アルデバラン
第1部隊。
リゲルとポルクスが地下道造りに邁進している時、西の海から北部へ上陸しようとしている第1隊およそ、2000名は高波と氷山との戦いであった。
龍国北部は凍てついた大地であり、冷山が王都のある中央と隔てていることから、冬場は移動の手段が断たれていた。故に北部から中央もしくは、中央から北部へ行くには冷山を越えるか海から渡るかのいずれかの選択肢を余儀なくされている。
西の海は冬場以外は穏やかな海であり、特段問題はないが、冬場は北部に近づく程、氷山との遭遇率が上がることから、速度はでないもののゆっくりと進むしかなかった。
氷山との遭遇を考慮すると大きな艦隊で進むよりも小型の船で人数を分けて進んだ方が効率が良い。
加えて、航路も別々にとり、全滅という危機を回避する。
第1部隊に、アルデバランという男がいた。アルデバランとは王家の星の異名を持ち、その名を東の王と言う。アルデバランの他に王家の星の名を持つ者は後4名いる。
王家の星は己が人ではないことを知っている。彼らは言わば聖霊のような存在で、誠の王に足る人物が現れた時のみに、その異能の力を発すると言われている。
リゲルとポルクスが地下道を作っているのをアルデバランは気がついていたが、何も手助けをしようとしなかった。
地下道は何も侵略を目論む者の目眩しだけではない。整備をしたら、北部と中央を繋ぐ交通の要所になり、冬場の寒さを凌ぐため、北部の民が中央に来ることも可能である。
(地下道を造るだけでも相当な体力を使う。昼間は指揮官の役割もある。この少年達はこの部隊のために、氷山を取り除く余力はあるのだろうか)
アルデバランは船の準備をしながら、北部の海のことを思っていた。アルデバランの千里眼では、氷山が彼方此方に存在しており、やはり取り除く事ができなかったようだ。
(やはり、誠の王たる者はそう易々と現れるわけではない)
そのように思い、アルデバランは床についた。
西の海に船を出航する日の早朝、アルデバランは武者震いを感じて目を覚ました。
(この高揚するような感覚は一体………)
海辺の小さな宿やから外に出ると明らかに昨夜より温かな風が頬を掠める。
アルデバランは本能と言っても良いほど、咄嗟に千里眼で西の海の様子を見ると、小さな氷山はまだあるものの大きな氷山や見えにくいものは明らかに取り除かれていた。
(誠の王………)
アルデバランは思わず口に手を置き、嗚咽にも似た声が漏れ、思わず駆け出していた。
空を切るように走り、水中を駆けていく。そのうち水中から空中を駆け出し、左手に微かだが暁光を纏いし少年を目視で確認した。
少年は大型の鳥の背に乗り、緑の瞳を皿のように丸くして、アルデバランの姿を見る。
「王よ………」
アルデバランの呟きに少年は嫌そうな顔を浮かべ、全力で否定をする。
「………勘違いです。私は王ではありません」
(あれ? 何かおかしい)
アルデバランは高揚していた感情をゆっくりと落ち着かせていた。
アルデバランの想像では熱烈大歓迎という状況で、互いに手と手を取り、苦楽を分かち合う、そのような場面を夢見ていたが、現実は想像とはだいぶ異なっていた。
「あ、私、ロイヤルスターの一人、アルデバランと言います。あの、残りの氷山、僕もお手伝いします」
「あなたが? 宙に浮いているだけの異能をお持ちだから、それも可能でしょうが、なぜ?」
「あ、え、王のために行いたいのです」
リゲルは再度嫌そうな顔をする。
「王ではありません」
アルデバランは思いの外、適応能力の高い男であった。
(王じゃないって言われた。2回も。この人、自覚ないタイプ? それとも本当に間違った? でも、左手光ったんだけどな)
アルデバランは繁々とリゲルを見て、悩み始める。
(王じゃないなら何故、左手に光が見えた?)
硬直しているリゲルとアルデバランを仲介するように鳥の姿のポルクスが発する。
「ロイヤルスターは6,000年前に存在していた聖霊にも似た存在だと書物で読みました。王を支える盾となる者と聞きましたがらあなたがそれだと?」
「はい。精霊というには些か、見栄えはしませんが」
ポルクスはわざと羽音を立てる。
「今はこの氷山を処理するのが先決。話は後でしましょう」
アルデバランは首を縦に振る。
「では、私が対応します」
アルデバランの返答を聞く前にリゲルが左手から炎を出した。その矢先、空から大量の流星が地上へと流れ落ちてきた。
リゲルは咄嗟の出来事で炎を出すのを止めると、アルデバランを見た。
アルデバランは両手を空高く上げていた。
「ロイヤルスターとは、このようなこともできます」
海辺に浮遊していた氷山がみるみる溶けていく。
リゲルとポルクスが周囲を見渡すと、氷山だけではなく、その周囲に積もっていた雪も消えていく。それは冷山に積もっていた雪も、まるで最初からそこになかったかのように消えていく。
「誠の君子が現れた時のみ、使うことができる能力です」
(やはり、此の人は王なのだ)
アルデバランはそのように思っていた。
暫く経ったのち、氷山がなくなったので、アルデバランは流星を降らせるのをやめた。
リゲル、ポルクス、アルデバランは目立たぬよう地上に降りると、リゲルの作った地下道に移動し話し始めた。
「つまり、リゲルが王であると思ったのは、リゲルの左手が光ったから、ということですか?」
ポルクスの言葉にアルデバランは頷く。
「左手が光ったのは、夜明け前に炎を出していたからだと思います。遠目で見て違いなどわからないのでは?」
「そう言われると自信がなくなりますが、ロイヤルスターとしての力を使うことができた、それこそあなたが王となる人だという証拠になると思っています」
「陛下にお子ができたのかもしれませんし、そもそも陛下のことかもしれない。私と決めるには早急すぎます」
アルデバランは困ったように頭を掻いた。
(とんでもなくネガティブな人だ)
アルデバランの記憶の中で、ロイヤルスターに加護されて嫌だ嫌だという人物は誰もいなかったので、どう接したら良いのかわからず頭を掻いた。
(とりあえず、皆に報告だな)
アルデバランがそう思った矢先、空には流星がいくつかこぼれ落ちた。