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5、馬駒さんと高木さん

 トラックドライバーの仕事をやっていると、みんないつもどこかへ出ているので、顔を合わせることがあまりない。

 仲のいいドライバーさん同士なら電話でいつも話をしているようだが、あたしは何か困ったことでもなければ誰かに電話をすることはないし、あたしに電話をかけて来るのもほぼ2人だけだった。


 山中さんから電話がかかって来ると、いつもほっこりしながらそれを受けた。話の内容はあたしの行ったことのある降ろし先に初めて行くので手順を教えてほしいみたいなことや「今、どこを走ってる?」みたいなものばっかりだったが、あたしは山中さんと会話していると自然に笑顔になった。


 馬駒まこまさんからの電話には居留守を使うことが多かった。どうせ何の用もないくせにかけて来んなよと思ったが、無視してもしつこくかけて来るので仕方なく受けた。


『よう、美咲ちゃん。仕事には慣れたか?』


 キザっぽい喋り方が鼻につく。


「もう入って半年以上ですよ?」

 あたしはうんざりした言い方で返した。

「どんだけポンコツだと思ってるんですか」


『まあまあ、あんまりツンケンすんなよ。今度、一緒にフィリピンパブ行かねーか?』


「それって女の子連れて行くところじゃないんじゃ……」


『じゃ、立ち飲み屋。立ち飲み屋行こうぜ。っていうか久しく顔合わせてねーよな? どうだ? 顔、変わってねぇか?』


「そんなに顔ってコロコロ変わるものじゃないと思いますよ」

 思わずクスッと笑ってしまった。


『なんにもしねーからよ、付き合えよ。いいだろ』


「考えときます」

 便利なセリフで返した。


『ところで今、何やってんだ? まだ青井さんから引き継いだアレやってんのか?』


「そうですよ」


『よくやるな。俺はアレは絶対やらねーって前もって宣言してあるよ。古株のやつら偉そうにしててよ、顎でコキ使って来るだろ? あ、女の子だからちゃんとチヤホヤしてもらってるのか』


「されてないですよ。ちゃんとコキ使ってもらってます」


『でも人気者だろ? 男の仕事場に女の子が1人。気遣ってもらえてるんじゃないの?』


「手が遅いんで、ちゃんと邪魔がられてますよ。なるべく迷惑にならないよう頑張ってるつもりではいますけど……。それに他にもう1人、女性いるんで」


『おっ? 可愛い娘かい?』


「可愛いかどうかはわかりませんけど人気者ですよ」


『へえ! 俺もそっち行こうかな!』


「仕事替わります?」


『やっぱやめとく』

 カッカッカッと馬駒さんは笑う。

『他はオッサンばかりだろ? 大丈夫か? セクハラとかされてねーか?』


 助手席にコンドーム用意してあたしを乗せた誰かさんじゃあるまいし、と思いながら、答えた。


「どっちかっていうと、女扱いされてないどころか、人間扱いされてないですよ」


 馬駒さんが電話の向こうでまたカッカッカッと笑う。


「でも最近、他の運送会社のおじさんがよく話しかけてくれるんで、ちょっとは居心地よくなったかな」


『ヘェ。なんてやつ?』


「高木さん」


『高木?』

 馬駒さんが何やら考え込んだ。

『もしかして○○運送の高木か?』


「あ、そうです。馬駒さん、ご存知なんですか?」


『気をつけろ、美咲ちゃん』


「え?」


『そいつ、前に同じM屋の配送の仕事で一緒だったんだけどよ。……仕事のトレぇやつだろ?』


「あ、まあ……。遅いっていえば、遅いですね」


『自分が一番下にならねぇように、自分より下を作りたがるんだ、そいつ』


「え? 優しい人ですよ?」


『そう。優しい人間の振りして、他の仕事遅いやつに気さくに近づいて、罠に嵌めるんだ。俺は見たんだ、高木が若い兄ちゃんにマウント取ってるのを』


「まさかぁ」


『嘘だと思うんだな? 本当だったらアレだぞ? ホテルに付き合え。いいな? 約束だぞ?』


「嫌ですけど」


『まぁ、忠告してやったからな。気をつけろよ? 本当だったら俺を思い出せよ? あと大型初心者のくせに運転、無理すんなよ? 初心者のうちは無茶な運転しがちだ。俺の忠告は守ったほうがいいぜ?』


「馬駒さんこそ横断歩道に歩行者いたらちゃんと停まってくださいよ。青井さんみたいにならないでくださいね」


『ハハッ! 俺は青井さんとはちげーよ』


「本当かなぁ」


『あっ。あと山中のジジイにも気をつけろよ?』


「なんで!?」


『美咲ちゃん、ジジイと仲良しみてーだけどよ。あのジジイの顔見て、なんか思わねーか?』


「何か……とは?」


『あいつの顔、不自然な深い皺だらけだろ? あれ、皺じゃなくて、どう見てもきずだぜ?』


「きず……」


『たぶん若い頃に人とか殺してるぜ、あれは。美咲ちゃんもあんまり仲良くするとそのうち殺されるかもしれんぞ?』


「あ。ぼちぼち現場着くんで。切りますよ」


『おう。頑張れよ』


 あたしは電話を切った。現場まではまだ20分ぐらい距離があった。


 あたしは馬駒さんの言うことを鵜呑みにはしなかった。火のないところに煙は立たない。でも、それがどんな火なのかは、自分の目で確認する。

 もしかしたら高木さんは過去に一度だけ、不可抗力で若いドライバーさんとトラブルになったことがあって、その現場をたまたま馬駒さんが見ていただけなのかもしれない。

 あたしが認めるプロドライバーの山中さんも、初心者の頃に小さな事故を続けて起こしたことをいまだに言われているのだ。また、みんなと仲良くしない人はそういう悪い噂を立てられやすい。


 あたしは馬駒さんの忠告を無視した。


 山中さんからの忠告だったら気をつけるぐらいはしていたかもしれない。



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― 新着の感想 ―
う~ん、この忠告は真面目っぽいけど。 先入観はやはり侮れないなあ。
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