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12_独りよがりのツンデレ公爵令嬢

 

 陽光あまねく麗らかな日。イリト王国国王主催の狩猟祭が開かれた。王領の森には狩猟用の見事な城館が建てられていて、夜会用の大きなホールも備えられている。今日はそこに沢山の人が集まった。


 狩猟は、上位貴族にのみ許された高貴な社交だ。馬に乗った紳士たちは上品に着飾っていて、それに付き添う貴婦人たちも華やかな装いをしている。


 城館前の広場にて。


「きゃあっ! 格好よくて素敵です! お嬢様!」

「ふ。ありがとう」


 リジーが両頬に手を当てながら、歓声を上げた。


 今日のエルヴィアナは男物のデザインの黒のスラックスとジャケットに、白のブラウスというカジュアルな装い。長くウェーブのかかった黒髪を頭の後ろの高いところで束ねている。


 女性貴族の中には、狩猟に参加する勇敢な者もいる。エルヴィアナも鷹狩をするつもりで弓矢を背中に背負っている。

 はっきりした顔立ちと高身長のおかげで、狩猟服を着ていると男のように見える。リジーはエルヴィアナの男装が大好きで、見る度に乙女のような反応をする。別に構わないけれど。


「あのっ! 遠くからお姿を拝見して、格好よくてひと目惚れしました! ……よかったらわたしの飾り紐を受け取ってください!」


 突然現れた若い貴族令嬢が、手作りの飾り紐を差し出してくる。飾り紐は、狩りに出る前に、恋人や意中の男性にお守りとして渡すもの。


(これで……十人目)


 エルヴィアナはリジーと顔を見合せて苦笑した。

 身をかがめて少女と視線を合わせ、困ったように微笑む。


「ありがとう、嬉しいわ。でもわたし、女なの」

「えっ!? じ、女性なんですか!?」

「ええ。ごめんなさいね」


 勘違いに気づいた彼女は申し訳なさそうに汗を飛ばす。


「い、いえこちらこそ。……でもこれ、よかったら受け取ってください」

「え……」


 彼女はエルヴィアナの手に飾り紐を握らせて、顔を真っ赤にした。


「それじゃ、し、失礼します……! 応援してます!」


 手作りの飾り紐を押し付けて、恥ずかしそうに逃げて行った。その後ろ姿を見送りながら、リジーがいたずらに囁く。


「モテモテですね」

「からかわないで」


 受け取った飾り紐をリジーに預けて、肩を竦めた。いつもは『悪女』として女性たちに嫌われまくっているのに、こうしてちやほやされると変な感じがする。


 爽やかな風が吹いてきて、エルヴィアナの長い黒髪が揺れた。その髪は、つつじ色の飾り紐で束ねられている。まさしくクラウスを意識したものだ。


 すると別の夫人が、大荷物を抱えているのが目に留まった。エルヴィアナはすぐに駆け寄って声を掛けた。


「重そうですね。もしよろしければお運びいたします」

「まぁ、よろしいの……?」

「はい。どちらまででしょうか?」

「あそこのテントまでなのだけれど」


 目的の場所まで荷物を運んであげれば、彼女はうっとりした表情でこちらを見上げた。


「助かったわ。とても綺麗な貴公子様。わたしの夫の若いころにそっくり!」

「ふふ、ありがとうございます。きっと旦那様の方がずっと素敵でしょう」

「まぁ……」


(というかわたし、女だけれど)


 エルヴィアナが少し愛想を向ければ、女性たちはすぐに恋に落ちた。


「あのぅ……そこの麗しいお兄さん! この瓶の蓋を開けてくださらない?」

「分かりました。――どうぞ」

「きゃ〜力が強くてて素敵!」


(というかわたし、お兄さんじゃないのだけれど)


 次から次へと女性たちに声をかけられ、いつの間にか人集りができていた。力仕事を頼まれれば喜んで引き受け、愛想よく対応をしていた。


「もしパートナーがいなかったら恋人になりたいですっ!」

「わたしもわたしも! お付き合いを前提に結婚したい!」


「……ありがたいお言葉ですが、わたしにはもう婚約者がいるんです」


 というか、エルヴィアナは女なので彼女たちと結婚はできないのだが。すると、人集りの中の少女が、おもむろに尋ねる。


「見かけないお顔ですが、どこの家門の方でしょうか」

「ブレンツェ公爵家の者です」

「まぁ、見た目も中身も、加えてお家柄まで完璧……! でもブレンツェ公爵家のご子息様はもっと歳が上だった気が……」

「わたし、娘のエルヴィアナです。あなたがおっしゃるのは兄の方でしょう」

「ええっ!?」


 ざわり。王子のようにもてはやしていた美青年が、まさかの令嬢だったことに、一同は大困惑。極めつけにエルヴィアナは、社交界でも評判の悪い悪女だ。


「驚かせてしまいすみません。――そろそろ失礼しますね」


 そう言い残して優雅に踵を返す。

 するとそのとき、視線の先で二人の男女が話しているのが見えた。


(あの二人……)


 ――ルーシェルとクラウスだ。

 最近のクラウスはエルヴィアナに執心していたので、この組み合わせを見るのは久しぶりのことだ。久しぶりのことだが、やっぱり焼きもちを焼いてしまうし、胸がぎゅっと締め付けられる。


「お嬢様。あれ、見てください。王女様、クラウス様に飾り紐を渡していらっしゃいますよ。婚約者がいる殿方になんて非常識な……」

「しっ。誰かに聞こえたらどうするの? 不敬よ」


 唇の前に人差し指を立てて窘めると、彼女は「すみません」と謝った。

 ルーシェルはロング丈のフレアドレスを身にまとっている。フリルになった襟と袖の装飾が細かくて見事だ。情熱的な赤の生地は、クラウスの瞳を思わせるようで。

 クラウスもわずかに微笑んでいる。


 愛らしい笑顔を向けて両手で飾り紐を差し出す彼女。その様子を遠くから眺めていたら、次の瞬間にルーシェルと目が合った気がした。

 まるで、エルヴィアナが見ていることに最初から気づいていたように。彼女は勝ち誇ったように、唇の端を持ち上げた。


 エルヴィアナは胸がざわめき、くるりと背を向けた。

 手網を掴みながら、(あぶみ)に足をかけて馬に乗る。


「お嬢様? どこに行かれるのですか?」

「少し慣らしてくるわ。開会式までには戻るから」


 馬を走らせながら、胸に手を当てた。胸のポケットには、エルヴィアナの髪についたものと対になる飾り紐が入っている。実は今日、クラウスのために飾り紐を作ってきていた。デザインも材料にもこだわっていて、素晴らしい出来栄えだ。随分気合を入れて作ってきてしまったけれど、やっぱり渡すのはやめよう。本命からはもう渡されたのだから。


 湖の近くで馬を停め、水分補給をさせながら休むことにした。ここなら静かで少しは頭を冷やせそうだ。近ごろ舞い上がってばかりだった自分の頭を。


(自惚れちゃだめね。わたしは嫌われ者の悪女なんだから)


 邪魔者は身を引くと一度は決めたはずなのに、好意的にされて舞い上がってしまっていた。優しくしてくれる彼を突き放すことも、まして別れを告げる勇気もなかった。今のクラウスが好意的に接してくれるのは、魅了魔法のせいなのに。


 懐からクラウスのために作った飾り紐を取り出す。上部は赤のビーズでつつじの花が作ってあり、その下にタッセルが下がっている。


(幸せな夢だった。……ありがとう)


 二度と見られない、とても心地のよい夢とは、もうお別れしよう。

 飾り紐をぎゅっと握り締め、せせらぐ湖面を見据える。その腕を振り上げた直後――。


「なぜ捨てる?」

「……! クラウス、様」


 聞き慣れた声がして驚き、振り向くとクラウスがエルヴィアナの腕を掴んで立っていた。彼はエルヴィアナの手に握られた飾り紐を見ながら言った。


「俺のために作ってくれたのだろう?」


「――返して」


 咄嗟に手を振り払い、飾り紐を背中に隠す。


(これは渡せない。魅了魔法の力を借りて受け取ってもらうのは……卑怯だもの)


 不意に頭の中にさっきのことが思い浮かんだ。ルーシェルと話しているクラウスが、あの滅多に笑わなかったクラウスが、エルヴィアナに魅了魔法をかけられていてもなお、彼女に微笑みかけていた姿が。


「あなたには――王女様の飾り紐があるでしょう?」


 エルヴィアナは自嘲気味に尋ねるのだった。

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