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10_メイドと婚約者の悪だくみ

 

 とある休日。エルヴィアナはリジーと共に街の手芸店に出かけた。


 普段は魅了魔法の呪いを気にして外出を極端に控えていたが、今日はどうしても自分で店頭に行って選びたいものがあった。


(あ……このビーズ可愛い)


 棚に並んだ糸とビーズを吟味していると、若い女店員がやって来て愛想良く声をかけられた。


「お客様、もしかして"飾り紐"を贈るご予定ですか? もしよろしければお手伝いさせていただきますが」


 棚の看板には、でかでかと『恋人や好きな人に贈る♡素敵な飾り紐作り』と書かれている。そう。例によって今日はクラウスにプレゼントする飾り紐の材料を買いに来たのだった。けれど、それを素直に認められるエルヴィアナではない。手に持っていたビーズを早急な動きで棚に戻し、無愛想に言った。


「べ、別に、飾り紐はついでみたいなものよ。たまには裁縫をいいと思って。あ、あの人に喜んでほしいとか、特別な意味なんてないんだから」

「は、はぁ……」


 エルヴィアナの反応に戸惑う店員。するとリジーがにっこりと笑顔を浮かべながらこちらに耳打ちした。


「誰もそこまで言ってませんよ。そんな古典的なツンデレ台詞はいいですから、素直に相談してみては? 最近の流行りとかもあるでしょうし」


 エルヴィアナは気まずい顔を浮かべながら、「手伝っていただけますか」と店員に頭を下げた。




 ◇◇◇




 買い物を済ませて、買った材料を抱えてほくほくしながら街の通りを歩いた。いつもは人通りを避けてばかりだったが、たまには街を歩こうとリジーに強く誘われて拒めなかった。


(来ないうちに新しいお店が増えてるわね)


 活気に満ちた街が、見渡す限り続いている。可愛らしいメルヘンチックな建物や、シックなレンガ調の建物など、色んな雰囲気の店が軒を連ねていた。


 しかしリジーは店には目もくれず、黙々とどこかへ向かっている。どこに行くのかと聞いても全然答えてくれない。


「リジー、早く馬車に戻りましょう。下手に誰かと接触して魅了魔法が発動したら大変だもの」

「そうやって引きこもってばかりでは、その内病気になってしまいますよ。魅了魔法にはある程度の発動条件がありますし、お嬢様も上手くコントロールできてるじゃないですか。そう滅多なことはありませんよ」


 つい最近、その滅多なことが起きて婚約破棄を失敗したばかりである。呆れつつもリジーに着いて歩き、紙袋をはい、と渡した。


「これ、あげる」

「先ほど手芸店で購入されたものですよね? クラウス様のためのものなのでは……」

「あなたの分も買っておいたの。ルイス様に飾り紐を作って差し上げたら? 彼も狩猟祭に参加するようだから、きっとお喜びになるわ」


 リジーは没落した元貴族令嬢。幼少のころから第七王子ルイスの妃候補だった。ルイスは彼女のことを慕っていて、リジーの家の没落を知ったとき、早急にリジーと婚姻を結び、家を救おうとした。けれどリジーの両親は借金返済のために彼女を娼館送りにし、娘を売った金を持って行方をくらました。


「……わたしはもう、なんの地位もないただの庶民です。王子様に贈り物をするなんて恐れ多くてできませんよ」

「あの方は身分差を気にするような方ではないわ。それはリジーが一番分かっているでしょう」


 ルイスは今もなおリジーを想っていて、ゆくゆくは結婚したいと望んでいる。度々ブレンチェ公爵邸に訪れて、リジーの顔を見て帰っていくし、そのときのリジーの顔を見れば、彼女もルイスを慕っていることは一目瞭然だ。


「使わないなら、屋敷に帰ってから捨ててちょうだい。ほら」

「……分かりました」


 リジーはしぶしぶ紙袋を受け取った。


「わたしのことは気にしてくださらなくていいのに。……それより、クラウス様にこそ喜んでもらえるといいですね」

「…………」


 いつも彼女は、エルヴィアナのことばかり気にしている。ルイスの元に嫁いで幸せになる道を諦めてまで侍女でいようとするのは、エルヴィアナのためだ。多額の金を払ってリジーを身請けしたのはエルヴィアナ。娼館から助け出した恩があるから、呪いに悩むエルヴィアナの元を離れることができずにいる。


「……ごめんね」


 ぼそっと呟いた声は、街の喧騒に掻き消されてリジーの耳には届かなかった。


 街道を歩いてしばらく。突然リジーが立ち止まった。そして彼女の視線の先に――よく見慣れた人物が。


 思わず顔をしかめて、一歩後ろに後退する。しかし彼は、自分が迷惑そうな顔を向けられていることを少しも意に返さず、こっちに近づいて来た。


「奇遇だな」

「どうしてこんなところに? クラウス様」

「ここに来たらエリィに会えるような気がした」

「奇妙ね」


 エルヴィアナが滅多に外出しないということは、クラウスも知っている。それなのに、ピンポイントで場所を特定して待ち伏せていたということは――共犯者がいる。


 後ろに控えているリジーを振り返れば、彼女はクラウスと親指をぐっと立て合い、してやったぞという顔をしていた。


(やられた……)


 街の脇に立ち並ぶ店には目もくれず、どこに向かうのだろうと思っていたが、クラウスのことを探していたのだ。


「それではあとはお二人でごゆっくり〜! わたしは先にお屋敷に戻りますからね」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 何勝手に――」


 引き留めようと手を伸ばしたが、あっという間に人集りの中に消えてしまうリジー。人混みを見渡していたら、ぽんと肩を叩かれ、恐る恐る振り返る。まるで、探しても無駄だと言わんばかりにクラウスが首を横に振る。彼は有無も言わさないような不敵な笑みを浮かべ、こちらを見下ろした。


「君とデートができるとは夢のようだ」

「まだデートするなんてひと言も言ってな――」

「店を予約している。きっと君も気に入ってくれるだろう」

「わっ、クラウス様!?」


 どこかの侍女と同じで、全く人の話を聞いていない。当たり前のように手を引かれ、どこかへ連れていかれる。

 強引だが、歩調は合わせてくれているし、車道側を歩くという気遣いがさり気ない。


(一体……どこに連れていくつもりなのかしら)


 連れて行かれたのは、二階建てのメルヘンチックな建物。扉を開けると、カランカランとベルが鳴り、奥から派手な装飾の礼服を着た――美男子がぞろぞろと現れた。


 エルヴィアナの目の前で、胸に手を当てて紳士的に一礼される。


「「お待ちしておりました。――レディ」」

「!」


 レディと呼ばれて、エルヴィアナの肩がびくっと跳ねた。

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