09_甘すぎるマスカットタルト
またしても二人の間に沈黙が続く。すると、リジーと給仕がティーセットとケーキをワゴンに載せて応接間にやって来た。
どんよりした空気を察したリジーがこっそり耳打ちする。
「なんですかこのお葬式みたいな空気感は」
給仕が黙々と紅茶を用意する横で、リジーがコホンと咳払いし、クラウスに目配せする。
「こ、こちらのタルト、お嬢様がお作りになったんですよ!」
盛り下がった空気を変えるための気遣いだろう。だが、クラウスにはエルヴィアナの手作りということは内緒にしてほしいと再三言っておいたのに。ありがた迷惑だ。
「ちょっとリジー! それは言わないって約束で、」
「本当か? エリィが俺のために菓子を……」
クラウスが感激して目を輝かせている。ああ、もう。そんな嬉しそうな反応されたら取り下げられない。恥ずかしくなってきた。
「別に、クラウス様のためって訳じゃないんだから。暇だっただけよ。勘違いしないで」
紅潮しながら答えると、リジーが口元に手を添えて、ふふと笑う。
「当家のお嬢様はツンデレ属性でございますから」
「リジー」
「ンンッ……これは失礼しました」
わざとらしく咳払いする彼女。全然悪いと思っていないところが腹立たしい。これ以上余計なことを言うなと視線で咎める。
ケーキを取り分けて、紅茶を用意した後、リジーと給仕は退出した。これでクラウスに妙なことを吹き込まれなくて済む。
リジーは、エルヴィアナがクラウスのことが大好きなのに呪いと元々の性格のせいで拗らせていることを心配している。だからこそ、主人と想い人との仲を取り持とうとするのだろう。
「相変わらず、あの侍女と仲がいいのだな」
紅茶のカップを手に取ったクラウスが言う。
「ええ。わたしの唯一の友人だから」
魅了魔法の理解者は、リジーと家族だけだ。リジーは没落した貴族の元令嬢で、境遇はかなり複雑なのだが、苦労を感じさせないくらい強くて気のいい人だ。
「あの子が妙なことを言っても真に受けないでね」
「君が普段はぶっきらぼうだが実は俺にベタ惚れしているという話か」
「ごふっ……ゲホッゲホ」
口に含んでいた紅茶を思わず吹き出してむせた。リジーの言った『ツンデレ』を都合よく拡大解釈しすぎでは。
「ひと言もそんな話はしてないでしょう。いつわたしがあなたにデレたことがあるのよ」
エルヴィアナ・ブレンチェは、ツンデレ歴17年でツン率に対してデレ率は異常に低い。
クラウスはううむ、と唸った。
「……もっと甘えてほしい」
「あなたの願望は聞いてないから」
ばっさりと切り捨てれば、彼は残念そうに肩を落とすのだった。彼は器用にフォークでタルトを切り、ひと口食べながらこう漏らした。
「不器用な人だ」
タルトを食べて最初の言葉がそれで、慌てる。
「えっ、も、もしかして口に合わなかった?」
味見をしておけばよかった。慌てて自分も一口食べてみるが、美味しくできている。ひょっとしてマスカットが苦手だっただろうか。あるいはヨーグルトが駄目だったのだろうか。あれこれと思案していると、クラウスが向かいのソファからすっと立ち上がり、エルヴィアナの隣に座り直した。ずいと詰め寄られ、綺麗な瞳でまっすぐ見つめられ……。
「タルトのことではない」
「わっ、あの、クラウス様!?」
「――じっとしていろ」
「…………っ」
どんどん顔が近づいてきて、口付けされるのだと理解し、ぎゅっと目を閉じる。
(どんなタイミング……!? 心の準備が、まだ……)
しかし、唇に予想していたような感触が与えられることはなく、代わりに唇のすぐ横を指で撫でられる。
「ついているぞ、クリームが」
「……へ?」
固く閉じていた目を開き、瞬かせる。なんだ、クリームを取ってくれただけか。紛らわしいことをしないでほしい。けれど、そんな風に心のどこかでがっかりしている自分に戸惑ってしまう。
クラウスは、エルヴィアナの心の内を見透かしたように不敵に口角を上げた。
「期待したか?」
「!?!?」
分かりやすく顔を真っ赤にするエルヴィアナ。上目がちに甘えるように答える。
「……したと言ったら……?」
クラウスはふっと柔らかく笑みを零したあと、指についたクリームを舐めた。その仕草が色っぽくて、また胸がきゅんとときめく。そのまま彼はこちらに視線を滑らせた。
「可愛い」
彼はこちらを見つめながら囁き、ちゅと額に唇を落とした。
「タルト、とても美味かった」
次から次へと甘やかされて、甘い言葉を囁かされて胸がいっぱいだ。何も言い返す言葉が思いつかなくて、ただ俯くことしかできなかった。