表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/26

17_わがままなレディ

 

 目が覚めると、自室の天井が視線の先にあった。身体中が重くて痛くてだるい。特に右腕がずきずきと脈打つように痛んでいる。


 半身を起こして右腕の袖を捲ってみれば、黒い痣が急激に範囲を広げていた。


「…………」


 今までも呪いの影響で体調が悪くなり伏せってしまうことはあった。でも今回は今までより深刻な感じがする。これからどうなるのだろうと恐怖が湧いてきて、脈動が加速する。不安になったところでどうにもならないのだが。

 ちょうどそこで扉が開く音がした。誰かが来るのだと理解した。


「お嬢様……! お目覚めになったんですね!」


 リジーが部屋に入ってすぐ、目覚めたエルヴィアナを見てびっくりし、洗面器とタオルの乗った盆を床に落とした。彼女は落としたものはそっちのけでこちらに駆け寄ってきた。

 エルヴィアナは痣が広がった腕を隠すように、捲り上げた袖を下げた。


「倒れられたと聞いてわたし……心配で心配で……っ」

「……心配をかけてごめんね」

「死んじゃうと思いました」

「勝手に人のことを殺さないで」


 平静を装って答えるけれど、近々本当にそうなるかもしれないと思うと不安になった。


「……わたし、どのくらい眠っていたの?」

「三日ですよ!」

「……そう」


 意識を失ったまま三日起きなかったのは、これが初めてのこと。自分の体が着実に呪いに蝕まれているのだと思うと、やっぱり怖くなってしまう。


 不安な気持ちを彼女に悟られないように、穏やかに微笑む。


「ルイス様に飾り紐、贈ったのね」

「……お気づきでしたか」

「ええ。彼の剣に結んであったから。凄く嬉しかった。あなたが自分の恋を諦めないでいてくれて」


 リジーはエルヴィアナのために、ルイスのことをすっぱり諦めているのだと思っていた。しかし、エルヴィアナの知らないところでうまくやっていたようで幸いだ。あとは、エルヴィアナという足枷さえなくなれば、好きな人と一緒になれる。


「今までずっと世話してくれてありがとう。手のかかる主人でごめんなさいね」

「……本当ですよ。頑固で意地っ張りで、素直じゃなくて……」


 泣きそうな顔を浮かべて、エルヴィアナの手を握る彼女。


「不器用で、誰よりも――優しい自慢の友人です」


 彼女の家が没落する前から、二人は親友だった。体裁があるため主従関係として振る舞っているが、二人の絆は変わらない。


「幸せになってね」


 もう自分は長くない。いつかリジーは、エルヴィアナの元を離れていくのだ。それでいいと思っている。今のリジーは、一度の恩と情に縛られているから。すると、リジーは大きな瞳に涙を浮かべて首を横に振った。


「最後みたいな言い方しないでくださいよ。いつもみたいに、強気に笑ってください。そんな弱気なお嬢様……らしくない」

「先のことなんてどうなるか分からないでしょう。リジーにはね、わたしの世話ばかり焼いて若い時間を無駄にしてほしくないの」

「何、言うのよ。お嬢様に……エルヴィアナちゃんに助けてもらったときから、わたしはあなたのためになんだってするって決めたの。きっと逆の立場だったとしても、エルヴィアナちゃんはわたしの傍を離れたりしないよ」


 返す言葉が思いつかずに黙っていると、また扉がノックされた。


「どうぞ」


 返事をして中へと促せば、クラウスが入ってきた。クラウスが来たのでリジーが気を遣って部屋を出て行く。彼はエルヴィアナが起きているのを見て、安堵したように身を竦めた。


「目が覚めたんだな。よかった」


 もしかしたら三日の間、心配して度々見舞いに来てくれていたのかもしれない。


「迷惑をかけてごめんなさい」

「謝らなくていい」


 クラウスがそのままこちらに近づいて来るのを見て、はっとする。


(わたし……三日間もお風呂に入ってない……!?)


 横になっていたせいで髪は乱れているし、肌も荒れている。顔も浮腫んでいる。最悪のコンディションだ。それに、もしかしたら臭うのでは。慌てて両手を前に突き出して、叫んだ。


「待って!」

「……どうした?」


 ぴたりと立ち止まって首を傾げる彼。


「わたし、お風呂とか入ってなくて……汚い……」

「…………」


 それを聞いて、彼ははぁと大きくため息を漏らした。エルヴィアナの制止も聞かず、こっちにやって来てベッドの脇に腰を下ろして、抱き締めてきた。


「やだっ、離しなさいよ馬鹿っ!」


 彼の腕の中で身動ぎしていると、耳元でこう囁かれる。


「エリィは綺麗だ。大好きだ」

「…………」


 抵抗していた力が抜けてしまった。どうせ、この人には敵わないから、観念するしかないと。

 彼の腕に抱かれながら、胸元に頬をわずかに擦り寄せた。触れているだけで安心する。不安や恐怖も溶けてなくなるような感じ。


 彼はそっと離れ、椅子を他所から引っ張ってきて寝台の近くに座り直し、「体調はどうか」と聞いてきた。本当はだるくて気分が悪いが。心配をかけたくなかったので、大丈夫だと嘘をついた。しかし――。


「嘘はつくな」

「え……」

「心配をかけたくなくて嘘をついただろう」


 まさか彼に見抜かれてしまうとは。クラウスは人の感情の機微に疎く、今まではエルヴィアナの嘘に気づくことなんてなかったのに。


「どうして分かったのかって顔をしているな。……分かるさ。ここ最近はずっと君と過ごしていたからな」


 確かに、魅了魔法をクラウスにかけてから、ずっと一緒にいる気がする。傍で過ごしていれば、僅かな変化にも聡くなるものなのかもしれない。


「ゆっくり休め。何かあれば人を呼ぶといい」


 気を利かせて部屋を出て行こうとする彼を、咄嗟に引き留める。服を掴まれたクラウスが、驚いてこちらを振り返る。


「行かないで」

「……エリィ?」

「……もう少しだけ、傍にいてって言ってるの」


 最後の方はほとんど消え入りそうな声だった。勇気を振り絞って伝えてみれば、彼は愛おしいものを見るように目を細めた。


「君が望むなら、いつまででも」


 クラウスはくすと笑い、「エリィ」と呟いた。名前を呼ぶ甘い声が鼓膜を揺らし、胸が高鳴った。


 それからクラウスと、取るに足らない話しをした。今までは一緒に話すような機会が少なかったが、離れていた時間を埋め合うように、最近は沢山言葉を交わすようになった。クラウスは生真面目で堅い人なので、特別話が面白い訳ではない。でも、ただ傍にいてくれるだけで不思議と安らぐのだ。


「わたしね、クラウス様と一緒にいると、とても安心する。凄く幸せな気分になる」

「……」


 彼は口元を手で覆いながら、頬を赤くして目を逸らした。


「どうしたの?」

「今日はやけに素直だな。急に素直になられると、反応に困る。あまりに可愛すぎて」

「わたしはいつだって素直よ」

「嘘をつくな」

「嘘じゃないもの」


 呆れたようにため息を吐きながら俯いたクラウス。その彼のつむじを、つんと指で押した。


「おい、何して……」


 つむじを押されて顔が上げられなくなっている。エルヴィアナは彼の頭上から話しかけた。


「その可愛いの言葉は本心? それとも、魅了魔法をかけられているせい?」


 正直、今もよく分からない。クラウスからは魅了魔法にかかる前から惚れていたと打ち明けられた。元々好きだったから魅了魔法がかかっても大きな変化がなく、理性を保てているというのも、理屈としては納得できる。でも、エルヴィアナをとろとろに甘やかす言葉が、彼の本心だと信じきれていない。魅了魔法に言わされているだけかもしれないから。


 クラウスは強制的に下を向かされた状態で続けた。


「ずっと可愛いと思ってきた。どこにいても、誰といてもいつも君のことが頭から離れなくて……別の男に笑いかける君を見る度、胸が苦しくなった。俺は君に恋焦がれている。たとえ君がどうしようもない悪女になっても、きっと変わらない。今の俺の言葉は――」


 彼はエルヴィアナの腕を掴んで頭から離させ、おもむろに顔を上げた。つつじ色の美しい双眸に射抜かれて、どきっと胸が音を立てる。


「魅了魔法によって引き出された――俺の本心だ。これからは魔法に頼らずとも、恐れずに君に本心を伝えていこうと思っている。ちゃんと聞いてくれるか?」


 彼もエルヴィアナと同じだったのだろうか。嫌われるのが怖くて、好きだからこそ臆病になって、胸にしまい込んだだ気持ちが沢山あったのかもしれない。

 エルヴィアナはこくんと頷いた。


「ところで……王女様は、どうなったの?」

「…………」


 意識を失う前、王女があの魔獣を所持していることが発覚した。彼女には魅了魔法の呪いのことを打ち明けているので、その上で何も言わなかったということは、エルヴィアナが呪いに蝕まれて死ぬことを望んでいたということ。


 ルイスが渾身の演技でカマをかけなければ、魔獣の所有が明らかになることもなかったと思うとぞっとする。


(誰が悪女なのか分からなくなるわね)


 クラウスに岡惚れしていて、彼を手に入れるために二人を翻弄してきたのだとしたら、相当な策士だ。


「……それが、その……。実は大変なことになっているんだ」


 クラウスの表情はいつになく深刻で。


「魔獣を引き渡すのを渋っているということ?」

「違う。そうではなく……」


 なぜか歯切れが悪く、言うのをためらっている様子。

 エルヴィアナが首を傾げていると、彼はこの三日間の出来事を話してくれた。聞かされた内容にエルヴィアナは絶句した。


「そんな……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ