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04_魅了魔法の呪いにかかってしまった理由


 クラウスが帰って行った後。疲労困憊したエルヴィアナは重い体を引きずるように部屋に戻った。


 制服を脱ぎ、部屋用のドレスに着替える。鏡台の前でメイドのリジーに髪を梳かしてもらいながら、大きなため息をついた。


(大変なことになってしまったわ)


 別れ際のことを思い出して、またかあっと顔が熱くなる。


 クラウスは、嫌いな相手のはずのエルヴィアナに口付けを要求し、あまつさえ自分も間接的にキスを落として帰って行った。

 婚約者の豹変ぶりにエルヴィアナは当惑していたけれど、リジーは心底嬉しそうに言った。


「お嬢様、良かったですね……! ようやくクラウス様との関係を修復できて。仲の良さそうなご様子を見れて、凄く嬉しいです」


 主人の長い黒髪を梳かしながら、涙ぐんでいるリジーが鏡越しに見えた。


「クラウス様を守って魅了魔法の呪いにかかったこと、ようやく打ち明けられたんですよね?」

「……違うわ。話してない。クラウス様にもその魅了魔法をかけてしまったみたいなの」

「ええっ!? い、今までは問題なく過ごせていましたのに……」


 リジーはブラシを持っていた手を下ろし、残念そうに肩を落とした。


 魅了魔法のことをクラウスに話せていない理由。それは、この能力が目覚めたきっかけにある。




 ◇◇◇




 13歳のとき。クラウスとエルヴィアナは毎年恒例の国王主催の狩猟祭に参加した。大人たちの狩猟を遠くから見るだけだったが、退屈しのぎに王館裏の森を散歩することにした。


「――手」


 エルヴィアナは、湿った土を踏み歩きながら、おもむろに手を差し伸べる。


「はぐれないように、繋いでいてあげる。別に、クラウス様と手が繋ぎたいとか……全然そんなんじゃないんだからね」

「ふ。それはありがたいな」

「何がおかしいのよ。笑ったりして」

「いや、何でも」


 エルヴィアナは昔からふてぶてしくてあまり素直ではなかった。はぐれないようにするためではなく、本音はただ彼と手を繋ぎたいだけ。クラウスは、その心を見抜いたように笑った。

 手を繋ぎながらのんびり森の中を散歩していると、その途中で見たこともない獣に遭遇した。


「珍しい獣だ。……外来種だろうか」


 ガサッと音を立てて茂みの奥から現れた獣は、白い毛に包まれ、きつねとうさぎの中間のような見た目をしていた。瞳は青と金のオッドアイで、黒い尻尾が生えている。


「エルヴィアナによく似てる」

「え、どこが?」

「目元とか」


 確かに、つり上がった目がよく似ている。エルヴィアナは目つきが悪いと言われるのがコンプレックスだったので、むっと頬を膨らませる。


 しかし、クラウスは獣を優しい眼差しで見つめながら、「可愛い」と呟いた。まるで自分がそう言われているようで、心臓がどきっとする。

 顔をぶんぶんと横に振って、乱れた心を一旦落ち着かせる。


「無闇やたらに近づかない方がいいわ。野生の動物はどんな病気を持っているか分からないから」


 その場を離れようと提案したが、動物好きのクラウスは、興味深そうに獣を観察していた。獣はクラウスに近づいて、足に頬を擦り寄せた。しかし、彼が頭を撫でようと手を伸ばしたとき……。獣がクラウスの死角で牙を剥いているのを見た。


「危ない!」


 咄嗟にクラウスを引っ張り、獣から離れさせる。飛びかかってきた獣に、エルヴィアナは右腕を噛まれた。


「…………っ」

「エルヴィアナ!?」


 青ざめるクラウス。エルヴィアナは痛みに耐えながら、平気だと手をかざした。


「大丈夫。ちょっと噛まれただけ。平気よ」


 けれど、噛まれたところを確認すると、禍々しい妙な痣ができていた。


(何、この痣……)


「怪我の具合を見せてくれ。すぐに手当を、」

「だ、大丈夫、大したことないから!」


 痣を見た瞬間、この怪我はただの怪我ではないと直感した。だから、彼に心配をかけないように患部を見せずに、袖で隠したのだった。




 ◇◇◇




 そっと袖を捲り、いつも隠している右腕を見る。


 黒々とした痣は古代文字を描いていて、噛まれた場所を中心に広範囲に広がっている。神殿の見解では、エルヴィアナを噛んだのは原始の時代に生きていた魔物で、噛んだ瞬間に、美しい男を魅了してしまう魔法の呪いをかけたのではないかということだった。


 魔物ははるか昔に絶滅したが、稀に封印された状態で現代まで残っていることがあるそうで。徐々に封印が弱まっていき、魔物が解放されることもしばしば。


 あの魔物を倒さなければ呪いは解けず、エルヴィアナの生命力は吸い取られ続け、いずれ死んでしまうかもしれないと言われている。


「今からでも、全てを正直にお話しなさったらいかがですか?」

「話すつもりはないわ。何度もそう言ってるでしょう」


 本当のことを言ってしまえば、クラウスはエルヴィアのことを思って心を痛めてしまうから。


 あの日、森を散歩しようと誘ってきたのは彼だった。そして、無視すればよかったはずの魔物を構った。クラウスを責める気持ちは少しもないが、優しい彼はエルヴィアナが呪われる原因を作ってしまったと負い目を感じて、苦しむことになるかもしれない。


 だから、言えなかった。悪女として皆に嫌われても、クラウスに失望されても、魔獣に噛まれて呪われていることは誰にも打ち明けられなかった。平然を装って学園に通い、悪女と呼ばれることに甘んじていた。クラウスから別れを切り出されることもずっと覚悟していた。


 ブレンツェ公爵家は、事件の日からすぐに騎士団に事の仔細を報告した。また独自に人を雇い、あの魔獣の捜索をさせている。けれど四年間、一度もその姿は見つかっていない。このまま放っておいたら、自分はいつか呪いにむしばまれて死んでしまうのかもしれないだろう。


 彼がルーシェルに心移りしたと知って、ようやく婚約解消を申し出る決心がついたのに。ここに来て、魅了魔法を発動させてしまった。



『俺は君のことが、きら――』



 嫌いだと言われかけたのがきっかけだった。


 魅了魔法が発動するには、ある条件がある。



 ①相手が美男子であること。

 ②相手に対し、エルヴィアナが強く負の感情を抱くこと。



 ……だ。はっきりしたことは分かっていないが、魔獣が美しいものを憎み、人間の負の感情を好むことに起因しているとか。


 今まではクラウスに対して嫌だと思ったことはなかったし、うまくコントロールできていた。でも、嫌いだと言われかけたとき、反射的に『嫌だ』と強く思ってしまったのだ。それが魅了魔法の引き金となった。


 スカートの上で、ぎゅっと拳を握り締める。


「……彼には悪いことをしてしまったわ」

「そんな……。お嬢様に悪いところなんてありません」


 この魅了魔法は、一度かけてしまった相手には永続的に効果が続いてしまう。今までかけてしまった人たちには、本当に悪いことをしてしまったと思う。


 しかし、魔獣を倒せば呪いが解けるように、エルヴィアナが死ねば魅了魔法の効果は消える。


 鏡を見ると、ふてぶてしい表情を浮かべたエルヴィアナが映っていた。いつの間にか、眉間に皺を寄せるのが癖になっていた。可愛げのない顔だ。ぼんやりと鏡を眺めながら思った。


(皮肉なこと。嫌われ者の悪女に……随分幸せな夢を見せるものね)


 クラウスが久しぶりに見せてくれた笑顔が、頭から離れなかった。これはきっと、二度と見ることができない幸せな夢なのだ。エルヴィアナはこの夢が覚めなければいいのに、と心の片隅で願ってしまった。

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