15_交錯する思惑
いつの間にルイスに魅了魔法をかけてしまったのだろう。魅了魔法が発動するには二つの条件がある。ルイスは美男子という条件は満たしているが、彼に対して不快感を抱くようなことは一度もなかった。それに、発動の際は必ず光を放つのですぐに分かる。ルイスにはそのような兆候はなかったが、気づかないうちにかけてしまったのかもしれない。
リジーは今もルイスのことを慕っている。もしこの事実を知ったら、どれだけショックを受けることか。
ちらりとクラウスを見上げると、彼は申し訳なさそうにこちらを見た。
(それ……どういう表情?)
なぜクラウスがいたたまれない様子でいるのか分からず首を傾げる。しかし、すぐにルイスの方に視線を戻し、冷静に告げた。
「ルイス様は誤解されております。そのかざり紐はわたしが作ったものではありません」
「恥ずかしがらなくたっていいよ。不出来な作りだが、それもまた愛らしい」
「――そうではなく。わたしが飾り紐を贈った相手は他にいて……」
クラウスの裾を摘んで、懐にしまってあるだろうエルヴィアナの飾り紐を見せるように促す。クラウスなら分かるはずだ。エルヴィアナが贈った飾り紐と、ルイスが持っているものは別人が作ったものだと。けれどクラウスからなんのフォローもなく、ただ黙っているだけ。
「ルイス様。その飾り紐はどのような経緯で受け取られたのですか?」
エルヴィアナの問いに、ルイスが答える。
「ルーシェルがエルヴィアナ嬢から預かったのだと。それから、君がクラウスを嫌っていて別れたがっていると教えてくれた」
「…………!」
新入生歓迎パーティのときにルーシェルに同じことを吹き込まれた。クラウスはエルヴィアナと別れたがっていると。そして――。
『クラウス様。あなたのことがお嫌いなんですって』
――と。今なら分かる。ルーシェルはエルヴィアナとクラウスの仲を掻き乱すために嘘を吹聴したのだと。そして、ルイスにも同じことをした。
「わたしがお慕いしているのは、クラウス様だけです。昔も今も――これからも。クラウス様を嫌いだなんて話は一切しておりません」
すると、ルーシェルが困ったような顔を浮かべて言った。
「まぁ、白々しい」
彼女は扇子で口元を隠しながらしおらしげに続ける。
「他の殿方に想いの証である飾り紐を贈っておきながら、よくもそのようなことを言えたものですわね。わたくしには散々クラウス様の悪口を言っていらしたのに。見苦しいですよ、いい加減不義理を認めて詫びてはいかがです?」
ルーシェルはクラウスの顔を見上げて囁く。
「エルヴィアナさんはとても薄情なお方のようです。お可哀想なクラウス様……」
エルヴィアナもクラウスの顔を見る。彼はこちらをちらりと見たあと、小さく息を吐いて、「外の空気を吸ってくる」と言って踵を返した。
すると、ルーシェルは勝ち誇ったようにこちらを見据えた。
「もうこれで、本当に嫌われてしまったかもしれませんね? エルヴィアナさん」
◇◇◇
エルヴィアナはすぐにクラウスの後を追いかけた。
(わたしのせいでルイス様まで……)
魅了魔法のせいでルイスが変わってしまったことに罪悪感を抱く。それに、クラウスの様子もおかしかった。彼がルーシェルの言葉を鵜呑みにしているとは思えない。彼なら、エルヴィアナの話を直接聞こうとするだろうから。なのにまるで失望したような態度で広間から出て行ってしまった。
「クラウス様、待って」
「……」
「誤解なの。わたしが飾り紐を贈ったのはあなただけよ。お願い、わたしの話を聞いて?」
廊下を歩いている後ろ姿を見つけて、声をかける。近くの客室を借りて、話すことにした。
◇◇◇
「――という訳だ。すまない、エリィ」
クラウスから告げられたのはある作戦のことだった。
ルーシェルはクラウスに岡惚れして、エルヴィアナとの仲を引き裂こうとしている。また、魅了魔法の呪いのことを知っている。更に、エルヴィアナに呪いをかけた魔獣に似た獣を飼っている可能性がある。
クラウスが王城の者たちに探りを入れたら、つい最近まで彼女の部屋に例の獣がケージで飼われていたという。けれど今はどこにいるのか分からないと皆が口を揃えた答えた。
そこで、ルイスに一役買ってもらうことにした。
「つまり……王女様から本音を引き出すための演技だったということ……?」
ルイスは、魅了魔法にかけられて、エルヴィアナに惚れている演技をしていたのだ。
そもそも、クラウスの生家のルーズヴァイン公爵家は、王室と密接な関係にある一族。上流貴族の中でも大きな勢力を持っている。その嫡男に虚偽をそそのかして、婚約者との関係を引き裂こうとすることは、王女であっても許される振る舞いではない。
「そうだ。ルイス王子はエリィに惚れたフリをすることで、ルーシェル王女がどう出るか試した。この件はそのまま両陛下に報告される」
今日の広間での出来事は、ルイスがルーシェルの悪行を実際に確認するためだった。彼が証人となり、国王や妃に事の仔細を報告すれば――。国王は非常に厳格で、貴族同士の友好関係を重視する人なので、ひどく咎められるだろう。
きっと、クラウスに接近して妙なことを吹き込むことはなくなる。魔獣も差し出すようにしてくれるはずだ。
「すまない。君を騙すようで心苦しかった」
「まぁ妥当な判断ね。……わたしはすぐに顔に出るから」
「……それは否定しない」
もし事前に知らされていたら、すぐにボロが出てルーシェルに疑われていたことだろう。というか、クラウスも終始申し訳なさそうな様子でちらちらエルヴィアナの様子を窺ってばかりだった。たぶん、彼も人を騙すことに向いていない。似た者同士だ。
「わたしがお慕いしているのは、クラウス様ただお一人ですからね。昔も今も――これからも」
「知っている」
その言葉で、すっと肩の力が抜けていく。
するとそのとき。コンコン、と扉がノックされて、向こうから鈴を転がすような甘い声が聞こえた。
「――クラウス様。お入りしても?」
その声は、ルーシェルのものだった。