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性癖

作者: ハシモト

「アルファ・ケンタウリへようこそ!」


 その呼び声に、ハシモト・G・ウラノスはゆっくりと目を開けた。目の前には白いクッションが淡い間接照明に照らし出されているのが見える。どうやらまだ自分は転送ポッドの中にいるらしい。


 だがすぐにシューという小さな音と共に、転送ポッドの扉が開いた。目の前には銀色に光る金属の装置に、巨大な繭の様に見える転送ポッドがいくつも並んでいるのが見える。


 自分はと言うと、白い薄着をまとっただけの姿だ。しかし鏡など見なくても、ハシモトは自分がどのような容姿をしているのか良く分かっていた。


 短期の滞在者、それも特にVIPでもない自分に割り当てられる器は壮年標準タイプAに決まっている。もっとも視覚による個体の識別を容易にする為に、ほくろとか皴とか個別の変化はつけてあるだろうが、せいぜいが五十歩百歩というところだろう。


 ハシモトはゆっくりと足を動かすと、転送ポッドから出て、木のフローリング風を装った床に降り立った。だが立ち眩みの様な症状に、近くにある手すりを慌てて掴む。いわゆる転送酔い、自分のソウルがこの新しい器にまだ慣れていないことによる症状だ。


「転送酔いですか?」


 こちらへと寄ってきた、彫刻を思わせる均整の取れた体格の人物がハシモトに声を掛けた。


「そうみたいだ。既に何回かやってはいるんだけどね。それでも私のソウルは転送に慣れてはくれないらしい」


 そう告げてから、ハシモトはこのアテンダンスが人間ではなく、アンドロイドであることに気が付いた。両者を明確に区別するため、アンドロイドは瞬きを一切しない。


 人間とは不思議なもので、たとえ容姿をどれほどそっくりに作ろうとも、瞬きがないだけでそれが自分と同類ではないことにすぐに気づく。


「すぐに収まると思いますが、足元にはお気を付けください」


「ここは?」


「地上ではなく、軌道ステーションです。地上へのシャトルはここでの手回り品の案内と一緒に、受付のスタッフが担当させていただきます」


「一つ確認しておきたいことがあるのだが?」


「はい。なんでしょうか?」


「シャトルまでの途中で、外を見られる場所はあるかな?」


「はい。それでしたら受付横の展望台のところから外を見ることが可能です。もっともアルファ・ケンタウリAは太陽と同じG型スペクトルの恒星ですから、見かけにさほどの違いはありませんが……」


「一目見られればそれで満足なんだよ。恥ずかしい話だが外宇宙に来るのは初めてでね」


「ほとんどの方がそうなのではないでしょうか?」


「そうだね。なのでこのような機会を逃したくはないんだ」


「シャトルの発射までは時間がありますので、ごゆっくりお楽しみいただけると思います」


「ありがとう」


 ハシモトは名も知れないアンドロイドに手を振ると、転送ステーションの出口へと向かった。薄手の服を着ているだけなのが少し気になるが、外宇宙ではいろいろなものが合理的らしいので、これがここではスタンダードなのかもしれない。


 転送部屋の外は中と同じ、淡い間接照明で照らし出された通路になっていた。足元に映し出される水色の矢印が、自分の進むべき方向を示してくれている。


 歩くと僅かに登っているような気がするのは、人口重力を作るためにこのブロック全体が回転しているせいだろう。それを感じられるという事は、このステーションがさほど大きくないことを示している。


 そのことにハシモトは少し残念な思いになった。アルファ・ケンタウリの軌道ステーションは昔のアニメに出てきたコロニーの様に、とても大きな街だという話を聞いていたからだ。どうやらここはそこではないらしい。


 もっとも自分は金持ちの観光客ではないし、一応は公務でここにきているのだから、貨物用のステーションに送られたとしても文句は言えない。


 通路を少し歩くと、部屋から二人連れの女性達が話をしながら出てくるのが見えた。胸元に赤い十字の印がついている白い薄手の制服を着ている。どうやらこのステーションの医療スタッフらしい。


 二人とも見かけは若いが、このご時世では見かけが真の年齢を表しているとは限らない。その一人、赤毛の少しくせ毛の女性が少し目を潤ませながら、隣の黒髪の女性に向かって何かを訴えかけていた。


「そうなのよ。急に連絡が取れなくなってしまったの。通信がひっ迫しているから、個人向けのものは抑制されているせいだという話なんだけど、単に無視されているだけかも。もう私達はおしまいなのかな……」


「通信のひっ迫はよくあることじゃない。おそらく前の輸送船の事故のせいだと思うわ。だから心配しないで。彼があなたの事を忘れたりするわけないでしょう」


 ハシモトは思わず足を止めて二人の女性を見つめた。二人はハシモトをちらりと見ると、少し怪訝そうな顔をしたが、そのまま横を通り過ぎていく。


「まだ転送を経験していない若い女性が普通にいるとは……。流石は外宇宙だな」


 ハシモトの口から感嘆の声が漏れた。さらに心の中で『しかも赤毛のくせ毛の』と付け加える。どういう訳か、ハシモトは赤毛の女性が好みという性癖があった。その理由はと言うと、実は自分でもよく分かってはいない。


 出来る事なら、このまま後を追いかけて連絡先を聞きたいところだったが、一応は公務でここに来ていることを思い出すと、小さく肩をすくめて矢印に従って歩き始める。だがすぐにその足を止めた。緊急のハッチを兼ねた小さな展望室が見えたのだ。

 

 足元の緑の矢印はその先を示していたが、ハシモトはそれを無視すると、ハッチをくぐって展望室へと入った。その向こうにアルファ・ケンタウリの居住可能な惑星、かっては「Candidate-1」と呼ばれていた惑星の姿が目に入る。


 もともとこの惑星がハビタブルゾーン内にあることは21世紀の初頭には確認されていた。今では二酸化炭素量の調節により温暖化され、水をたたえた惑星になっている。


 その姿は地球と差があまり無い様にすら思えたが、その大部分は海であり、群島の先にこの星の唯一の大陸であるザザーランドが赤く見えた。その姿は地球における人類発祥の地、アフリカ大陸をどことなく思い出させる形をしている。


 そこを飛び出して以来、人類は歩みを止めることなく、とうとう他の恒星系にまで進出したのだ。フロンティアを求めるのは人類のDNAに深く刻み込まれた性、あるいは呪いと言うべき物なのかもしれない。


 ハシモトはその惑星の先に通貨ほどの大きさに輝く光に視線を向けた。この惑星の主星であるアルファ・ケンタウリAだ。その明かりは黄色、太陽と同じG型スペクトルを放っている。


 その横に他の星々を圧してオレンジ色に光るもう一つの恒星が見えた。その存在がここは決して故郷の太陽系ではないことを示している。この恒星系を構成する三重連星の一つ、アルファ・ケンタウリAの兄弟星であるアルファ・ケンタウリBだった。


 さらにその横で、火星を思わせる赤い光を放っている星がる。AとBに比較すると、とても小さな赤色矮星のプロキシマ・ケンタウリだ。この複雑な三重連星系に、人類が居住可能な惑星があったことは、地球の存在と同様、まさに奇跡と言えた。


「あれはなんだ?」


 ハシモトの目がプロキシマ・ケンタウリの横に、さらに黄色く光る点を捉えた。ハシモトの知識によれば、そこにそんな星はない。


 しかもそれは地上で夜空を横切る航空機の様に、ゆっくりと動いている。宇宙空間で動いているのが分かるという事は、それは相当に高速な物体だ。


「フライング・ダッチマンか……」


 ハシモトの口から小さく言葉が漏れた。あの小さく黄色に光る点は、はるか遠くの地球からこの地に送られてきた宇宙船なのだ。


 恒星の重力をブレーキに使いつつ、積み荷を軌道ステーションの一つに送ると、本体は減速しきれぬままに、この恒星系の外へと去っていく。地球を旅立って以来、どこにも泊まることなく、ただ積み荷を下ろして去っていく彷徨える船。


 その主な積み荷は量子のもつれのはずだ。どんなに距離が離れていようが、瞬時に情報を伝えることが可能な物質を大量に積んでいる。


 素粒子における量子のもつれは、片側の状態が決定すると、どんなに距離が離れていても、瞬時にもう片側の状態が決まると言うものだ。それは光の速度を超えて情報を一瞬で伝えることが出来る、量子テレポーテーションを引き起こす。


 その現象は太陽系とここアルファ・ケンタウリとの間、光でも4.36年かかる距離であっても、即時の通信を可能にしてくれる。


 しかし情報が伝わるのがどれだけ一瞬であっても、もつれの片方を遠くの地に運ぶには、馴染み深い古典物理学の世界に従う必要があった。それを泥臭い方法で実現しているのが、あのフライング・ダッチマンだ。あれが地球を旅立ったのは百年以上も前の話だろう。


 通信だけではない。21世紀から始まった量子力学に基づく技術は、人類に第二の産業革命とでも呼ぶべきものをもたらした。今では超高速な量子コンピューターの基礎を始め、欠くことのできない社会基盤となっている。


 その技術はつい先ほどまで地球の軌道ステーションにいたハシモトのソウル、意識と記憶を、脳内におけるシナプスを巡る微弱な電気信号として読み取り、量子テレポーテーションによる通信回路を経由して、瞬時にこのアルファ・ケンタウリの地まで送り込むことすら可能にした。


 ハシモトはそれを研究、運用する組織の一員ではあったが、その技術はもはや魔法としか呼べない代物だと思っている。人類は不老不死の肉体を手に入れることはできなかったが、この技術により、脳内における意識、一般にソウルと人が呼ぶものを肉体から切り離して、別の肉体の脳に定着する技術を開発したのだ。


 それは長年の議論だった唯物論と唯心論の論争に決着をつけると同時に、人類に見かけ上の不死をもたらした。この技術の開発が進んだきっかけは、量子コンピューターを使った人間の脳の研究の第一人者、だれもが不世出の天才と認めた人物が、とある病気によりその寿命が限られていることが分かったことだった。


 彼の研究は彼以外では続けることなどできず、彼を失えば数十年、いや百年以上たっても彼の研究に追いつけないと思われた。そこで膨大な予算とともに、秘密裏に彼の脳における意識体を量子コンピューター上に再現する試みがなされた。


 倫理的には問題があっても、それが出来れば彼を失わないで済むばかりか、生命の持つ寿命と言う限界すらも超えて、永遠に研究を続けることができるからだ。


 その人物の天才的な発明の数々により、彼の意識は量子コンピューターの演算子及びメモリー空間へと移植された。そしてこれまで以上の速度で研究を続けた。最終的にその人物=意識体は、コンピューター上にソウルを維持するのではなく、調整された人間の脳の中にその意識体を転送する手段を確立する。


 その後、その人物の意識体、ソウルは量子コンピューター上から忽然と姿を消した。彼がどこに消えたのか、どうなったのかは未だに謎のままだ。その結果、それをテーマにした小説やら映画が山程作られている。そしてそのソウルの逃亡が、巨大な秘密の施設と研究の存在が世に漏れる発端ともなった。


 一部の者たちだけが不老不死を得ている。それを専有しているなどと言うのを世間が許すはずもない。その後に発生した歴史的なあれやこれやは奴隷貿易に匹敵する人類の黒歴史になる。


 倫理的、宗教的な争いだけでなく、テロから国家間の戦争まで様々なことを経て、その技術が一般に開放されると同時に、人口問題や寿命が伸びた人類の活動拠点として、太陽系外への進出が行われる事になった。人類とはその昔にアフリカを飛び出してからこの方、ともかくフロンティアというものがないと、仲間内でひたすらに内輪もめをする生き物と言うことらしい。


 しかし予想に反して、精神が肉体から分離し次の肉体を得られるようになっても、人類の人口が急激に増大してはいなかった。肉体的に若返ったとしても、精神は決して若返ることはない。それに誰もが何度も転送を望むわけではない。


 そんな世界の片隅で、量子コンピューターの維持管理の専門家であるハシモトは国際統合研究所の末席研究員として、ほんの僅かだけ人類の科学技術の発展に貢献しつつ、何度目かの転送を行って今に至っている。そして今日は肉体の寿命によらない初めての転送を体験して、地球、アルファ・ケンタウリAとの間を擬似的に移動してきたのだった。


 ハシモトは展望室で感嘆のため息を漏らしつつ、アルファ・ケンタウリAとその惑星であるCandidateを肉眼で見れた事に素直に感動していた。しかも転送してすぐに、まだ転送を経験していないと思われる赤毛の女性との出会いのおまけ付きだ。


「こんなところにいたんですね」


 背後から不意に聞こえた声にハシモトが振り返ると、深緑色の裾が長い上着を着た、肉体的にはまだ若く見える男性がこちらを見つめて立っている。


 その背後にはステーションの警備担当なのか、灰色の制服を着てヘルメットをかぶった人物も一緒にいた。ヘルメットのバイザーに隠れていて目が見えないため、人なのかそれを模したアンドロイドなのかは分からない。


「すいません。ともかくアルファ・ケンタウリAが見たくて足を止めてしまいました」


 ハシモトはその男性、明らかに鋭敏そうな雰囲気を漂わせている人物に向かって素直に頭を下げた。深緑色の服は内務省の制服だ。もしかしたら末席研究員とはいえ、一応は国際統合研究所の職員であるため、出迎えの人が来ていたのかもしれない。


 ハシモトとしては誰かが出迎えるとしても、起動ステーションからCondidateに降りてからだろうと勝手に思い込んでいたのだが、ここは地球ではない。個人が勝手にうろうろできる所ではなかった。


「こちらもあなたとお話がしたいと思っていましたので、丁度よかったです」


 そう言うと、その男性は背後の警備員に向かって顎をしゃくって見せた。その合図に警備員が操作したのか、緊急用のハッチを兼ねた小さな展望室の扉が閉まった。


「どうやら込み入った話の様ですね」


 ハシモトは内心のうんざりした気分が顔色に出ないように用心しながら、彼に向かって小さく頷いた。


 もしかしたらこの地の中央量子演算子に不調があるのかもしれない。この手の装置は最新の科学装置の最たるものでありながら、そのご機嫌を取るのには職人的な感に頼るところがあった。


「ええ、その通りです。実は秘密裏に閣議決定されたことがありましてね。その為の処置です」


「閣議決定?」


 男性からの予想もしていない言葉に、ハシモトは少し面食らった。研究所の末席も末席である自分に、政治が絡むような話が振ってくるとは思ってもいなかったからだ。


複写物(まがいもの)の規制とその取り締まりです」


複写物(まがいもの)?」


「はい。実は研究所のかなりの人員は様々な研究者のソウルのコピーなんです」


「えっ?」


「ソウルを脳に定着しないで、電子空間上に維持出来ることは彼の件でも証明されています。なのでスナップショットを取ることも可能ですよね?」


「可能ですが、データが膨大なのと、そもそもそれは倫理規定違反ではないのですか?」


「彼の件で味をしめましたからね、優秀な研究者をコピーして大量生産する誘惑にはなかなか勝てないとは思いませんか?」


「ですが、天才が複数いればそれが掛け算で効くとは限りませんよ。むしろ足の引っ張り合いになると思います」


「その通りです。天才と言うのは沢山いても役に立たない。それについてはかなり早い段階で顕在化しました。むしろ必要なのはチームとしてそれを遂行する手足となる助手の方なんです。つまりあなたの様な立場の方々です」


 そう告げた男の目には冷酷な光が宿っているのにハシモトは気が付いた。どうやら質の悪い冗談の類ではないらしい。


「つまり、あなたは私が――」


「あなたのオリジナルは彼の助手の一人なんです。まあ、研究者としてはさほど優秀ではありませんが、言われたことを着実に文句も言わずにやるのだけが取り柄の方でしたけどね」


「ちょっと待ってください。これでも生まれてからこの方、そんなコピーが行われたような……」


「残念ながら転送時にあなたがそれを認知することはできません。なにせコピーですからね。その前の記憶との連続性は担保されています。その程度の事は私が説明しなくても、あなたの方が専門家ですからよくご存じのはずでは?」


 そう言うと、男は小さく肩をすくめて見せた。ハシモトの背に冷たい汗が流れる。


「まさか、この出張は――」


「ええ、地球上だと色々と差しさわりがあるので、こちらに来ていただいたという訳です。それにあなたは若い女性が多くいる外宇宙に一度行ってみたいと、日頃から同僚に言われていたそうですから、せめて最後ぐらいは希望をかなえてあげようと言う意味もあるのかもしれませんね」


「そんな馬鹿な……」


 ハシモトは思わずうめき声をあげた。だがすぐにこの問題における根本的な問題に気が付いた。


「ですが、この件については倫理的な問題がありますね」


 ハシモトは努めて冷静な声を保ちつつ男に声を掛けた。


「完全なコピーであるならば、それはどちらも本物です。これは非合法な殺人そのものですよ」


 この男に倫理的な問題を指摘しても、意味があるかどうかは分からない。だがこの場を切り抜けるには議論でも何でもいい、何かが必要だ。


 人類は唯物論と唯心論の争いに決着をつけ、ソウルの転送を可能にした今でも、死後については何も解明出来ていない。そこには昔と同じく未だに未知なるものが広がっている。ハシモトはその未知なる死に直面していた。


「これは私の説明がよくありませんでしたね」


 ハシモトに向かって男性が小さくため息をついた。


「完全なコピーとは言っていません。本物側にはある種の透かしが入っていて、コピー側にはそれがないんです」


「はあ? ソウルに透かしなんてものがあるわけないだろう!」


 男の言葉に、ここまで精いっぱいの虚勢を張っていたハシモトの精神のタガが外れた。いや、末席の研究者としての意地がそう叫ばせたのかもしれない。


「先ほどあなたは廊下で赤毛の女性スタッフに会った時に、立ち止まって彼女を視線で追いましたね?」


「それが何か? 失礼だったとは思いますが、男性として若くて美しい女性を見た際の、極めて普通の反応ではないですか?」


「違いますよ。あなたは赤毛のくせ毛の女性が大好きなんです。それはこちらもよく分かっています。でもあなたはそれがどうしてなのか、私に説明することができますか?」


「え、そ、それは――」


「それが本物にある透かしなんです」


「つまり……」


「ええ、本物は誰かがそれを聞いたりしたら、小一時間はその素晴らしさについて語り続けるんです。たとえ私がもう十分ですと言ってもですよ」


 ハシモトは赤毛の女性の素晴らしさについて、一生懸命にそれを説明するセリフを考えようとした。だがソウルの中にぽっかりと穴が空いてるかの様に、何も浮かんでこない。


「ご理解いただけましたか? あなたの処置については、痛みなどを一切感じることがないように、適切な医学的処理をすることになっていますので、その点については安心してください。そもそもこのステーション自体が、その処置を目的として作られたものなのです」


「もしかして彼女達も?」


 ハシモトは廊下で会った赤毛の医療スタッフの姿を思い浮かべた。


「彼女達はここのスタッフですが、ここの目的については知りません。あの子達が登場するのは計画された事故の後、検死のタイミングですからね」


 男の態度と台詞に、ハシモトはここで生き延びることを素直にあきらめた。なんだかんだと言っても、自分は何世代分もの人生を生きられたのだ。かつては地上でもっとも権力と富を持っている人物でさえも、成し得なかったことだ。


「分かりました。一つだけ、最後のお願いをさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 一部が欠落したコピーだろうがなんだろうが、人は己のソウルに忠実であらねばならない。ここでソウルがその使命を終えるのであれば尚更だ。


「私の権限で可能なものであるなら」


 泣きわめくとか、抵抗するとか思っていたのだろうか、男はハシモトの方を見ると、少し当惑した表情を浮かべた。


「私の検死官には、先ほどの赤毛の女性を任じて頂きたい」


 自分の言葉に男が小さく頷いたのを見ると、ハシモト・G・ウラヌスはその壮年標準タイプAの顔に、とても満足げな笑みを浮かべて見せた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハシモト、歓喜の死! 最後に、おおう、となる得意業ですね。 [一言] 赤毛への執着にひそむものが気になります。
[良い点]  SFとサスペンスのバランスが見事でした。  この手の話と、ハシモトさんの文脈は相性が良い様に感じましたよ。  それと失礼を承知で言いますが、かなり文章力が上がりましたよね!  やはり、…
[一言] タイトルに釣られました。まだ読んでないので読了しましたら感想を書かせていただきますね。
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