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そして夜は明ける  作者: 轆轤輪転
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雨後嵐

 いつも通りとなんだ変わりない時間帯の帰路というのは飽きない。何故かって?数ある帰路の一つを厳選したからだよ。私こと据永すえなが さだめは夕日を見ながら歩いていた。本来は輝華きかが護衛・・・、一緒に帰るはずなのだが今日は用事があるからと先に帰ってしまった。

彼女に用事なんてなったこと一回たりともなかったはずなのだが。これでも内心、恐怖している。助けられ、

仲間の助けも借りて精神回復を試みているとはいえそう簡単には塞がらないのが心の傷というものなの。

我ながらメンタルが弱いなと思う。情けないとも思う。そんなネガティブ思考が回復を妨げていることも思う。その妨げの根源たるや存在になっている異物は何なのか。多分、あの日、殺されかけたことだろう。

ふと鏡神が言ったことを思い出す。

「・・・」

私は立ち止まって夕日を見る。土手から見える夕日は神々しいくそしてとても懐かしい。幼い頃にもこんな光景を見ていたのだろうか。全く覚えていないけど。

私は湧き出さんとする何かを抑えるように胸の上で拳を握る。

「・・・このままじゃいけない」

そう、このままではいけないのだ。このままではー

 このままでは鏡神と結んだ約束が果たせない。


 定が返ってくるのは意外とすぐだった。そして定が母を確認して泣きつくのもすぐだった。

これで彼らが誠の親子であることが証明された。よかった。再会できて本当によかった。

今の空気に粗相のないように私は汁まで完全に完食された土鍋を持って一歩身を引く。ちなみにちゃんとごちそうさまはもらった。お粗末様。

しばらくこんな感じの空気が流れて無言で食器を洗っていると気が済んだのか定の母が私の下へ来る。

「あのっ、なんとお礼を言っていいやら・・・、あのっ、ありがとうございました!」

肩甲骨まで伸びた髪がお辞儀で前に垂れる。私に毛筋一本たりとも当たらなかったことがちゃんと計算されたことなのなら定が天才として生まれてきことにも相槌が打てた。

「あぁ、いやっ、お気になさらず」

「定ちゃんのことも、介護してくださってありがとうございます。ご迷惑をおかけしました!」

平謝りを数回繰り返す。脳振動になりそうで怖かったので強制的に止めることにした。彼女の視界に入るように掌を立てる。

「迷惑ではありませんでしたよ。本当にいい子で、色々教わりましたし、まぁ、なにより無事に一段落してよかったです」

これで定が単に居候いそうろうをしていただけという印象も少しは晴らせただろ。

定は遠くから私と彼女のやり取りを見ていた。こんな時、どうしたらいいか分からないという一時収集の付かなくなった思考がひしびしと伝わってきた。そんな気配に私は思い出だす。

「あっ、定ぇ~、夕飯あるけど食べる?」

先に反応したのは定の母だった。

「あっ、えっ・・・」

何から何までご厄介になって申し訳ない。ご飯は頂けない。きっとそう思ったのだろう。しかし、定は少なくとも三か月間はここにいて、一切実家には帰ってない。冷蔵庫の中の食品が駄目になっていてもおかしくはない。恐らく、それに気づいたのだろう。お母さまは定に向かって頷いた。

定の眼は一瞬輝いた。

あの様子はきっと定も私と同感だったらしい。

「いただきます」


一日の間に事件は絶え間なく起こる。今回もその一つだった。

 傘を持たない私たちはずぶ濡れの中、同じくずぶ濡れに伏す遺体を囲って今後の処理に関しての話を進めていた。

後頭部からの出血。

「この有様は恐らく撲殺。しかも、一方的に、一撃で仕留められている」

「犯人は頭の急所を知っていた訳か」

人間を鈍器で一撃で仕留めようと思えば簡単だ。しかし、それには頭蓋骨を一撃で粉砕させる程の腕力があるに限る。そんな尋常ならざる存在が、民家に潜んでいるとは考えたくはない。

私は犯人の全体像をイメージする。

一瞬浮かんだのは、サングラスをかけた全身黒尽くめのマッチョ。しかし、それには身を案ずるにも逃亡するにも不便と知り、撤回する。

細マッチョという筋もあり得るが、情報を収集しないことには判断しかねる。私は同じく巡査に話しかける。

「失礼、遺体を触っても?」

巡査は敬礼をして快い返答をする。

「構いません」

「ありがとう」

私は軍手をはめて、なるべく遺体に触れぬように慎重に遺体確認をする。うつ伏せの状態故に胸ポケットの中までは調べられないが脇ポケットに期待を委ねよう。

瞎支くらし、そっち側を頼む」

「了解」

私は右側のポケットを、瞎支は左側のポケットをと探りの手を突っ込むも結果は残念ながら・・・

「何もない・・・、抜き取られたか・・・」

「こっちも収穫無しだ・・・」

あろうことか財布はあろか、身分証明書の一つたりとも残されてはいなかった。恐らく、これはなりすまし。偽装工作だろう。または金銭目当て。

「検視係による回収作業は?」

「まだされていません」

「・・・っとなると・・・」

可能性は絞られた。身分証明書奪取の根拠は、己の変装、そして金銭目当て。この二択だろう。しかし、問題は当人は何が目的で犯行に及んだかだ。一人殺しただけでは飽き足らず、新たな獲物を求め人の群がる職場に出るためか、はたまた、既に何かに追われていて、逃げるためにやむを得ず殺したか、思いつく筋はこの二つ。個人的に後者の方を信じたいが、業務上、最悪の場合を想定すべしという鉄の掟がある。

嫌顔でも前者を前提として行動しなければならない。そうでもしなければ漏れなくは実現しない。

私は班員に目を向ける。

「ここら辺に監視カメラの存在する建物はここと、ここと・・・、ここら一体ですね」

「思いの他あるな・・・、とりあえず、班長の支持次第の下、伺ってみよう」

「凶器がないな。近くに川や土はない。持ち帰った可能性がある」

「ここのら辺は路地裏がかなりの数ありますが、全て大通りに出られるようになっています」

「第二班、第三班、間もなく到着します」

班員各々は既に自分でできることを見つけている。優秀な部下たちだ。しかし、困った連中でもある。

私はそんな彼らに指示を出す。

「各員に伝達っ!ここら遺体の証拠を手当たり次第探って!方法は問わない。全力を尽くせ」

「「「「「はい」」」」」

活気の良い返事と共に皆は一斉に動き出す。私は曇天を見上げる。しばらくの提示帰宅は難しそうだ。

私は雨に濡れてすっかり湿気った髪をいじる。

「これで、もし犯人が、鏡神がかつて遭遇した殺人未遂犯だとしたら・・・」

瞎支は今の間にブルーシートを被せられた遺体を睨みながら顎をいじる。

「それが現実になればどうなるか・・・、しかもその命運はこの人の本職に左右される・・・」

「考えたくはないな。けど思考を止めると全てがオジャンだ。それにこの調査が進めば・・・」

私と瞎支は五人組の部下たちを乗せたフルスピードで走り去るパトカーを見る。

「彼らの探していた彼女が見つかるかもしれない」

 警察の新しい組織、巡査特殊部隊が指導して一年が経った。簡単に説明すると、巡査以上自衛隊未満の

巡査に偽装した備蓄助っ人である。主に警察の第一機動隊から特価車両隊までの人手不足を補うために出動する。巡査に偽装しているため勿論のこと、毎日の市内巡回は欠かさない。千光ちびかり輝全てるまはその一番班班長。年齢こそ若年であるものの警察学校での成績と人間性を評価され、試作実験を踏まえて特殊部隊としてのスカウトを受けた。班員は輝全含め7名。一人を除いては皆、同期同年である。以前までは8名だったが、任務中に消息を絶った。PCでの人工衛星を介しての目標の追跡と、ハッキングを専門に扱う人物だった。故にあだ名が「電波」であった。

それが除かれた一人である。

ちなみに「電波」は今専属の七名よりも遥かに若い女性であった。

 私は霏霏ひひとする情景を見ながら暗む。

「無事に生きていることを願いたい・・・」

瞎支は私たちが乗ってきたパトカーを私の真横に停車させる。

「本当にそうだな・・・、さぁ、乗って。今夜は長くなりそうだ」

「そうだな・・・」

そうして私はパトカーに乗り込んだ。


 温かい陽光にてられれば眠気が襲う。いつかの同じような晴れの日に、誰かがそんな呑気なことを言っていた。確かにそうだった。今現代の世界には興味があるとは言え、眠いんじゃ何のが吹っ切れてしまう。

「・・・」

この千光鏡神、今までこんな形で睡魔にちょっかいをかけられたのは初めての体験だ・・・、不覚・・・

「・・・」

内心ではあるが大和男子やまとだんじの真似をしてみたがどうにもこうにも性に合わず、虚しい思いをしてしまう。一昔前までは皆こうだった。

そしてそんな皆からも

「お前にそんな口調は似合わない」

と不審者を見るような眼で言われた。私は日本育ちではないのかな・・・?

 ちなみに今は5時間目の道徳の授業が始まる数秒前である。

いつもならば主任の先生が何かしらのドジを踏んで始まるのがお決まりなのだけれど、今日はなんだか様子が変だ。いつもは柔軟性の塊のような先生が今は硬直しきった石のようだ。

そう思いながら担任をマジマジ見つめていると突然、音もなく扉が開かれた。それとほぼ同時に担任が赤錆びて小回りの利かなくなったプロペラを手動で無理矢理動かすかのように途切れ途切れに腕を上げる。

そして、空虚な扉から入ってきた背の高い男性へと五本の指先を向ける。紹介だろうか。

「こ、こちら、は、今回、新たに、道徳、の、授業を、担当、して、いただく、ことに、なった、新任の、晦井みそかいかざる先生です」

先生の顔が真っ赤。

 無理しなくてもいいよ・・・

皆、そんな顔をしていた。そんな私たちを見た晦井と名乗る教師はある一点を見つめたように微笑み、先生に声をかける。

「優しい生徒たちですね」

霞むように低く、若々しい声が静寂を割く。何人かが息を吞むほどに良い声だった。女性で照屋さんの担任もこれには得れ隠しが及ばなかったみたいだ。

「はぁっ、えぇ、本当に・・・、いい子達です」

晦井先生は私たちに向き直る。目つきは優しそうだが、それは何とも不思議なものだった。まるで怒り狂った化け物のような、何とも言えない目つきだった。意外とすぐ怒るのだろうか。

自分の中で特段と偏見が過ぎると思えど、早々に危険リストに名前が載ってしまう。

「言葉には気を付けろ」

全細胞が訴えられる感じがした。そんな人が口を開ければ一瞬身体が硬くなるのも無理はない。

「えぇ、晦井かざるです。どうぞよろしく。さて、早速授業を始めましょう」

晦井先生はチョークを手に取り、今回の授業内容を暫定的に一文にした文章を書く。

皆は黒板に目を凝らす。

 「神とは」

「皆さん、神様って知ってますよね?願い事をすれば願いを叶えてくれるあれです」

先生は両手を握りながら天井に拝むマネをする。無駄に表現力が高い。

「そんな神様ですが、皆さんは長年お空の上から見守っとくれていると教えられてきましたね」

私以外の皆は頷く。

「今日の授業はそんな神様はどんな風に生まれて、どんな風にその一生を終えるのかを考えてみましょう」

先生は金塗りの大仏を赤と黄色のチョークを使って、巧みに描く。

「はい、これ、仏さまです。仏さまは長生きです。それは何故だと思いますか?」

唐突な質問に皆は一瞬固まるがすぐに問われを理解し、考える仕草をする。先生は誰かを当てる訳でもなく、急かす訳でもなく、ただ静かに立ったまま皆からの回答を待っている。

やがて、一人の眼鏡をかけた男の子が呟く。

「大昔に・・・、造られたから・・・?」

先生は頷く。

「そうそうそう、そんな感じ。はい、そうなんです皆さん、神様はかつて人間によって創られた一種の概念だったのです。これが神様の誕生です。では、何故人々は神様を創るに至ったのでしょうか・・・、考えてみましょう」

先生は黒板に白色のチョークで津波の絵、地震によって大地が木端微塵になって地割れが発生している絵、山火事の絵、中心に黒い影の霞む竜巻の絵を描く。

「神様を創るに至った経緯は、地域にもよりますがほとんど共通して、自然による災害が関係しています。この時の被害に遭った人たちが抱く気持ちはどんなものだったでしょう?」

口々に即答が飛び交う。

「恐怖」

「怖い・・・」

「恐れ」

大自然の摂理はいつでもどこでも常々に驚異的で末恐ろしいもの。

「そうですね。恐怖です。絶え間なく襲い掛かる災悪に対して死を悟って、恐怖を覚えない生き物はまずいません。それは人間も含ます。そんな時に、藁にも縋る思いで災悪に対抗できる兵器、もしくはそれ相応の耐久力を持った建物に避難しますよね」

皆は痛々し気な面持ちで頷く。皆は少なくとも一回、自然災害を経験したか、もしくはテレビか肉眼で目の当たりにしたことがあるみたいだ。ちなみに私も経験したことがある。確かに込み上げてきたのは

恐怖。そして一段と強い生命力。何故だか、脳が命令を下す前に体が真っ先に特段行動を図るのだ。

更にちなみに私の場合、そんな本能も空しく一度命を落としている。

「しかし、万能に見えたその建物や兵器も人が知らず知らずの内に蟻を踏み潰しているのと同じようなことでした。時代が時代だったということもありますが、当時の彼らは圧倒的技術不足だったのです」

悪い時には竜巻に向かって弓矢をてた人もいた。

「そんな経験をして技術を高めようにもそのための知識も足りてはいませんでした。今だからこそ、台風がどこで生まれて、どの進路で、どのタイミングで上陸して、最終的にどのくらいの勢力にまで成長を遂げるかなんて衛星を介せばわかることですが、当然ながら昔はそんな科学力はありません」

先生は両手で何かを掴んで人形遊びをするような手捌てさばきをする。

「日本は鎖国さこくでしたが、かろうじて、少しだけ、他国との接点がありました。そんな歴史の中で、日本は釈迦しゃかから仏教を教えられていたことを思い出し、神を創り、祀ったのです」

聞いたことはある話だった。詳しくは知らないけど。先生がそう言うのだからそんな歴史が仏教にはあるのだろう。

「これで、自然が静まったかは知りませんが、少なくとも心理的余裕は生まれたことでしょう。ところで、ここで一つ、考えてみましょう」


ー神とはー


「今の話を聞いて、神様がたった一人であると思った人は手を上げてください」

クラスの大半の人が手を上げる。ちなみに私は上げていない。

「確かに、今の話を聞く限りでは神は一人だけと感じるのも無理はないです。世界を見てみましょう。

宗教というのは、地域によって色々な種類があります」

先生は教卓の中から地球儀を取り出し、鷲掴みにするように仏教に該当する地域を片手丸々を使って指し示す。

「仏教。仏教はチベット、モンゴル、韓国、中国、日本、スリランカ、東南アジア半島部が該当します。そして、イスラム教・・・」

そう言って先生はイスラム教を崇拝する地域を右手で鷲示わししめす。

「イスラム教はイラン、北アフリカから中近東まで、インド、尚、インドは仏教の国なのでここで言うインドは別の思想を持った人が集まる地区と考えてもらって。東南アジア北部島嶼部ほくぶとうしょぶが該当します」

神の手はその地を離れ、最短経路で空を扇ぐ。

「皆ご存じ、キリスト教。キリスト教はゲルマン系ヨーロッパから北アメリカまで。オーストラリア、そして同じくヨーロッパ、しかしこれはラテン系です。ラテン系ヨーロッパからラテンアメリカまで、最後にスラブ系ヨーロッパが該当します」

神の手は地球から手を離す。そして、大地に大きな手形を遺したであろうその大きな肌色の手は人差し指を上げて揺らめく。

「これらは世界宗教というジャンルに分類分けされています。次に教えるのは民族宗教です」

「・・・?」

いくら地理の授業を受けて、宗教のことも少しばかり知っているとは言え、二種類の宗教の存在は小学生の時では習うものではない。そんな、空気を察知したのか補足説明を加える晦井先生。

「あぁ、民族宗教というのはある民族の間のみ信じられている小規模で根強い宗教のことです。例えば、

日本人は自然と神とは一体という主観と考え方の下で信じられている神道、だとか」

「自然と神とは一体」

何か刺さる感覚があった。茶髪が揺れる。

「そしてユダヤ人が信じているとされているユダヤ教。これに関してはユダヤ教を崇拝している人は皆ユダヤ人という考え方で大丈夫です。噂では彼らユダヤ人は神様直々にユダヤ人に伝えられた聖書を代々受け継ぐための集団あのだとか。そしてさらに日本人の約半分以上はユダヤ人の血族なのだとか」

これは千光家にあった本で読んだことがある。今後、日本に巣食うユダヤ人は何かをきっかけに故郷なるのもに還るのだとか、そんな記述がなされていた。

「そして次にインド人が崇拝するヒンドゥー教。最後に漢人あやひとが崇拝する道教。漢人あやひとというのは異国に渡来した古代中国人とその末裔まつえいのことです」

先生は一度深呼吸をする。

「さて、ここまで仏教をはじめとする数々の宗教を紹介してきました。そしてこの数多くの宗教にはどこにも神様、最高神が祀られています。このことから、神様は一人という存在ではないのです」

クラスの皆は納得したように頷く。

「神は一人ではない。神は人が作り上げるだけの数がいるのです。神の祖を創るに至った出来事は知りませんが、昔と今は違う」

フと時計を見る。さっきまで授業開始時間だったはずなのにもう終了真近。

「確かに昔、大昔は神は実在したかもしれない。キリストが良い前例です。彼は処刑されましたが、人として、人と共に生き、後に神となられたお方ですからね。・・・決して罵倒するわけではありませんが、僕が思うに、その他の神は実在したという確固たる証拠がありません。これ即ち、」

「即ち・・・」

「神というのは人間が創った。というのが僕の会見です。神とは人間が創った概念、一人につき一人の神なんです。守護霊ってよく言うじゃないないですか。亡くなた身内が子孫に居着いて守ってくれるあれです」

もしそうなら私の守護霊はとんでもない数がいると思う。

「一人につき一人の守護霊。これはもはや、古い考え方なのかもしれませんね。個人差はありますけど、

十人十色の人々の中には少なからず独創的な人がいるんですよね。何か嫌なことがあれば自分の守護神たる存在を創って、それにすがりつく。そんな人が」

「イマジナリーフレンドみたいなやつですか?」

「そう、そんな感じです」

「神とは、それは人間が創り出した概念、妄想・・・、存在自体が曖昧あいまいなソンザイです。

そして、神とは、人間が創り出すべき存在なのです」

授業終了のチャイムがなり、教室の静寂を一貫なものにした晦井先生は肩を竦める。

「ちょっと与太話が過ぎちゃったみたいですね、すいません。今日の授業はこれで終わりです」

晦井先生は今尚思考の整理をしているが追い付かず、若干目を回している担任に振り返る。担任は晦井先生と目が合い、慌てて立ち上がる。

「そ、それでは晦井先生にお礼を言いましょう!きっ、起立っ!!」


 今日の話は本当に興味深かった。神という存在を今まであまり考えないようにしていた私からすれば新鮮な考え方だった。いやぁ、すごいなぁ。哲学的で面白いな。

そう思いながら私はランドセルに積み荷を入れ、作理さくり兄弟の下へ向かおうと彼らのいる席に遠目を向ける。

「・・・おや?」

作理兄弟は晦井先生と何やら話していた。私は周りの生徒たちのボヤ騒ぎを嗅ぎ分け耳を研ぎ澄ます。


 ここ最近、兄貴の様子が変わった。言葉で説明するのは難しいが、何と言うか覇気こそあるが活気はない。って感じだ。後ろの席から見てもそうだ。以前と少し、何かしら変化した。

心当たりはある。

この間のゲームで鏡神に負けたこと。それもあるだろうが、絶対にそれだけではない。間違いなくあれが絡んでいる。

鏡神・・・、君じゃないことを祈るよ。

いち早く身支度を整えた俺は兄貴こと、織成おりなに手を伸ばす。呼び声が舌先にまで出かかったそんな時、別の呼び声がかかる。

「えぇ、練君、織成君」

前方、教壇の方角からだ。声の主は、先ほどの熱気の籠った演説をしていた晦井先生だ。いらちな織成も、目上の人からの声掛けには礼儀をつつしむ。

「はい、なんでしょうか」

織成に敬語は似合わない。そもそも律儀が似合わない兄貴が律儀を演出していると世界が可笑しく見えてしまう。

「ふっ・・・」

笑いを殺す。表情が強制的に緩むが晦井先生の変な眼差しを向けられ一瞬で素の表情に戻る。そしてあからさまに

「なんでしょう」

というように小首を少し傾げる。

「君たちの苗字って「作理」だけど、もしかしてクレアーレ株式会社の・・・?」

俺と織成の真顔に一層深い暗みが増す。以前、例の一軒のニュースを見て兄弟揃って不安と焦燥にのたうち回ったことを思い出したのだ。クレアーレ株式会社は一つの独立国家だとしても運営自体は国民の税金で回っている。今回、一つの部署が破壊された。再構築のための修繕費しゅうぜんひは勿論税金。それ即ち、税金が上がるということ。勿論、反感も買ってしまう。主にその怒りを受け止めることになるのは親父だが、それはそんな人のせがれである俺たちにも矛先が向く。

もはや他人事ではない。兄貴の気が立っているのはきっとこの件が原因だ。どこの犬なのかもよく知らないそんな他人に、自分たちの人生を脅かすような正当な答えを返す訳にはいかない。

兄貴もきっとそう思っている。

「いいや、生憎ですけど違いますね。よく間違われるんですよ。全く、有名人と苗字が同じて辛ぇよな」

兄貴は顔だけを俺に翻す。その顔は適当に誤魔化せと言っている。

「よなぁ、でっ、なんかあったんすか?その有名人とやらに」

一応、心理に探りを入れ、剔抉てっけつを試みる。先生は一瞬、目元が細めたが表情自体は真顔のままだ。

嘘をつくのは慣れっこでしかも容易い。けど、いくら子供と言えバレた時の代償は大きすぎる。そんな気持ちで人に嘘をついたのは初めてだ。

兄貴の髪の毛が少し逆立つ。

しかし、それも一瞬のことだった。先生はものの0.数秒経過した時点で頷いた。

「いやっ、今朝の新聞でとある記事を読んだんだ。その記事の中に「作理」って書いてあって、しかもここのクラスに同じ苗字の君たちがいたからもしかしてと思って声を掛けただけだよ」

そう言って先生は教室を出ていく。去り際に優しい笑顔で手を振って。

ここで、一応最終確認に

「もしも仮に俺たちが本物の有名人、作理だったならあなたはどうしますか?」

の一つや二つの質問を投げかけてもよかったのだが、一度疑惑が晴れたかもしれないのにまた疑いを煽るようなマネはしたくはなかった。

「・・・」

兄貴は未だに音信不通のまま直立不動を維持している。焦りからか。恐怖からか。はたまた、あの時の怒りが再発したか。

俺が固唾を飲むとそれに反応するように兄貴は動き出し、カバンを漁り始めた。

「あっ・・・兄貴・・・その・・・大丈夫?」

兄貴は一瞬手を止める。重くなる雰囲気を読み取って、今は言葉をかけるべきではないと悟る。俺はさっきから遠目な視線の主、千光鏡神の下へ向かおうと体を動かしたその時、兄貴が声をかけてきた。雰囲気とは裏腹に、優しい声が。

「今日は遊ぶか」

手にはシャイニングスターが握られている。

「鏡神も誘ってよぉ!」

今までに嫌気がさすくらいにまで見た織成の無邪気な笑みだった。そんないつもは不愉快と感じる顔を今回ばかりは安心と切なさを感じさせる。

俺は静かに胸を撫で下ろす。

「おうっ!」


「晦井かざる。西暦1995年、9月4日生まれ・・・」

私は今日から新任として入ってきた晦井かざる先生の戸籍表を流して読む。我が校に新任が入ってくるのは随分と久しぶりですが、このような若年に合わぬ実績を積んでいる人はいくら名を馳せる学校でも舞い込んでくるようなことは滅多にいない。なんなら、私が校長という座につく以前の世代にはいなかったと聞く程ですからね。世代が代わったってことでしょうね。

「・・・」

私は紅茶を啜る。

しかし、ここにいる教師たちもまた、彼には劣ってはいません。皆、多種多様な特技を持っていますし、しかもそれを有意義に活用できている。

素晴らしいですね、本当に。この環境を創り上げるのにはかなり時間がかかりましたが、全てのねぎらいはこの時、この環境のためにあった。そう考えれば、不満も愚痴を出ません。

 筆頭して、彼女能力値は飛躍して凄かった。就任当初は何か実績があったわけではありませんでしたが、授業風景を見ているとその天才肌を垣間見ることができます。今は6年1組の担任。確か、この間入学してきた千光鏡神くんのいるクラスでしたね。

まさか、千光さん姉妹に弟さんがいたとは思いもよりませんでしたな。顔立ちはあまり似てはいないようでうすが、目元はそっくりでしたね。

私は再び紅茶を啜る。

その時、校長室の扉にコックがかかる。

「どうぞ」

私はエスプレッソ・カップを置く。入ってきたのは噂の人、晦井先生だった。

「失礼します」

終始一貫してとても律儀な人だ。疲れをまるっきり見せやしない。そんな彼の姿勢を内心評価し、現れとして前もって用意していた彼の分の紅茶を運ぶ。

「どうぞ、お掛けになって」

「あぁ、お構いなく」

受け取ることに一切の躊躇はない。やはり、この手のやり取りには慣れているのだろう。

彼と話をすべく、対を成す関係で座る。

「どうだったかな、小学校での初めての授業は」

晦井先生は紅茶を一口飲み、優しく置く。そして優しく微笑む。

「えぇ、学界では未成年の子供たちと触れ合うということは、社会見学以外ないですからね、だから、すごく新鮮でしたね」

「それはよかった。皆の授業態度はどうだったのですか?」

彼は思い出す素振り一つ見せずに言う。

「全然良好です。いい子達ですよ、あの子たちは。私の話にも、何も言わずに聞いてくれて、自分たちで考えることのできる子達でしたよ」

大いに共感できる返答でした。私は相槌を打つ。

「可愛いですよね・・・、無垢な子供は・・・」

「全くです」

晦井先生は何かを思い出したのか。静かに息を吹き、笑う。

多分、今彼は子供が何かしら、ドジを踏んだのを思い出しているのでしょう。彼自身は子供との交流はないと言いますが、恐らく、縁は深いのでしょう。

「大切にしたいですね、このような経験は」

晦井先生は光を帯びたカーテンのかかる窓を見る。

「まぁ、君の滞在期間は一年。その間、存分に色々なことを見てきたらいいですよ」

晦井先生はこっちに向き直り、紅茶を啜る。

「そうですね、そうします。そうすればきっと、あの子供たちは私にまた新しい発想をくれるでしょう」

晦井先生は白衣をはためかせ、立ち上がる。

「発想・・・、子供特有の柔らかい頭を使ってまた新たな開発をするのですか?」

「えぇ、きっといいものができるでしょう」

晦井先生はドアの部に手をかける。

「子供たちが子供たち自身で自らの夢を叶えられるようになるのも、そう遠くない未来ですよ。それは大人も例外です」

「・・・」

「失礼しました。紅茶、美味しかったです」

そう言って、晦井先生は部屋を出て行った。居心地が悪かったのか、入室して十分も経たない内に出て行ってしまった。経験豊富とはいえ、慣れないものもあるということですかね。

私は余った紅茶に仕上げの飲み干しのためにエスプレット・カップに手を出す。

紅茶を飲み干す。

深く背もたれにもたれ、晦井先生の写真付き戸籍表を再度見る。

「・・・子供も夢を叶える研究ですか・・・、やはりいつの時代も、科学者の考えることは凡人には理解しかねますね・・・」

彼の正式な筋書きは生物学者となっています。25歳にしては密度が過ぎるこの戸籍。かの有名なクレアーレ株式会社の生物研究機関に所属していてもおかしくはない経歴ですが彼はそこには所属せず、独立していました。そして、独自の研究機関を構えていることを彼直々に伺っています。

独立しているのですから、同然彼が研究機関の社長。故に毎日、皆の教え乞いには答えられないのです。

来てくれるだけでも奇跡に近いです。それくらい凄いお方なのに、妙なことに、彼は彼自身の口からも、戸籍表にも、その会社名が書かれていないのです。朝とさっきに理由を聞こうとしましたが、真っ向からの口論が苦手な私はその二階とも、上手く言い包められて逃げられてしまいました。さっきもそうです。

さっきは朝より上手くは逃がすまいと熱い紅茶を用意しましたが、彼に耐熱性があるだなんて聞いていませんよ。

「はぁ・・・、この短所、直しておいた方がいいですよね・・・」

とは言っても、定年が間近になって今更直そうと言ったって間に合わないような気がしますね。まぁ、短所は少ないに越したことはありませんから何とか頑張りたいと思います。

私は戸籍表にはられた晦井先生の写真を見ながら挑戦の意を込めた拳を握る。そんな時、私はあることに気がついた。

「・・・む?晦井先生の顔が若干・・・」

晦井先生は臨時職員としての手続きをすべく、二か月前から本校にちょくちょく通っていました。当然ながらその時から彼と私は顔見知りで、二か月もあれば顔と名前が完全に一致するようになるほか、顔を些細な特徴までもを記憶することだって可能。勿論、個人差はあるのですが・・・現に、私はそうです。若い駆け出しの頃の私は上司に顔と名前だけは絶対に覚えろと長年、しごかれましてね。おかげで、今じゃ物覚えは朝飯前です。

それを踏まえて、彼の顔には違和感があったのです。

成形でもしたのでしょうか。以前より、顎の帯びたる丸みがなくなり、大人のような発達した形状になっているように感じます。瞼の形も若干異なるようにも感じます。

「・・・まぁ、人間ですし、成形もしますよね」

そこ言葉を言い終わる間に私は何千通りもの考えを巡らせていました。そんな台詞を言っておいて何故そこまで深く考える必要がある?と皆さんならお言葉になるでしょうが、しっかり理由があるんですよ。

出会ってまだ二か月ですが彼の性格のほとんどは熟知できている自信が私にはあります。だからこそ今日の晦井先生には違和感を感じたのです。晦井先生は本来あんな、一言で表すと「静けさ」が相応しいお人ではないのです。もっとこう、一言で表すと「あわてんぼうのサン〇〇ロース」が性に合っている方でした。最初に遭ったのは二か月、今日を省いて最後にあったのは二日前。雨の降っている日でした。

遅刻してきたかと思えばずぶ濡れで入ってくるものだから驚きましたよ。資料まで濡らして。

「ははっ」

あの笑いの込み上げる憧憬しょうけいを思い出した私は刹那に笑う。そんなことをしているとさっきまで深く考えていた想像に霞みがかかってしまいました。愉快に笑っていられるのも今の内でしょう。

私は一人静かに紅茶を飲み干す。そして懐かしいような悔やむような気持が渦巻く。

「・・・」

もう少し、子供と言う存在の素晴らしさを知っておくべきでしたね・・・。




「二つの内一つは嘘」

どうも最近、家中の時計が一斉に全て狂い始めて呪いを感じた有機物の轆轤輪転です。

恐ろしやぁ・・・(; ・`д・´)

ここ最近になって一日中座りっぱなしというのもざらになってきましたね。皆さんはどうですか?

しんどいですか?私は窮屈です。何かと作業がしにくい所存でございましてね。

お体に障らないようにお過ごしください。では。

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