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ふたご

 リゲルは官吏(かんり)になるための学校に通っていた。


 官吏とは国の役人であり、この学校に入学するだけでもかなり勉強しなければ入ることができない。

 おおよそ18から24歳のものが多い中で、リゲルの16歳とは比較的若い年齢となる。


 だが、最年少はリゲルではなく、ポルクスとカルトスという双子の12歳の兄弟である。


 双子が入学してきた時、学校は大騒ぎとなった。

 難攻不落、一部のものだけが突破できない官吏の養成所の門を(よわい)12の少年が、それも二人とも突破してきたからである。


 ポルクスとカルトスは北部の村の出身で、地方試験を突破して、入学した。

 家は貧しいのか、入学したてだというのに着物がつぎはぎだらけであった。

 周囲のものはその年齢と才覚を妬み、不正を疑っていたが、リゲルはくだらない、と腹の中で思っていたからだ。


「12の子供が入れるほど北部の試験は簡単なのか」

「金で入ったに違いない」


 周囲が騒ぎ立てるのが馬鹿らしいと思ったからだ。

 不正を容易にできるほど、この国の地方試験は甘くない。一人一人に衝立(ついたて)をたて、他人の解答が見れないようにしている。

 勿論、試験を受ける前に身体検査もされる。


 厳しい条件で己も突破したと言うのに。


 そもそも、この二人の身なりを見て、金で入ったと考えられる想像力がすごい、とリゲルは冷ややかに思っていた。


 では、何故、不正を疑う意見が出るのか? 

 その答えは至極簡単である。自身が不正をはたらいて入学したからである。


「貴殿らはこの国の試験に不服があると言うことかな?」

 リゲルの言葉に即座に空気が張り付いた。


「お前だって、どうせ裏金では言ったのであろう」

「そうだ。身なりでわかる」


 20代後半と思わしき太めの狸のような男が野次を飛ばし、それに同意するように細めの20代半ばの狐顔の男が同意をする。

 二人ともどうやら端くれとは言え王族のリゲルのことを知らないらしい。


「ほう、身なりでわかるならば、あの二人が不正をはたらいていないことは一目瞭然(いちもくりょうぜん)ではないのか?」


 リゲルの言葉に先程、ヤジを飛ばした男二人は顔を赤くする。

「官吏の試験は甘くない。あんな若造やお前なんかが、易々(やすやす)と合格するとは、信じられない」

「ならば、陛下に進言して制度の見直しを願おうではないか。ついでに、本年の試験に不正がないかも調べてもらうこととしよう」


 リゲルは騒がしい男二人を黙らせるために、敢えていつもよりも低い声でゆっくりと発声した。


 リゲルの提案に狸顔と狐顔の男たちは顔を見合わせる。

「陛下に簡単に謁見ができると思っているのか! それこそが赤子のように何にも知らぬと肯定しているものだ」


 狸顔と狐顔の男たちはゲラゲラと笑った。


「リゲル殿下にそのような口を叩くとは、貴殿らこそ赤子のようだ」


 声の主は教室の入口に立っていた。

 眼鏡をスイっと持ち上げ、ツカツカとリゲルの方に近づいてきた。

 

 リゲルは見覚えがなかったが、向こうは覚えているらしい。おそらく宮中参事か何かで見かけたのだろう。

 なんせリゲルの姿は陛下とよく似ているのだから、周囲は認識していてもおかしくない。


 狸顔と狐顔の男たちは口を開けたまま、顔面蒼白となっている。


「良いよい。私は王族でも、末席。知らなくて当然だ」

 リゲルの言葉に狸顔と狐顔の男たちの顔色は先刻よりも少しばかり赤みを取り戻していた。


「だが、私も不正で入ったと揶揄されては私の名誉にも関わる。しいては、陛下の評判にもつながる」


 眼鏡をかけた男は「それもそうですね」とリゲルに同意をする。

「やはり、陛下にお伝えして改善を願おう。それがわたしにも陛下にとっても良いと思うのだ。貴殿たちは不正をせず、入学をしているだろうから、恐るるに足らぬ瑣末なことだろう?」


 狸顔と狐顔の男たちは肩をがっくりと落としている。

 肯定しても否定しても自らの首を絞めることになるからだ。


 リゲルとて、鬼ではない。故にこれ以上の追求をせず、柔かに微笑み、話を終わらせることにする。


 リゲルが人混みを掻き分けて、ポルクスとカルトスに近づく。

「君たち二人はとても成績が優秀であったと、陛下とその側近から聞き及んでいる」


 ポルクスとカルトスは俯いて着物の裾を固くにぎり、首を左右に振る。


 地方試験でも群を抜いて優秀な成績だったと聞いたのは本当である。陛下に合格の知らせを伝えた時に聞いていた。だから、リゲルは二人に興味が湧いていたし、実際話してみたいと思っていた。


 こんな形で話すこととなったが、リゲルの目的は果たせたと言っていい。


 リゲルは二人の背丈に合わせ、かがみこむ。

「私は二人から学ぶことが多そうだ。私の友になってくれまいか?」


 双子は顔を上げ、コクリと頷く。

「良かった」

 リゲルはそう言って二人を抱きしめた。


 リゲルの意図した出会いではなかったが、三人は直ぐに意気投合した。


 それから半年が過ぎたが、今朝、リゲルが学校に行くと半年前の二人が入学した時のように教室がざわついていた。


(また、騒がしい)

 リゲルは訝しく思いながら、自席に着くと、ポルクスが近づいてくる。

「おはよ、リゲル」

「おはよう、ポルクス。朝から騒がしいね」

「うん。大きなニュースが出たから」

「どのような?」


 ポルクスがリゲルの前の席に腰を下ろし、顔を近づける。

「北部地域が寒波で、不作がつづいている。不作のため、薪や暖房器具が買えず、凍傷や凍死がひどいから、経済的にも貧困しているだろ?」

「うん、だが、それは今に始まったことではない」

「そう。ただ、隣国の鳳国が難民支援を始めて、龍国北部の民を受け入れる、と言ってきた」


 リゲルが眉を寄せる。

「きな臭いな。難民支援なんて、百害しかない。だが戦をするなら話は別だ」

 ポルクスは首を縦に振る。

「龍国へ攻めるにしても北方地方の民を減らして侵略しやすくなるし、兵士としても使える。別の国に攻めるのでも同じことが言えると思う」

「つまり、近々、戦争が起きる、ということだな」

「だから、政府が北方に兵を送ると決めたらしい。だが、中央が手薄になることも避けたい、と言うので、我々のような学生からも募集をかけている、と言う話だよ」


 リゲルはポルクスに礼を言うと、顎に手を置く。周囲のざわつきをみると、成績順で決定するのか、それに近しいルールがあるのだろう。

 そしてポルクスのこの落ちつぎぶりを見ると、恐らくその線は濃厚だろう。


 しかし、北部でそんなことになっていようとは。カルトスもポルクスも気が気ではないだろう。


「ご両親は大丈夫なのか?」

「わからない。カルトスが今、確認しているから、連絡待ちだよ」

「そうか。まさか、歩いて見に行ってないよな?」

「……違うよ」


 電報か伝書鳩だろうか。この双子は勉強は出来るが、どこか抜けているところがある。


「私にできることがあれば言ってほしい」

「ありがとう」


 リゲルの申し入れにすまなそうな顔をするポルクスを見て、リゲルは複雑な気持ちになった。


 二人の両親は裕福とは言い難い暮らしをしているようだし、そのような中で子供二人に仕送りをしている。二人のことだけならば鳳国へ行き、移民となった方が良い。


 だが、息子二人は将来の官吏だ。両親が移民となれば二人の将来に陰りが見える。


 それに、もしリゲルとポルクスの予想どおり、戦争になることを考えると、すぐさま命を落とすことになるだろう。農民では戦いのイロハも知らぬだろうし、先陣は最も死にやすい。

 そこに自国の民ではなく地理にも詳しい敵国の移民を充てがうのは真っ当な判断だ。


 二人の両親はこのまま飢えを凌ぐのも、移民になるのも地獄だ。


 リゲルは鞄から紙と筆を取り出し、サラサラと文字を書いて、ポルクスに手渡した。

「中央にある使用していない屋敷を使ってくれて構わない。遠慮なく伝えるように。支払いは二人の出世払いで構わない」


 ここまで言えば、遠慮をすることはないだろう。

 リゲルはかつて自身に下賜(かし)された別邸の地図と住所を書いた紙をポルクスに手渡す。


 ポルクスは目頭が熱くなったのか涙を浮かべ、右の手で拭った。

「ありがとう。カルトスにも伝えてみる」

「そうしてくれ」



 今年の冬は寒いと思っていたが、そのようなことになっているとは思ってもいなかった。

 永年的に北部の貧困問題は続いており、対策を打てども難しい状態なのは変わらなかった。それは、冬に極寒となり、これと言った作物が育たない気候が影響している。

 草木は枯れ果てており、やせ細った土壌からは枯れた草木が見えるだけであった。

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