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11_美男子だらけの王子カフェ

 

 エルヴィアナのことを『レディ』と呼ぶのは、魅了魔法に当てられた取り巻き美男子たちだけ。この人たちは会って間もないから、魅了魔法をかけるような隙はなかったはず。


(どういうことなの……?)


 硬直しているエルヴィアナに、クラウスが囁く。


「王子カフェだ」

「おうじかふぇ」

「なんでも、王子のように美しい男子たちを目の保養にしながら食事を楽しむコンセプトで、巷の女性たちの間で人気らしい」


 確かに、店内には見渡す限り女性客しかいない。派手に着飾った美男子たちに甘い接客をされながら、紅茶やスイーツを楽しんでいる。


(いや、どんなチョイス!)


 真面目な顔をしてどこに連れて行かれるかと思えば、ちょっと特殊なコンセプトカフェで反応に困ってしまう。


「二名様でよろしいですか?」

「ああ」

「では、お席にご案内いたします」


 案内されたのは、ホールの中央の席。

 内装は、物語のお姫様が暮らしていそうなお城を思わせるメルヘンさで。エルヴィアナは実際に王城に入ったことがあるが、実際はもっと落ち着いた雰囲気だ。


 それにしても、女性客しかいない中にクラウスがぽつんといると、違和感がある。


「あの、どうしてこちらをお選びに?」


 まさか彼にはこういう趣味があるのだろうか。不審に思い、内緒話をするように口元に手を添えて尋ねてみる。


「君は美男子が好きなのだろう? 喜んでくれると思ったが、失敗だっただろうか」

「!」


 失念していた。自分が美男子好きの悪女として通っているということを。大事な設定を忘れてはいけない。今からでも美男子たちを見ながら目を血走らせておいた方がいいだろうか。


「あ、ああそう! 綺麗な男の人は好きよ、大好き」

「…………」


 すると、ただでさえ無愛想な彼の表情が更に険しく暗くなる。ずーんとあからさまに落ち込んでいる様子。自分から誘っておいてショックを受けているらしい。


「えっと……でもわたし、クラウス様が一番綺麗だと……思うわ」

「そうか」


 そう伝えれば、明らかに満更でもなさそうな顔を浮かべる彼。表情の変化に気付かないふりをして、手元よメニュー表に視線を落とす。

 特別メニューには、美男子からの"あ〜ん"や"頭なでなで"といったサービスがついていて。だが、エルヴィアナは美男子から奉仕されるのはうんざりするほど経験してきた。全く心が踊らない。帰りたい。


 とりあえず、美男子と手を合わせてハートを作るというサービス付きのメニューを選び、店員を呼んだ。


「わたしはこの"癒しのらぶカプチーノ"を、」

「却下だ」

「…………」


 注文を口にしたところで、なぜかクラウスに止められる。


「じゃ、じゃあこっちの"トキメキ溢れるロマンチックワッフルプレート"を……」

「絶対に却下だ」

「…………」


 後者は、美男子がハイタッチをしてくれるサービスがついているものだった。これも駄目なら何を注文したらいいのだろう。……それにしても品名がうるさい。クラウスはサービスが付かないノーマルメニューを二人分注文した。


 普通のメニューを頼んだのでは、わざわざこの店に来た意味がなくなる気がする。


「すまない。君に他の男が触れるのは耐えられない。弾みで殺してしまうかもしれない」

「こわい」


 そんなあっさり物騒なことを言わないでほしい。メルヘンな世界観がぶち壊しだ。けれど、内心で安堵した。身分を隠してお忍びでやって来たが、曲がりなりにもエルヴィアナは貴族令嬢。未婚の乙女が男に触れられるのは、貴族の規範である貞淑さに反する。


(どうせ頭を撫でてもらうなら、クラウス様がいいのに)


 そんなことを考えていたら、まもなく注文したワッフルとドリンクが運ばれてきた。


 二人の間に特に会話はなく、黙々とスイーツを食べるだけの時間が続いた。すると、周りの席からやけに視線が集まっていることに気づいた。



「ねぇ見てあの人。超カッコよくない? 王子様みたい」

「ぶっちゃけここにいる店員さんよりイケメンじゃない?」

「分かる。あのレベルはそうそういないよね」



 女性客たちはちらちらとクラウスのことを覗き見ていた。男性客が珍しいからというだけでなく、その造形美に感動している。


 確かに、クラウスほど美しい人は滅多にお目にかかれるものではない。

 溢れ出るノーブルさは、育ちの良さから来るものだ。彼は本物の大貴族のボンボンで、幼少のころから洗練した所作や振る舞いをするように叩き込まれている。あの女性客たちも、そんな高貴な男が庶民的な店に来て遊興に耽っているとは思いもしないだろう。


 クラウスのところだけ後光が差してるようで、目を眇めた。すると、女性客たちは更に噂話を続けた。



「一緒にいる女の人も凄い美人だよね。絵かと思った。恋人かな?」

「でもなんかちょっと怖くない? 目つきとか。彼が王子様ならあの人は姫っていうより意地悪な悪役って感じ」

「ああ、分かる」



 好き勝手言われ放題だ。けれど、社交界や学園で悪い意味で注目され続けてきたし、謗りを受けることにはもう慣れている。


 エルヴィアナはつり上がった目にはっきりした顔立ちをしていて、無表情でいるだけで怖がられることがある。峻厳とした佇まいのおかげで、男と間違われることも。


(意地悪な悪役とは、なかなか的を射ているじゃない)


 学園で男をたぶらかす『悪女』と名高いエルヴィアナ。ふいに噂話をしている女性の一人と目が合う。エルヴィアナは挑発するように片眉を上げ、静かに目線で威圧した。彼女はさーっと青ざめて俯いた。これでもう彼女たちの不愉快な話題の材料にされることもないだろう。


(人の容姿をあげつらってはだめだと、ご両親に教えられなかったのかしらね)


 下町の若い人は無粋だと思った。けれど、噂好きなのは庶民も貴族もそう大して変わらないのかもしれない。


「俺の目には女神に見える」


 どうやらクラウスの耳にも噂が聞こえていたらしい。


「フォローしてくださらなくて結構よ。こういうのは慣れてるから」


 しかし、クラウスは口を止めなかった。


「君の凛とした眼差しも、芯の強さを感じさせる面立ちもとても魅力的だ。ずっとそう思っていた」

「……ずっと?」

「ああ、ずっとだ」

「慰めてくれなくていいって言ってるでしょう? 悪役ヅラなんて、飽きるくらい言われてきたもの」


 フォローしてくれなくたっていい。正統派で誰もが絶賛するクラウスとは違うことくらい、自分でよく分かっている。

 クラウスは小さく息を吐いてこちらを静かに見据えた。


「慰めたかった訳ではない。要するに――君の可愛さを理解しているのは俺だけで十分だということだ」

「…………」


 予想外の切り返し。


(それって……独占欲)


 彼のつつじ色の瞳が熱を帯びた気がして、気まずくなって視線を下に落とした。


 生クリームがふんだんにかかったワッフルをナイフで切り、一口くちに運ぶ。さっきよりもなぜか甘く感じたのだった。




 ◇◇◇




 店を出たあと、しばらく街を散策することにした。当たり前のように手を繋ぎ、商店街を歩いていれば、見るからに困っていそうな外国人男性を見かけた。黒色の肌に、黒い瞳をしている。彼は助けを求めて色んな人に声をかけているが、無視されてしまっている。


 エルヴィアナは困っている人はどうしても放っておけない性分で、思わず話しかけていた。


「どうかなさいましたか?」

『病院に行きたいんですが、場所が分からなくて』


 返ってきたのは、エルヴィアナの知らない言語だった。


「えっと……。ごめんなさい、よく分かりません」


 困った顔で、身振り手振りで応対していれば、クラウスがエルヴィアナの前に出た。


『近くにロレンス医科大学がありますが、そちらでよろしいでしょうか』

『はい、そこです! 分かりますか?』

『ええ。この先をまっすぐ進んでいただいて、突き当たりを右に曲がると着きます』

『助かりました! ありがとう……!』


 クラウスは流暢な外国語で道案内をした。外国人男性はありがたそうに何度も頭を下げて去って行った。


「凄いわ、クラウス様。聞いたこともない言葉だったけれど、勉強していたの?」

「あれは中東系だな。日常会話くらいしかできないが一応」


 クラウスは語学も万能で、五ヶ国語も習得している。流石だ。すると彼は、ちょっと怒ったように眉を寄せた。


「困っている人がいても、無闇に話しかけるのは危ない。親切心につけ込む悪い人もいるから」

「……そうね」


 口では言いつつも、また目の前で困っている人を見つけて声をかけるエルヴィアナ。その初老の男性はホームレスで、お金を恵んでほしいと訴えてきた。エルヴィアナは彼に快く身につけていた宝飾品を与えた。ピアスにブレスレット、ネックレスまで全て。


(不用心だって怒られるかしら?)


 ホームレスの男性と別れたあと、クラウスの顔色を窺う。けれど彼は何も言わなかった。


 更に次に、困っている子どもを見つけて声をかけるエルヴィアナ。母親も一緒にいる。


「どうかしたの?」

「帽子が木に引っかかっちゃって……」


 頭上を見上げれば、木の枝の高いところに帽子が。エルヴィアナは背が高い方だが、手を伸ばしても届きそうにない。


(ジャンプしたらいけそう)


「僕、ちょっとそこから離れていて」

「わ、分かった」


 エルヴィアナは気から少し離れ、助走をつけてジャンプした。太い幹に片手を置いて、見事に帽子の鍔を掴み着地する。そっと少年の頭に帽子を被せてやると、彼は照れたように頬を染めた。


「あ、ありがとう……。かっこいいお姉ちゃん」

「どういたしまして」


 少年は、恥ずかしがって体をくねらせ、母親の背中に隠れてしまった。その様子が微笑ましくてエルヴィアナも頬を緩めた。一方、母親の方はクラウスにうっとり。


「ご親切にどうも……! この後何かお礼を……!」


 なぜか帽子を取った本人ではなく、クラウスにばかり頭を下げている。下心が見え透いている。


「いえ、帽子を取ったのは彼女ですから」


 そう言って、エルヴィアナの手を引いた。無言で歩き続ける彼。デートの最中に、無闇やたらに他人の世話を焼きすぎてしまっただろうか。


「クラウス様、怒ってる……?」


 彼は立ち止まり、困ったように微笑みながらこちらを見下ろして言う。


「君は昔から何も変わっていないんだな」

「え……?」

「お人好しで優しいままだ。それを知れてよかった。君は変わっていない」


 クラウスは「変わっていない」という言葉を二度続けた。まるで、自分に言い聞かせるように。


 変わったところはある。エルヴィアナに呪いがかかってしまったという点だ。そのせいで悪女として醜聞が広がり、クラウスにも愛想を尽かされてしまった。エルヴィアナは浮気者で嫌われ者の悪女だ。


 右腕を擦りながら、暗い表情を浮かべた。

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