リゲル
むかし、むかし。
5つの国からなるこの世界には妙な言い伝えがあった。
流星と言うのは天文的現象であり、地上に落ちることはないとされているが、ごくごく稀に地上へ流れ落ちることがある。
流星が地上へ落ちたタイミングで生まれた子供の中に、手のひらに星形の痣を持つ子供が生まれることがあり、彼らを「星宿の子」と言った。
星宿の子は、生まれながら、人並み外れた摩訶不思議な力を持ち、その力で人々を豊かにした。
反面、星宿の子が産まれる前後で国は災害、飢饉、戦争が生じており、厄災の兆しとも言われていた。
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龍王国。
現王帝の弟であるリゲルは生まれながら左の中指の付け根に星形の痣を持っていた。
前王帝であった父はリゲルの痣のことを知らない。
リゲルの産まれる数日前に、皇后が倒れ、生死の境を彷徨っており、帝は皇后の体調を心配していたからである。
この国は王または皇后が亡くなれば、いずれも玉座から降りることが慣例である。
帝の長男はとうに成人しており、次男も16歳を超えていた。その下には、娘が3人もおり、跡目は充分すぎるほど確保できているなかで、新たに産まれてくる子の安否よりも、皇后の安否を心配するのは王帝として至極真っ当なことである。
母が産気づいた夜、空から沢山の星が流れた。
「きれいね………」
後宮の片隅で母はそういったそうだ。
「星宿の子かもしれませんよ? さ、お気張りください」
産婆が明るく返答した時、窓から落ちる光が母の腹を照らしたそうだ。
一瞬にも満たない時間だった。
その後、母のいた場所に勢いよく屋根が崩れ落ちた。
激しい物音が鳴ったので、駆けつけた従者たちは崩れ落ちた屋根を見て、息を呑んだ。
部屋の状況から、側室とその子供は助からないと思ったからだ。
従者が急いで瓦礫を避けると、不思議なことに、産気づいた側室は無傷で、産まれてきた子供を抱いていたそうだ。そばにいた産婆は命を落としたにもかかわらず。
だが、その情報は王帝の耳に入ることはなかった。皇后が息を引き取ったからである。
その年、龍王国は喪に服した。
皇后の死から5年後、王帝は病で命を落とした。
終ぞ、リゲルは父の腕に抱かれることはなかった。
王帝が崩御すれば、王帝の後宮は解体される慣習となっているが、リゲルは王帝の末弟であり、ましてや未成年である。
その生母も無下に扱うわけにもいかないので、後宮の片隅に屋敷を建ててもらい、二人は従者も立てず、暮らすこととなった。
王帝である兄は優しい人で、リゲルのことを気にかけてくれていた。
親子ほど歳が離れていることもあり、また、兄には息子が生まれていないので、会う度に可愛がり、人形やら本やらをあてがってくれた。
リゲルは母から左手の中指の痣を人に見せてはいけないと教えられていたので、左手の中指から小指までを握っている癖がついていた。
そんな彼を気づかい、馬の乗り方や弓の構えなどをしなくて済むよう、武術ではなく学問を主に学ばせていた。
リゲルが16歳を迎えた年、王帝に呼び出された。
王帝に謁見するということで、リゲルは正装して膝をつくと、長兄は「固くなるな」と言って、足を崩すように促した。
王帝に頭を下げてから、足を崩すと帝は満足げに顔を緩ませる。
「リゲル、お前もそろそろいい歳だ。結婚は考えないのか?」
唐突な問にリゲルは頭を抱える。
「まだ、学校も卒業しておりません故、そのようなことは早いかと」
「いや、しかし、私の後を継ぐものが」
「これから立派なお子がお産まれになりましょう」
王帝の言葉を遮り、リゲルが回答する。
王帝は39歳であり、皇后は35歳となる。子供が授からないと考えるのは時期尚早というものだ。
「まあまあ、陛下。リゲル様はまだお若いですが、ご興味のあることを突き進めるのも良いです。ただ、リゲルさま、御身のお立場もお考えくださいましね」
皇后のにこやかな表情とは裏腹に言葉には棘があったが、リゲルは受け流す。
「はい。もちろんでございます、皇后陛下」
リゲルは陛下の御前から下がると、回廊を歩きながらつけていたマントを外す。
その姿に侍女達は溜息をつき、頬を赤く染める。
リゲルは何ごともないように微笑み、颯爽と歩くが、この原因は、リゲルの容姿にある。
リゲルの見た目は6尺もある上背と、陶器のように美しい肌、瑠璃色の瞳に、漆黒の艶やかな髪が良く似合う美青年であった。
その姿は兄弟だからか、現王帝の若かりし頃と酷似しているが、唯一瞳の色だけは異なっていた。現王帝は琥珀のような色味だが、リゲルの瑠璃色の瞳は母親譲りである。
(よく似ている、だから、不要な噂が立つのだ)
ただでさえ、この見た目のせいであらぬ噂が立っていると言うのに、ここで陛下の申し入れを受諾するわけにはいかない。
リゲルの王位継承権順序は次兄や姉たちの1番最後に連なる。つまり、順当に行けば、リゲルが王位に着くことは限りなくゼロに近い。
だが、現王帝は他の兄弟に玉座を譲る気はないらしい。
つまり、リゲルに養子にならないか、と提案しているのであろう。
このような不要な争いに巻き込まれたくないが故、リゲルの母は左手を隠すように告げたのだが、いやはや、物事はうまく回らないらしい。
リゲルは屋敷に戻ると、母が風呂炊きに何を要しているのに気がつき、変わってやることにした。
「私が来るまで待てば良いのです」
「そうは言ってもね、時間が経ってしまうもの」
母は頬に手を当てて小首をかしげる。
リゲルが薪に手を触れると、薪からボゥと火が立ち上がる。
「まあ、綺麗」
母は火を見てニコニコと微笑んだ。
「そして便利」
母の言葉にリゲルは何だか胸がこそばゆくなる。
リゲルには火を司る能力があった。
触れたものを燃やしてしまうらしく、幼少の頃はコントロールが難しかった。何度もボヤ騒ぎを起こし、その度に母は謝っていた。
それ故に、父が死んだ時、母はリゲルを連れて出ようと考えたが、末席とはいえ王族にそんなことはできず、それならば、と二人きりの暮らしを始めた。
従者が誰もいないことから、リゲルの能力はこの歳まで母以外にバレることなく、安寧の暮らしができている。
リゲルは程々で良いのだ。程々の幸せを望んでいる。
学校へ行き、政治を学び、同学年の者と語り合う。いつか誰かと結婚するだろうが、それは貴族やどこぞの国姫でなくて良い。気が合えば良いのだ。
母の作ったスープを口に運びながら、そんなことを考え耽っていると、母はにこにこしながら、リゲルに話しかける。
「レースを編むのにハマっていまして、ここまで出来ました」
母が意気揚々と取り出したのテーブルクロスぐらい大きなメリアス編みのレースだった。
「すごいですね」
リゲルはスープを口に運ぶのをやめ、母の自慢の大作に目を止める。
たしかに大した出来である。
市場に売りに行けばかなりの高値で売れるだろう。だが、何のために、これを作ったのだろうか。
リゲルに褒められて母は嬉しそうにレースをリゲルの背に当てる。
「うーん、あと2寸くらいかしら」
「何?」
なぜだろうか、あまり想像したくないような気がする。
「リゲルは来年、成人でしょ? その時のためにこのレースを編んでいるのです」
「え? まさか? 成人の儀でこれをマントして使うのですか?」
「………違います」
母は少しだけ間を置いて、ジトっとリゲルを見た。
「これは、私のドレスの一部に使うつもりです。貴方の上背と同じ長さのレースを使いたいと思ったものですから」
「そうですか……」
頬を桃色に染めて話す母の言葉にリゲルはほっとして目を細め、再びスープを口にする。
母はレースを手早く畳むと、引き出しの中に閉まった。何故かその背中が物悲しそうであった。
「私は風呂に入ります。リゲルは食事の後、休んでいなさい」
母はテーブルにあった空の食器を手早くまとめて洗い場に置いて風呂場へと向かった。
冬場に洗い場の水が冷えるだろう。
リゲルはそんなことを思っていたら、身体が勝手に流し場へと向かい流し場へと向かってあるいており、リゲルは自分が洗うことにした。
(やはり、あのレースはマントだったのだな)
リゲルは母に対して申し訳ない気持ちから、母が出るまでに食器洗いを終わらせようと思ったのだった。
そんな日々の最中だった。
龍王国の北部で寒波の被害に苦しんでいる、と聞いたのは。