25(3章2)
今回も、読んでくださってありがとうございます。
「1、2、3、1、2、3、」
ここは王都の辺境伯のタウンハウス。舞踏会に赴くとあれば、ダンスの練習も怠るわけにはいかない。こういうイベントにとんとご縁のなかった子爵令嬢の私でも、一応最低限のダンスの心得はある。だがしかし、辺境伯の子息と側近ともなれば、その所作すら一々優雅だ。
その一流のマナーに負けずとも劣らないのがブリジットである。準男爵家四女という微妙な立場の彼女であるが、いずれ子供たちのほとんどは平民として暮らして行かなければならないため、決して豊かとは言えない暮らしの中で、彼女の一家は教育に熱心であった。貴族の家庭教師として人気のあったバートン夫人と、兄姉たちの助けを受け、身分は低くとも、彼女の持つ素養と教養は輝かしいものがある。もっと高位の貴族の生まれであったなら、男子であったなら、よほどの傑物となったに違いない。
そんなバートン夫人や彼女の兄姉に、一緒に教育してもらったはずの私は、まあ通り一遍というか、平たく言うとみそっかすだ。もともと出来が微妙だったのもあるし、彼らも流石に寄り親の子爵家の令嬢には厳しくできなかったのもある。また、貴族と言っても所詮子爵令嬢、そんなに高位の貴族家に嫁ぐこともないだろうし、そこそこ出来ればいい。「お嬢様、よく出来ました」その言葉を鵜呑みにして、これまで漫然と生きてきた。その結果を、今まざまざと見せつけられている。一流って、格が違うんだなぁ。
なお、ダンスのレッスンの相手はおのずと決まっていた。デイモン閣下のお相手は、同じグレードのダンスが出来るブリジット一択。そしてエリオット氏には、現在猛然とアタックを仕掛けているセシリーちゃん。「私、男性が怖くて…」という男性恐怖症設定で、まんまとエリオット氏を女装させている。美少女同士がペアを組み、片方が耳まで真っ赤になりながら、もう片方が微妙にデレデレしながら踊る姿は非常にシュールだ。ちなみに前世でテニス部だった彼、運動神経やバランス感覚に優れていて、平民ながら私より余程優雅なステップを踏む。
「まあまあ、こんなのは付け焼き刃で十分ですから」
仕方なく私の相手をするフェリックス氏が慰める。まあね、ダンスなんてもの飾りです。お偉い方にはそれが分からんのです。
学園の実習室は、今や舞踏会に出席する子女で予約がいっぱい。しかも今回、私たち一行は、サプライズで殴り込みをかけることになっているため、こうしてタウンハウスでのプライベートレッスンとなっている。いつメン以外に、このダンスの格差を見られないことが、せめてもの救いだ。フェリックス氏に相手をしてもらいながら、そういえばブリジットのお兄ちゃんにこうしてダンスを教えてもらったなあ、と思い出す。思えばあれが初恋だったかもしれない。もちろん、準男爵家の次男三男といえば、成人以降は平民として生きなければならない。子爵家子女の私には、端から叶わぬ恋であった。
私が言いたいのは一言。リア充爆ぜろ。
さて、そんな私たちを尻目に、私たちを巻き込んだ当の本人であるグロリア様は、ほとんどタウンハウスに不在であった。ここ半年ほど、実家やあちこちに飛び回っているとか。夏休みの最初に辺境伯家にお邪魔した時にも不在だったのも、そのせいらしい。というのも、冬に起きた一部貴族の失踪事件、それがご実家のギャラガー侯爵家にも関わっていたのだとか。
まず義母が失踪した。ギャラガー家を我が物として君臨していた女帝が、杳として姿を消したことに、一族大慌て。時を同じくして、彼女の実家のハーミット男爵家の一族も姿を消したらしい。のちに寄り親であるギャラガー侯爵の使いが男爵家を訪ねてみると、日用品や食べかけの料理、ついその日まで人が生活をしていたような様子であったらしい。
その後、義母に一族経営を任せっきりにしていた侯爵が、侯爵家の内情を調査したところ、おびただしい浪費とハーミット家への尋常ではない横流しを発見。そして当のハーミット家では、ロクに領地経営をすることもなく、最低限の運営を代官に丸投げして、あとは怪しげな魔道具や遺跡の調査に財を費やしていたそうだ。
「ハーミット家って…」
そう。ハーミット家というのは、「ラブきゅん学園」に登場する、あのD組の男爵令嬢の家だ。元々は、代々考古学を専門とする研究者を輩出する文官の一家であったが、いつからか、人ではない者たちにすり替わっていたらしい。あの、主人公の最初の友人であり、ゲームのナビゲーターというかお助けキャラ、兼、シークレット攻略対象である彼女。あのルートのどんでん返しは、発売後しばらくしてから界隈で相当話題になったが、今更こうして私たちに関わって来るとは。
ということは、今の王妃も王太子も、魔族の血が入ってるっていうことだ。なるほど、だから王太子のバッドエンドはヤンデレ仕様なのか。
正気に戻ったギャラガー侯爵、つまりグロリア様のお父上は、今まで自分はなぜあのような未亡人に侯爵家の経営の全てを任せていたのか、まったく思い出せないらしい。というより、溺愛する元夫人が亡くなってから20年ほどの記憶が曖昧なのだという。幸い、次期侯爵であるグロリア様の弟君は、義母に疎まれて侯爵家から遠ざけられ、実母の生家である伯爵家で大切に育てられたため、立派な好青年に育ち、今、ガタガタになったギャラガー家を、姉弟力を合わせて立て直している最中なのだそうだ。
そのせいか、最近王妃が荒れているらしい。自分の生家の一族が、全員謎の失踪ということに加えて、頼みの綱である侯爵家の後ろ盾も失いそうである。しかも、追い出したはずの邪魔者の義姉が、我が物顔で侯爵家に入り浸り、取り仕切っているというではないか。面白くない。今度の舞踏会こそ恥をかかせてやる。これまでは、穏やかな笑みを絶やさず、皆に愛される王妃として知られていたのだが、近頃はその恐ろしい裏の顔を隠そうともしない。いや、本当は最初から隠してなどいなかったのかも知れない。私たちは、王妃の何を見ていたのだろう。ギャラガー侯爵のみならず、王宮の皆が、狐につままれたかのように、正気を取り戻しつつあった。
ラブきゅん学園をプレイしていた時には「なんじゃそりゃ」で済んだ隠しルートとその顛末であったが、実際体験してみるとえげつない。今度日本に生まれ変わって、ゲーム会社に就職する機会があったら、下手に突飛な設定は織り込まないでおこうと決意するのであった。そんな機会は訪れそうにないが。
純粋な魔族の皆様は、魔王様の宝玉が砕かれたと同時に魔界へお帰りになり、魔族の血を引くご家族はこちらにお残りになった、という設定でございます。
あとがきに設定を書かないと話が成り立たないポンコツスタイル。
そんなポンコツストーリーですが、今回も、読んでくださってありがとうございます。
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