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6、高木さんとあたし

 事務所に帰ると辞めたはずの青井さんがいた。背広姿で、何かの書類を取りに来たようだった。


「おお……、仕事、慣れたか?」


 あたしを見ると、なんだか話しにくそうに言った。


 正直、青井さんが残して行ってくれた例の噂のせいで、あたしは常識ないやつのレッテルを貼られ、みんなのあたしを見る目が冷たくて、居心地は悪くなっている。でも、それはあたしにコミュ力がないせいでもある。


 あたしは皮肉も込めて、笑顔で答えた。

「青井さんがしっかり教えてくださったので、ちゃんと仕事できてますよー」


「そ、そうか……」

 目を逸らしながら、青井さんは逃げるように出て行った。

「頑張れよ」





 慣れたことは慣れた。でも、やっぱりあたしの仕事ぶりは遅かった。

 ベテランの人なんかを見ると、物凄い速さで大型の荷室を30分もかからずに空にする。あたしは軽く1時間はかかる。

 体力のせいもある。しかし、あたしはどうも『投げる』ということが出来なかった。速い人はローラーの上に荷物をばしばし放り投げるのだ。壊れ物だろうが、あまり勢いをつけると誰かが怪我をしそうな重量物だろうが、構わずに。


「いいね〜! やっぱり○○さんと仕事すると気持ちええわ〜!」

 新開さんが猛スピードで流れて来る30kgの小豆のぎっしり詰まった凶器のような缶を軽く捌きながら、ピンク色の声で褒める。


「愛ちゃんが引きしてくれるとこっちもサクサク仕事できて助かるぜ〜」

 荷室からベテランドライバーさんの大声が新開(愛?)さんを褒め返す。


 あたしは別世界で働く人のように、ノロノロと、しかも特に丁寧でもなく、段ボール箱を荷室から降ろし続けた。


 手が空いたらしく、高木さんが引きをやってくれた。

 みんながあまりに速く荷物を降ろし、ローラー上を飽和状態にしてしまうので、しょっちゅう仕事が滞る。

 ローラーが長い停止状態になると、みんなすることがなくなって近くの人と会話を始める。


「美咲ちゃん」

 高木さんが話しかけて来た。

「降ろすの、速くなったね」


「そんなことないですよ〜」

 あたしはちょっとだけ新開さんの愛嬌がある時の口調を真似して、言った。

「高木さんの引きがサクサクだから助かってるだけですぅ〜」


「ぶふっ、ぶふっ」

 そんな笑い方をする人だった。

「美咲ちゃんがいてくれると、僕も助かるんだよね」


 気弱そうな高木さんの顔に、少し見下すような色が浮かんだ。


「助けられるほどのことはしてませんよ〜」


 あたしがそう言って手を振ると、『コイツわかってねぇな』みたいな目で見られた。


「僕ら仕事が出来ない同士、仲良くやろうよ」


「は?」


「仕事が速い人に合わせる必要、ないんだよね。僕らは仲間だよ。仕事が遅いのが僕1人だったらどうしようもないけど、美咲ちゃんがいてくれたら僕も気にする必要がないんだよね。そういう意味で、助かるんだよね」


「あたし、いつまでも遅いままでいようとは思ってないですよ」

 カチンと来たので、言い返した。

「そのうちみんなの迷惑にならないくらい、出来る人になってみせますから」


「それじゃ困るよ」

 気弱そうな笑顔の裏に何かが潜んでいた。

「僕を一人にしないでよ」


 そこへ横から新開さんがやって来た。


「あたし、引きやるから、おっちゃんも中に入って」

 高木さんにそう指示する。


 遅い2人だから2人がかりで降ろせばちょうど1人前になると思われたようだった。


 高木さんはあたしのいる荷室に入って来ると、ゴムを貼った黒い手袋を嵌めた。


「僕、高いところの降ろすから。美咲ちゃんは低いところ片付けてよ」


 あたしは164cmあるので女子としては背が高い。でも高木さんは180cmはありそうだ。山中さんと同じぐらい弱そうながら、背の高さだけはある。確かに一番高い山には踏み台を使わないとあたしは手が届かなかったので、高木さんが言うことにうなずいた。


 ローラーが再び動き出した。


 2人で荷物をローラーに乗せ、引きをしてくれる新開さんに向かって、送った。


「ぶぇっ、ぶえっ」


 高木さんがそんな湿っぽい掛け声とともに動くので、申し訳ないながら少し気持ちが悪かった。せめて「ほいっ、ほいっ」とかにしてくれないかなと思った。

 それでも気にしないようにして、あたしが作業を続けていると、ローラーに段ボール箱を置いたあたしの手をめがけて、上から高木さんが荷物を投げ下ろして来た。


 20kg以上ある段ボール箱の角がのしかかって来て、置いた荷物との間であたしの右手を挟み、グキッというような音をあたしは聞いて、思わず悲鳴を上げた。


「あー、ごめん、ごめん」

 高木さんが歪んだ笑顔で謝って来る。

「ごめんね? 美咲ちゃん、大丈夫?」


 手の甲から真っ二つにされたかと思った。見たらちゃんと手は繋がっていた。手袋を脱いでみると怪我はない。でもじんじん痺れていて、まともに動かせなかった。


「でも、いいから。手を止めないでね」

 高木さんが言った。

「遅い、遅いって言われるよ? 嫌だったら、動いてね」


 信じられないものを見るように、あたしは高木さんを見た。

 明らかにわざとだった。ざまぁみろというような笑顔がそれを物語っている。


 続けたら、またやられる。そう感じた。


「早く。何してるんだ?」

 高木さんの顔が怖くなった。

「仕事中だぞ? 手を止めるんじゃない!」


 すぐ外にいる新開さんのほうを、助けを求めるように見た。


「何やっとんねん!」

 新開さんの罵声が飛んで来た。

「あんたのトラックやろが! 何、手伝いの人に全部やらせて自分は楽してんねん! ええ加減にせぇや!」


「遅い! 遅いなあ、美咲ちゃん!」

 高木さんの言い方は嘲笑うようだった。

「遅いよ! 手が遅すぎるよ! 何やってんだ? 信じられないよ!」




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― 新着の感想 ―
そう言えば、昔とある発着場で客から預かった荷物をポイポイ投げてるヤツを見た事あるなあ。 歩かなくていいから楽なのか、力自慢をしたいのかは解らんけど。
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