26_エピローグ
エルヴィアナは王立学園に復学した。美男子たちにかけられていた魅了魔法は解け、しつこく付きまとわれることもなくなった。学園内では、あの生粋の男たらしの『悪女』エルヴィアナが男遊びをやめたと噂になった。
ルーシェルは相変わらず体調不良で休学したまま。ルーシェルは外国の王族との婚約が決まっていたがそれも解消し、社交界にも姿を現さなくなった。みんなルーシェルに何があったのか知りたがったが、王家は彼女の実態をひた隠しにした。王女が魔獣を飼っていたことも、誰も知らない。エルヴィアナは事情を知っていたが、王家の沽券のために沈黙を守った。
エルヴィアナは取り巻きから解放され、お人好しで実直な本来の彼女らしさを取り戻していった。
朝、学園に登校したら、校庭で困っている令嬢たちを見かけたエルヴィアナ。
「お嬢さんたち。何かお困りの様子ね」
「エルヴィアナ様……」
令嬢たちは、評判の悪いエルヴィアナに話しかけられたことに戸惑い、顔を見合わせる。少しの逡巡のあと、エルヴィアナに困り事を打ち明けた。
「実はさっきつまずいて転んでしまって……」
令嬢の一人が膝を見せてきた。擦りむいて出血しており、身動きが取れないらしい。エルヴィアナは鞄からハンカチを取り出してしゃがみ、傷口を手早く手当した。
「早く医務室に行きましょう。歩ける?」
彼女は覚束無い足取りで、一生懸命歩こうとする。足首を捻っているみたいだ。よろめく彼女を支えてやる。エルヴィアナは彼女の前に屈み、背中に乗るように促した。
「エルヴィアナ様にそこまでしていただく訳には……!」
「気にしなくていいわ。いつまでもそんな場所に突っ立っている訳にもいかないでしょ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……。あの、わたし、重いですよね……」
「ふふ、羽みたいに軽いわ」
医務室まで背負って連れて行けば、令嬢たちはエルヴィアナの意外な優しさに感心していた。そして、令嬢を軽々と背負う逞しさにちょっとだけときめいていたのだった。
「エルヴィアナ様って思ってた感じとちょっと違う……?」
「意外と気さくで優しかった。ていうかちょっと格好いいかも……?」
……というのが、毎度おなじみの反応だった。男たらしと蔑まれていたのが、今度は同性からひっそり憧れを抱かれるようになりつつある。
エルヴィアナは、学園内で揉め事を見かけたら仲裁し、落ち込んでいる人を鼓舞し、困っている人は助けた。本人は無自覚だったが、そのおかげで地の底まで落ちていた好感度も、少しずつ上がっていった。
◇◇◇
しかし。ようやく平穏な学園生活を取り戻したかと思いきや――。
「エリィ。喉は乾いていないか?」
「肩が凝ってはいないだろうか」
「……君の好きな菓子を用意した」
休み時間の度、クラウスは別の教室からやって来て、エルヴィアナの世話をやたらと焼きたがった。その様子を遠巻きに見ていた女子生徒たちが、ひそひそと内緒話をする。
「見て? またクラウス様が……」
「よっぽどエルヴィアナ様のことがお好きなのね」
噂話が耳を掠め、エルヴィアナははぁと小さく息を吐いた。
こちらの顔を覗き込んでくるクラウスの額を、指先でつんと押し離す。
「噂になっているわ。わたしに構ってばかりいないで、自習でもしたら?」
いつか公爵家の当主になる人が、恋愛にうつつを抜かしてばかりで勉強が疎かになってはだめだ。けれど実際には、心配せずとも彼は優秀だった。
「俺と噂になるのは嫌か? ――レディ」
エルヴィアナことを『レディ』と呼ぶのは、魅了魔法に当てられた人だけだ。彼はそれを知っていながらわざとらしくそう呼ぶ。エルヴィアナの反応を見て面白がっているのだ。クラウスは瞳の奥にハートを浮かべ、甘い表情をしていて。たまに、彼は未だに魅了魔法にかかっているのではないかと疑ってしまう。
でも、エルヴィアナも大概だ。
「別に……嫌じゃ、ないけど」
満更でもなさそうに答えれば、クラウスは「そうか」と小さく笑った。
魅了魔法は解けた。今の二人にかかっているのはきっと――幸せな恋の魔法。
おしまい。
数ある作品の中から選び、最後までお付き合いくださり本当にありがとうございました。ご縁に感謝いたします(՞ .ˬ.՞)"
魅了魔法のせいでヒロインをあまあまに溺愛する美男子と、古典的なツンデレキャラクターを描きたくて思いついたお話でした。
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