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21_メイドと婚約者が怪しい取引をしています

 

 魅了魔法の呪いは解けた。伏せってばかりだった体調も、少しずつ回復していった。


 そして今日は、クラウスとピクニックに出かける日。焼き菓子を焼いて、サンドイッチを作り、バスケットに詰めた。リジーに身支度を整えてもらったら準備万端だ。


 鏡台の前に座り、リジーに髪を整えてもらう。


「今日はどんな髪型にしましょうか?」

「後ろでひとつにまとめてちょうだい」

「分かりました。ちょっと編み込みますね」


 彼女は器用にエルヴィアナの黒髪を結い始めた。少し前まではクマがひどくて顔色も悪かったので、白粉で誤魔化していたが、今は元の健康的な色を取り戻している。


 鏡越しにリジーの腕が見えた。一介の侍女がつけるには高価すぎるブレスレットが袖口の近くで輝いていた。


「そのブレスレットは……」

「すみません。仕事中は外すつもりだったのですが、うっかりつけっぱなしに……」

「ううん。咎めている訳じゃないわ。ただ素敵だと思ったの。ルイス様からの贈り物?」


 リジーはかっと顔を赤くして、ブレスレットをそっと撫でながら「はい」と頷いた。


 エルヴィアナの呪いが解けたことで、リジーはルイスとのことを真剣に考え、求婚を受けることにしたらしい。


「幸せそうで何よりね」


 彼女は柔らかい表情を浮かべながら、また頷いた。ルイスは公爵位を叙爵されているので、結婚したらリジーは公爵夫人という地位になる。彼女は元貴族とはいえ庶民。嫁入りしても大変なことは多いだろうが、ルイスは聡い人なので安心して任せられる。きっとしっかり彼女のことを守ってくれるだろう。


 リジーの腕で煌めくブレスレットを、微笑ましくも少しだけ羨ましい気持ちで眺めた。自分もクラウスとの愛情の証を形として身につけられたらいいのに、と思った。


「リジーはいつここを出ていくの?」

「それは……まだ考えていません」

「そう」


 ずっとリジーがルイスと結婚して自立することを願っていた。でもいざ別れを意識してみると。いつも傍にいた彼女がいなくなるととても寂しい。


「もしかして、寂しがってます?」

「むしろ、主人の言うことをちっとも聞かない口うるさい人がいなくなって……せいせいするわ」

「ふふ、素直じゃないんですから」


 彼女は楽しそうに笑い、結い上げたエルヴィアナの髪に飾りをつけた。


「ここを離れても……ずっと友だちでいてくれますか?」


 鏡に映るリジーの顔も、どこか寂しそうで。エルヴィアナはくすと小さく笑い、「当然でしょ」と答えた。


 約束の時間ぴったりに、クラウスが迎えに来た。白いジャケットとシャツに細身のスラックスといったカジュアルな装いだったが、彼が醸し出す高貴さは少しも損なわれていない。


 すると、主人より先にリジーがクラウスの前に出て挨拶をする。


「例のものは用意してくれたか?」

「もちろんです。ご査収くださいませ」


 何かが入った紙袋を渡すリジー。クラウスはあからさまに歓喜しながら、お礼の品物をリジーに返している。


(闇取引の現場?)


 二人は悪巧みをする顔をしていて。リジーは口元に手を添えて、悪代官に賄賂を渡す商人みたいな感じだ。エルヴィアナは、目の前で行われる取引を怪しげに見つめる。リジーたちは、ぐっと親指を立て合った。


 リジーは何事もなかったようにこちらに戻って来て、エルヴィアナの帽子の紐を顎の下で結んだ。


「リジー……あの紙袋は何?」

「うーん、強いて言えば、『忘れられない思い出』ですかね」


 悪い顔をしていた割に、予想外にロマンチックな概念が入っていた。


「は、はぁ」

「楽しんできてくださいね。お嬢様」


 エルヴィアナの疑心は、とびきりの笑顔で跳ね除けられてしまった。


「エリィ、行くぞ」

「ええ」


 クラウスにエスコートされながら屋敷を出て、同じ馬車に乗り込む。リジーと交換していた紙袋は、馬車に乗る前に従者に預けてしまったので、中身をこっそり覗くこともできなかった。


「リジーから何を受け取ったの?」


 クラウスは顎に手を添えて、しばし思いに耽った。


「……『約束』だろうか」

「はぁ」


 全く想像つかない。


 クラウスとリジーが親しくしているのは、リジーが元貴族だったときから付き合いがあるからだ。親しくするのは全く構わないが、エルヴィアナだけ除け者にされたみたいで、なんだか不服だ。でも、それを主張するのは子どもっぽい気がして、抗議の言葉は喉元で留めた。


 馬車の中で、対面して座る。二人の間にこれといって会話はなく、気まずくなって窓の外の景色を見るフリをした。


(ちょっと……こっち見すぎでは)


 痛いくらいに感じる視線を向かいから感じる。はぁとため息をつき、クラウスの方を見つめた。


「わたしの顔に何かついてる?」

「綺麗な瞳と鼻と唇がついている」

「そういうことじゃなくて。見過ぎよ」

「すまない。綺麗で見蕩れていた」


 彼から散々言われ続けて、慣れているはずなのに、照れてしまうのが悔しい。エルヴィアナは目を逸らし、「知っているわ」と答えた。


「エリィ」

「何?」

「隣に……座ってもいいだろうか」


 切実に懇願されたら、断ることなんてできない。「どうぞ」と許可すれば、彼はエルヴィアナの隣に座り直した。ほのかに香る香水の匂いに胸がときめく。クラウスはグリーン系の爽やかな香りの香水をよく好んでつけている。


 ぴったりと腕を寄せ合った状態で、彼が話し始めた。


「俺なりに君の好きなところを考えてみたのだが。……聞いてくれるか」


 そういえばしばらく前に、どこを好きになったのかと聞いたのだった。あれから律儀に考えていたらしい。エルヴィアナがこくんと頷くと、彼はちょっと重々しい感じで言った。


「すまない。正直に言って、答えることができない」


 謝罪を口にされて、きっと取り立てて好きなところが思いつかなかったのだろうと思った。内心でがっかりしつつも、一生懸命考えてくれた彼を傷つけなくて済む言葉を探す。


「いいわよ。気にしないで」


 元々取り柄のないことは自覚している。けれど、クラウスの言葉はまだ続いた。


「具体的にどこが好きというより、俺はエルヴィアナそのものが好きなんだと思う。君が君だったから、好きになった」

「…………!」

「気の利いた回答ができず、すまない」


 クラウスらしい答えだ。『エルヴィアナそのものが好き』。この言葉のどこが気が利かないのだろう。むしろ――。


「……気を悪くしたか?」


 沈黙するエルヴィアナに、彼が心配そうに聞いてくる。


「ふ……っ。ふふ……」

「エリィ?」

「――あははっ……おかしい。それって――」


 エルヴィアナは珍しく大口を開けて笑った。口元に手を添えて笑いながら、クラウスを見据える。


「それってつまり――全部好きってことじゃない」

「……!」


 理屈ではなく、エルヴィアナそのものが好き、なんて最上の愛情表現だ。それなのに、申し訳なさそうにしているクラウスがおかしくて笑ってしまう。

 一方、クラウスはエルヴィアナが屈託なく笑う様子を見て目を瞠く。そして、ふっと目元を和らげた。


「……俺は君が、好きすぎる」


 その呟きは、楽しそうに笑うエルヴィアナの耳には届かなかった。

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