのことでしょうか。


「ええ、全て真実です」


 それにしても、ドン引きせず、熱意を受け止めてくださって、イグニス殿下は度量が広いんですのね。


 そんなところも素敵です。


「……そう」


 気恥ずかしそうに、俯いたイグニス殿下。

 はい、そんな姿も素晴らしいです!


 心のアルバムに激写しなければ!!!!!


「ねぇ、シアノ嬢」

「はい」

「僕が、君を幸せにするよ」


 えっえ、なんのご褒美ですか????


「ふふ。イグニス殿下は、もう既にわたくしを幸せにしてくださいましたわ」


 だって、推しが生きてる!!!

 これ以上の幸せはありませんもの。


「……どうして?」

「イグニス殿下、あなたが生きてる。……それって、とっても幸せで素敵なことだからです」


 だから、どうか。

 ヒロインとくっつくその日まで、健やかでいてくださいまし!


「っ、君は、本当に……」

 イグニス殿下は、くしゃりと微笑んだ。

「こんなことを言われてたのは、初めてだ。ありがとう、シアノ嬢」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 生きててくれて、存在してくれて。

 あなたは、前世のわたくしに、今のわたくしに、生きる理由をくれた人。


 だから、全力で幸せにいたします!

 


◇◇◇



 ……それから、数年が過ぎました。

 わたくしは、できる限り、ヒロインと、イグニス殿下の接点を作ろうと頑張ったのですがーー。

「ことごとく、ノント様に阻まれますわ!」


 さすがは、幼馴染の鉄壁ガードですわね。


 ですが、このガードをくずさないことには、イグニス殿下とヒロインの出会いすら起こせない……という。

「ノントがどうしたの、シアノ」


 はっ!!!!!

 

 今日は、週に一度のイグニス殿下とのお茶会の日。なのに、わたくしったら、別のことを考えるなんて。


「い、いえ。ノント様の幼馴染はどんな方なのかなと」

「ノントの幼馴染?」

 イグニス殿下は、ぱちぱちと瞬きをした後、ふぅん、と唇を尖らせました。


「イグニス殿下?」

 いったいどうしたのかしら。

「ううん、別に」


 そういって、イグニス殿下は、わたくしの口にイチゴを放り込みました。

「……美味しい! このイチゴ、美味しいですよ、イグニス殿下。ぜひ、イグニス殿下も食べーーイグニス殿下?」


 イグニス殿下は、じっと、わたくしを見つめていらっしゃる。

 今日の服装、おかしかったかしら。

 急に、ドキドキと緊張するのを感じながら、イグニス殿下の言葉を待ちます。


「ううん、シアノは、可愛いなと思って」

「!?!!!!?!」


 推しから可愛いっていってもらえるなんて。

 嬉し過ぎます!!!


「ありがとうございます。イグニス殿下も本日もとっても素敵です!」


 素敵じゃなかったことなんて、ないですけどね!


「……素敵、ねぇ」

「……?」


 いつもなら、ありがとう、と微笑んでくださるのに、今日はどうしたんでしょうか。


「ねぇ、シアノ」

「はい、なんでしょう?」

「僕のことーー好き?」


 まぁ、推しが好きか、嫌いか、なんて。

 答えはわかりきっていますわ。


「大好きです!」

「そっか、ありがとう」


◇◇◇

 

「……はぁ」

 最近のわたくし、おかしい。


 そのせいか、大好き、と言った後のイグニス殿下の様子がおかしかったわ。


 以前は、純粋にイグニス殿下を推すことができたのに。

 最近は、イグニス殿下に対して、邪な気持ちを抱いてしまうことがあります。


 原作には書いてなかった、イグニス殿下の魅力……たとえば、果物が好きで、辛い食べ物は苦手なところ。ピアノだけじゃなくて、バイオリンも得意なところ。お化けが苦手なところ。拗ねると唇を尖らせるところ。子供に読み聞かせをするのが得意なところ。……ほかにもたくさん、ひとつ、ひとつ、知るたびに、わたくしの中の邪な気持ちは大きくなっていきます。


 もし、もしも。


 イグニス殿下が、わたくしに好意を向けてくださったら……。


 そんな期待を抱いてしまう自分が烏滸がましくて、醜くて嫌でたまりません。


 だって、イグニス様を幸せにするには、ヒロインと結ばれるのが一番いいはずで。


 わたくしとくっついても、イグニス殿下が、幸せになれる保証なんてないのに。


「……はぁ」

「最近、ため息ばかりですね、メルシャン嬢」

「!?」


 イグニス殿下と別れ、王城の廊下を歩いていると、後ろから声をかけられました。

「……ノント様」


 ノント様は、仏頂面で、わたくしを見つめました。

「それで、話とは?」

「……え?」

「イグニス殿下から、あなたが俺に話があると伺いました」

「イグニス殿下が?」


 わたくし、取次をイグニス殿下に頼んだかしら?


 でも、これは、願ってもないチャーンス!!!


「ノント様のおさなな……」

「いやです」

「まだ最後まで言ってません!」


 ちっ、さすがは鉄壁ガードですわね。


「ひとめ……」

「いやです」

「だから、最後まで言ってません!」

「俺のアリスには、イグニス殿下を会わせません」



 ……え。


「いま、なんと」

「アリスにはーー」

「いえ、その前です」


 わたくしの聞き間違いですわよね。


「俺のアリス」

「ぎ、ぎぎ、ぎゃーーーーーーーーーー!!!!」


 アリス、はヒロインの名前です。

 それに、俺の、という冠詞がついたということは……。


「ま、まさか。ノント様は……」

「はい。アリスと付き合ってます」


 そ、そそそそそそそんな嘘でしょ!?!?


「なので、メルシャン嬢。あなたも諦めてさっさとイグニス殿下の嫁にーーメルシャン嬢?」

「あ、あ」


 わたくしの、ハッピー⭐︎推しを幸せにするぞ計画、が終了ですわーーーー!!


「っ、メルシャン嬢!!!」



 それ以上考えたくなかったわたくしは、意識を手放しました。


◇◇◇


「アノ……。シアノ」

「はっ!!!!!!」


 憂いを帯びてなお、びゅーてぃふぉーな推しの声にはっと、目を覚まします。


 ここは、どこかしら。


 飛び起きて、辺りを見回すと、王城の一室でした。


「……シアノ、倒れたって聞いたけど、大丈夫?」


 心配そうに、イグニス殿下が、わたくしの顔を覗き込みます。

「だ、だだだだ、だいじょうぶ……デス」

「嘘だね。シアノは嘘をつく時、一瞬、右手が震えるから」


 えっ!!!!!

 それは知りませんでしたわ!


 思わず、自分の右手を凝視していると、イグニス殿下が、わたくしの手を握……って、イグニス殿下!?!?!?


「イグニス殿下!?!?」

「ねぇ、シアノ。そんなにショックだったの。ノントに幼馴染の彼女ができたことが」

「そ、れは」

 ええそれはもう。

 だって、くっついたカップルを引き離すのはさすがに、良心がとがめますし。


 でも、イグニス殿下の幸せのためなら……。


「……そう。じゃあ、シアノ。今も僕の幸せを願うことが、得意?」

「得意ですが……」

 得意でしたが、邪な気持ちをいだくようになったわたくしが、かつてほど得意かというと……。


「……そう。ねぇ、シアノ。僕じゃ、どうしてダメなの?」


「ダメなんてそんなはずありません! アリス嬢は、イグニス殿下の良さにまだ目覚めてないだけです!! まだまだここからーー」


「え?」


「へ?」


 どうして、イグニス殿下ったら、そんなに奇妙なものをみる顔をしてるんですの。

 もちろん、その顔も素敵ですが。


「今、なんて?」

「まだまだこここらです!! わたくしがーー」

「ごめん。そこじゃなくて……」

「イグニス殿下の良さにーー」

「そこより前」


「アリス嬢は、イグニス殿下」

「……アリス?」


 はっ!!!

 イグニス殿下は、アリスの名前も知らなかったんでしたっけ。


「ノント様の幼馴染の……」

「それは知ってる。そうじゃなくて、なんでアリス嬢?」

「だって、アリス嬢は、イグニス殿下の、運命の相手で……」


 途中声が小さくなってしまったのは、イグニス殿下の信じられないものをみる瞳に気づいたからです。


「あんなに言ったのに、まだ気づいてないの?」

「……へ?」

「僕は、君が好きだよ」

「わたくしも、イグニス殿下が大好きです」


 推しからファンサを貰えるのは、何にも変え難い喜びですわね!

「……はぁ、そっか。なるほど。今まで浮かれてたの、バカだったな」


「え? イグニス殿下?」


「いい、シアノ……、僕は、君が好きだよ。君を愛してる」

「わたくしも……」

「ちょっとまって。ちゃんと僕の目をみて、聞いて」


 で、でも。いくらファンサとはいえ、目を見てそんなことを言われたら。勘違いしてしまいます!!!!


「!? イグニス殿下」


 目を逸らしたわたくしの顔を両手で包んで、イグニス殿下はわたくしをまっすぐ見つめました。


「シアノ、君を愛してる」

「!!!!」


 息が苦しい。胸を抑えられてるわけじゃないのに。


 青い瞳にわたくしだけが映っていて。

 その瞳が、熱を帯びているように感じられて。


「……でも、でもでも」


 ここで、勘違いをしてはだめですわよ!

 ガチ恋しても……イグニス殿下は幸せにはなれませんもの。


「でも、なに?」

「わたくしは、絶対に、イグニス殿下を勝たせたくて……」

「その勝ちってなに?」


 わたくしは、簡単に恋愛の勝ち負けについて説明いたしました。

 

「ねぇ、シアノ。だったら、君が僕を勝たせてよ」

「で、でも……」


 悪役令嬢のわたくしは、そんなことができる資格がーー、


「言ったよね。僕の幸せを願うのが得意だって。僕を、幸せにできるのは、シアノ、君だけなんだよ」

「イグニス殿下……」


 でも、本当に?

 本当に、イグニス殿下は、わたくしに、その恋していて。


 わたくしが、イグニス殿下を幸せにできるの?


「わたくしも、イグニス殿下を、愛しています」


 ぽろり、と口からこぼれ落ちてしまいました。

 もう、これ以上自分の気持ちに嘘がつけませんでしたの。


「……うん。やっと、聞けた」

「イグニス、でん」


 ふわり、と柔らかいものが唇に触れました。

「!?、!? ここ、ここここんぜんにこのようなことは、この、ようなことは……」


 言いかけた言葉を飲み込みます。

 イグニス殿下は、それはもう嬉しそうで、わたくしも、嬉しくなってしまったから。


 なので、代わりに、もう一度、伝えることにしました。


「あなたを愛しています。心から」


 ーーその後、イグニス殿下の大きすぎる愛に包まれたり、続編のヒロインが現れたり、とかなんとかあったりしますけれど……確かなことは、イグニス殿下は、わたくしにとって最高のヒーローだということですわ!

 

いつもお読みくださり、誠にありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 設定は面白いとは思うのですが、如何せん主人公の思いが込みが強すぎて鬱陶しく感じてきます。 そのせいで、お相手の王子が終盤になるまで可哀想すぎる。 「私自身で推しの王子を幸せにしてみせる」くら…
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