4、新開さんと高木さん
あたしは青井さんから引き継いだ集荷の仕事を続けた。
取引先の敷地内にある倉庫で12時から17時まで段ボールの荷物を積み込み、18時までにS急便のセンターに着いて、それをローラーに流す。
少しでも到着が遅れると罵声が飛んで来る。時間に余裕はあるが、モタモタしていると手が遅いと言ってあっちこっちから野次のようなものも飛んで来た。
いかにも体育会系の仕事場は、馴染んで上に立っている人にとっては天国で、下っ端は奴隷扱いだった。あたしはペコペコ謝りながら、それでも続けた。負けてたまるかと思ったわけではない。ただ歯を食いしばることも、辞めることも、何も出来ない雑魚だっただけだ。
あたしの他にもう1人、現場で作業をする女性がいた。新開さんという30歳代前半の人で、いかにも元ヤンキーといった感じの人だ。
「それでさ、あれでさ。そうなんだよね〜。キャハハ!」
広いセンター内のどこにいても、いつも彼女がおじさん達に愛嬌を振り撒く声が聞こえていた。
あたしは新開さんと会話したことがなかった。たまにあたしがトラックの中のローラーから荷物を滑らせて降ろしている時に、下で引き作業を手伝いに来てくれたが、機嫌悪そうな顔をして黙々と作業をするか、隣のおじさんと黄色い声で会話するかだった。
今日も新開さんが手伝いに来てくれたが、近くに他のドライバーさんも社員さんもいないので、ただ黙々とこちらに背中を向けていた。
「ありがとうございます」
すべての荷物を降ろし終え、新開さんにお礼を言った。
新開さんは化粧の濃い目であたしを一瞥すると、軽蔑するような口調で言った。
「あんたトロいわ。ここの仕事はスポーツやねん。みんなに迷惑かけるんやったら早よ、辞めりや」
「すみません……」
あたしが謝ると、ぷいっと顔を背けて向こうへ行ってしまった。
新開さんは体格がとてもいい。巨漢というほどではないが、猪のようにがっしりしていて、若い頃は相撲でもやっていたのだろうかと思わせる。彼女に比べたらあたしなんかつまようじだ。あの体格があればあたしももっと速く力強く荷物を捌けるようになるのだろうか。
とにかくはっきりと物を言う人で、おじさん達には媚を振り撒いていたが、手の遅いおじさんを見ると、うざそうに言った。
「おじさぁ〜ん。手、遅いよ〜」
「早く早く! 早よしぃ〜な!」
「気合入れんかいな! それで全力? 信じられへんわ」
すべて降ろし終えたおじさんが出て来てお礼を言う前にさっさとどこかへ行ってしまう。
おじさんは小さな運送会社のドライバーさんで、見た目がとても弱そうな人だった。新開さんの背中を見送りながら困ったような笑いを浮かべた。
隣で他のドライバーさんの引き作業を手伝っているあたしのほうに顔を向けた。弱そうな笑顔でぺこりと頭を下げて来る。あたしも頭を下げ返した。
「新開さんって、キツい人だよね」
トラックをバースから退けて戻って来たさっきのおじさんがあたしに話しかけて来た。
「仕事に厳しいだけですよ。気にしちゃダメです」
あたしはにっこり、彼女とおじさんを同時にフォローした。
「でも彼女、派遣だよね?」
おじさんは新開さんに聞こえないように気をつけながら、言った。
「派遣社員が仕事に厳しいなんて、おかしいよね」
「仕事が出来るから、出来ない人を見るとイライラしちゃうだけですよ、きっと」
そう言って、失言に気づいて言い直した。
「あ! おじさんがじゃなくて、あたしのことですよ。出来ない人っていうのは」
「高木と言います」
おじさんと呼ばれるのが嫌なのか、自己紹介された。
「あなたは?」
「山崎です」
「下の名前は?」
「美咲ですけど……」
「美咲ちゃんかあ。女の子はやっぱり下の名前で呼びたいからね」
高木さんは気の弱そうな顔を笑わせて、似合わない感じの気さくさで言った。
「つい最近、この仕事始めました。これからどうぞよろしくね」
気さくに話しかけて来てくれる人なんて、ここでは他にいなかったので、嬉しかった。正直仲良くなるのは面倒臭いとは思ったけど、たまにここでだけ顔を合わせて笑い合えるなら楽しくなっていいかと思っていた。
まさかこの何も出来なさそうな、人の良さそうなおじさんが、あんなことを企んでいただなんて、世間知らずなあたしには気づく術もなかった。




