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05_魅了魔法に当てられた婚約者

 

 クラウスに魅了魔法をかけてから一週間。


 彼は毎朝迎えに来て、帰りも家まで送ってくれた。一緒にいる間、むず痒くなるくらい甘やかされている。でもエルヴィアナも、口では嫌だと言いながらも満更でもなかった。単純である。


「レディ! ああ、今日もなんと麗しい」

「お飲み物はいかがですか?」

「甘味はいかがでしょう。流行りの店で焼き菓子を購入して参りました!」

「肩を揉みましょうか」

「それともお花を摘みに行かれますか?」


 休み時間。今日も今日とて、惚れさせてしまった美男子たちに囲まれている。


「結構よ。一人にしてくれないかしら」


 けれど彼らはうっとりした表情を浮かべるだけで、エルヴィアナの傍をちっとも離れようとしない。いつもこの調子なので、言うことを聞かせるのは諦めている。


 美しい美男子にもてはやされ尽くされている様子を遠巻きに見ている女子生徒たちが、ひそひそと噂話をする。


「見て? またエルヴィアナ嬢が……」

「はしたないわ。婚約者様がいながら見境なしに……」

「本当。クラウス様がお可哀想」


 噂話を遠くに聴きながら、憂いた表情で目を伏せた。悪口を言われるのは慣れている。


 そっと本を取り出して栞を挟んだ場所を開こうとすると、本を取り上げられる。


「なりません、レディ。このような重いものを持っては御手が疲れてしまいます」

「ただの本よ。岩じゃないんだから。返して」


 本を読んで休み時間を過ごそうにも、取り巻き美男子たちは、エルヴィアナに労力をかけることを是としない。本を手で持つことはもちろん、ページすら自分で捲らせてくれない。強引に奪われた本を奪い返し、文章に視線を落とす。


「本を読む真剣な表情も素敵です」

「……」


「レディ」

「ふふ、レディ♡」

「…………」


(ああもう、全っ然集中できない!)


 じろじろと見られるだけでも鬱陶しいのに、彼らの賞賛の声が聞こえてきて全く本に集中できない。


 目の前にいる彼らは、一度はエルヴィアナを不快にした人たちだ。クラウスの悪口を言ってきたり、婚約者がいるのにしつこく口説いてきたり。魅了魔法が発動する条件は二つ。――相手が美男子であり、エルヴィアナが相手に対して強い負の感情を抱くこと。


 余程強い嫌悪感を抱かなければ魔法は発動しないので、彼らはエルヴィアナを不快にさせることに関して逸材だった。そんな男たちが取り巻きとなり執心してくるのだから、鬱陶しくもある。


(でも……可哀想な人たち)


 まるで理性のない獣のようにエルヴィアナに熱を帯びた眼差しを送ってくる彼ら。元々女の尻ばかり追いかけていたような男たちなので、魔法の影響が強く出やすいのかもしれない。


「わたしを構ってないで、ご自身のためにもっと有意義な時間を過ごしてみてはいかが?」


 本をめくりつつ、おもむろに伝えてみるが、その思いは彼らの心にはちっとも届かなかった。


「俺たちにとってレディの傍らにいる以上に有意義な時間はございません!」

「…………」


 いつものように取り巻きに手を焼いていたそのとき――。


「エリィ。次の授業は東講堂だろう。一緒に行こう」


 柔らかい笑顔で声をかけてきたのはクラウスだった。次の授業は彼のクラスと合同授業。たかが移動教室に一緒に行くために、違うクラスからわざわざ訪ねてくるとは。「では僕らも一緒に」と言い出す取り巻きたち。すると、クラウスから笑顔がすっと消えて、冷たい表情で言った。


「彼女は俺の婚約者だ。二人の時間に首を突っ込むのは野暮ではないか」

「うっ……それは……」


 威圧的な視線に、いつも執拗な取り巻きたちが珍しく引き下がる。


(わたしの言うことは聞かないくせに、クラウス様なら従うのね)


 取り巻きたちは魅了魔法で我を忘れてしまっているが、クラウスの言葉なら理性を取り戻すらしい。ここのところ、彼が頻繁にエルヴィアナの元に通うようになり、取り巻きに付きまとわれる時間がぐっと減った。昔は取り巻きが一緒にいるとき、クラウスは嫌悪感を滲ませるだけで話しかけてくることなどなかったのだが。


 移動中、彼は「君に重いものを持たせられない」と言って、たった二冊の教本を代わりに持ってくれた。


「怒っているか」

「どうして?」

「最近、俺ばかりが君のことを独り占めしている。その……他の男たちと過ごす時間を邪魔しているだろう」

「…………」


 おかしなことを謝られてしまった。浮気相手との時間を奪って謝罪してくる人は、クラウスを除いてそうそういないだろう。


 魅了魔法に当てられた男たちに囲われるようになってから、いたたまれなくてクラウスのことを避けてきた。本当はクラウスと過ごしたいと思っていたけれど、それを言う訳にはいかない。不本意で他の男と過ごしていたことを言ってしまえば、魅了魔法の呪いに勘づくきっかけになってしまうかもしれないから。だから、何食わぬ顔で過ごすことを徹底してきたのだった。


「別に、あなたが謝ることではないわ」

「そうか。ありがとう」


 お礼なんて言わないでほしい。安心したように頬を緩めるクラウスを見て、罪悪感がずしんと心にのしかかった。


「一つ訊ねたい」

「何?」


 突然彼が歩みを止めて、こちらを見下ろす。


「……君は、あの男たちといるのが本当は嫌なんじゃないか?」

「!」

「いつも迷惑そうにしていただろう。……今までは君が他の奴といるのが辛くて直視できなかったが、最近君のことを観察して気づいた。彼らといるとき、君は少しも笑っていない」


(今までは君が他の奴らといるのが辛くて直視できなかった?)


 それは、魅了魔法にかかる前のことだろうか。この発言も気になるが、取り巻きといることを迷惑がっているのがバレるのはマズい。一応、表面上は悪女として振る舞わなくては。


「ま、まさか。わたしが望んで彼らを傍に置いているのよ。だいたい、わたしは基本無愛想じゃない」


 エルヴィアナは、ぶっきらぼうでむすっとしているのがデフォルトだ。誰といたってこんな感じだ。


「そんなことはない」


 突然クラウスがこちらにずいと詰め寄って、見つめてきた。突然距離を詰められて、顔が熱くなる。すると彼は、エルヴィアナの胸ポケットから手鏡を引き抜いてかざした。


「エリィは俺といるときは、よく頬を赤くしているし、表情が豊かになる。これも最近気づいたことだが」

「〜〜〜〜っ」


 丸型の手鏡に、紅潮した自分の顔が映っている。確かにこの表情は、クラウスにしか見せない顔だ。取り巻きの男たちだけでなく、彼以外の人には決して見せることのない……。

 咄嗟に鏡を押し離して、クラウスの端正な顔に押し付ける。


「それは、あなたにパーソナルペースってものがないからでしょ! 距離感が! 近いのよいつも!」


 彼に背を向けてすたすたと歩き出す。クラウスといると調子が狂って仕方がない。


 本当は、素直に甘えたいし、謝りたいことが沢山あるのに。不器用なエルヴィアナは冷たく突っぱねることしかできなかった。


 憤慨して歩いていくエルヴィアナの後ろ姿を見て、クラウスは愛おしそうに目を細め「困った人だ」と呟いた。

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