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20_守りたい人

 

「どこを……好きになったの?」

「…………」


 つい気になって聞いてみる。すると、いつも即答してくる彼が、珍しく黙り込んで答えに迷った。


「それは……そうだな……」


 顎に手を添えて、真剣に考え込むクラウス。急に歯切れが悪くなって困惑した。あれだけ好き好き言っておいて、答えられないことがあるだろうか。


「考えさせてくれ」


 そう言われてちょっと不安になる。昔のエルヴィアナなら、すぐに偏った解釈をして、好きなところなどなく、嫌われているのだと勘違いしていたかもしれない。


「分かったわ。待ってる」


 でも、以前のようなすれ違いや誤解を招かないように、彼が答えてくれるまでちゃんと待つつもりだ。


「エリィは? 俺のどこが好き……なんだろう」

「……笑った顔が、好き」


 それは長いこと、エルヴィアナには見せてくれなかった顔だ。王女に笑いかけるのを見る度に、見苦しく嫉妬していたのを思い出す。


「もう一度言ってくれないか?」

「え?」


 声が小さくて聞き取れなかったのだろうか。


「笑った顔が……好き」

「…………」


 クラウスは両手で顔を覆って静止し、「耳福……」と漏らした。指の隙間から覗く頬は赤くなっていて、珍しく照れている彼にきゅんとときめいた。

 二人の間にふわふわした甘い空気が流れる。


 けれどその刹那。クラウスが座るソファの奥の大窓に黒い影が見えた。それは獣のようなシルエットで……。


 ――バリンッ。

 衝撃に部屋が揺れた直後、黒い影が窓を突破って、部屋に侵入してきた。左右で違う色の瞳を炯々と光らせた魔獣が、唸り声を上げている。ガラス片が顔に刺さっているのに、お構いなしの様子だ。


「屈んで!」


 クラウスに襲いかかりそうな魔獣を見て、咄嗟にテーブルのフルーツナイフを手に取り、魔獣の右目を狙って真っ直ぐ投げる。ひゅんっと音を立ててナイフが飛んでいき、身をかがめたクラウスの髪をわずかに掠ったあと、狙い通り魔獣の目に突き刺さった。


『ギャンッ!』


 魔獣は悲鳴を上げて、苦痛に体をよじらせた。その隙にクラウスは後退し、応接間にインテリアとして置かれている甲冑から剣を引き抜いた。その柄には、祖母が祖父に贈った飾り紐が吊るさがっている。


 彼はするりと鞘から剣身を抜いて、魔獣に向けて構えた。片目を潰された魔獣は、剣を構えるクラウスではなく、エルヴィアナのことだけを見据えている。


(わたしだけを狙っている)


 魔獣と対峙し、呪いの痣が疼くのを感じる。テーブルの上のフォークを新たな武器として確保し、距離を取って数歩後ずさる。魔獣は跳躍して、こちらに爪を振り下ろした。その刹那、クラウスがエルヴィアナを庇うように立ちはだかり、魔獣を薙ぎ払った。


「俺の後ろに隠れていろ。いいな」


 エルヴィアナはこくこくと頷くことしかできなかった。怖くて足が竦んでいて、どの道一歩も動けそうにない。一方、クラウスは落ち着いた様子で魔獣と対峙していた。彼は小さいときから剣術を学んでいて腕が立つが、実践経験はない。まして、魔獣と戦うのは初めてのことだろう。


(わたしが、力にならなくちゃ)


 守られてばかりでいたくない。エルヴィアナはぐっと喉を鳴らして、魔獣を見据えた。また次の瞬間、魔獣が床を蹴って宙に浮き、飛びかかってきた。クラウスは鋭い爪を剣で受け止めた。ぎちぎちという鈍い音が部屋に響き渡る。拮抗状態がしばらく続き、クラウスがわずかに押される。


 爪がクラウスの顔に触れそうになるのを見て、エルヴィアナは魔獣の反対の目にフォークを突き刺した。


「クラウス様には指一本触れさせないわ」


 唸り声を上げて後退する魔獣。一瞬の隙を見逃さず、クラウスは魔獣の首を剣で切り裂いた。


『グァァァッ……』


 うめき声が鼓膜を震わす。クラウスの渾身の攻撃を受け、魔獣は光の破片になって離散した。フォークとナイフが、カランと音を立てて床に転がる。光の残滓が完全に消失するのを見届けて、クラウスはこちらを振り返った。


「痣は!」

「!」


 原理的に言えば、魔獣が倒されれば呪いは消えるはず。右腕の袖をまくり上げて、呪いの痣を確認する。すると、古代文字のような黒い痣がうごめき始めて、肌から剥がれていく。そして、魔獣が消えたのと同じように光の粒になって消えていった。


(呪いが……解けた?)


 目線を上げて、クラウスの反応を窺う。


「――エルヴィアナ」


 久しぶりに見る表情だった。澄んだ眼差しに、下がった口角。ずっと、口角が上がりっぱなしで瞳が熱を帯びた甘い顔ばかり見てきたが、この涼し気な表情が、本当のクラウスだ。


 落ち着いた声で愛称ではない名前を呼ばれ、魅了魔法が解けたのだと直感した。エルヴィアナにベタ惚れなクラウスは、もうどこかにいなくなってしまったのだろうか。彼は魔法にかけられる前から好きだと言ってくれたけれど、本当に好きなままでいてくれるだろうか。


 エルヴィアナはやっぱり、クラウスのこととなると臆病になるし、自信がなくなる。


「クラウス様は……わたしのことが、お好き?」


 彼は澄ました表情のまま、こちらを真っ直ぐに見つめて言った。


「当然だ」


 ほんの少しだけ上がる口角。とろんとした甘ったるい笑顔ではなく、クールな笑顔だ。


「良かったぁ」


 思わず零れる本音。懐かしい彼の笑い方が見られた。本来のクラウスは表情を崩して笑うことは滅多にな――


(あれ……?)


 エルヴィアナの安心しきった様子を見たクラウスは、うっとりした表情を浮かべた。魅了魔法をかけられているときと変わらない甘ったるい表情だ。しかしすぐにいつもの澄まし顔に戻ったので、気のせいだったと思い直す。


「怪我はない?」

「大丈夫だ。エルヴィアナは?」

「平気よ」


 エルヴィアナはクラウスの袖を摘んで言った。


「――んで」

「なんだ?」


 小声すぎたせいで、クラウスに聞き返される。エルヴィアナは顔を見上げた。


「エリィって呼んでほしい。今までみたいに」


 愛称呼びだと、親しみを感じられる。少しだけ照れくさいけれど。クラウスはまた、甘ったるい笑顔を浮かべながら言った。


「――エリィ」


 その直後、大きな体に優しく抱き締められていた。エルヴィアナもその背に腕を回した。

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