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専属魔女は王子と共に  作者: ちゃろっこ
狗のお仕事とは
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9

徹夜明けで労働をさせられたシルフィーは家に帰るとそのままベッドへ直行した。


アルフォンスと共に暮らしていた頃は早寝早起きがモットーであったシルフィーにとって、徹夜はこの上なく辛い物だったのだ。

結果目を覚ましたのは翌日の夕方だったのも仕方がないと言えるだろう。

許さないと言われてもどうにも出来ないが。


くはぁと欠伸をしながら寝室から出てリビングに向かうとテーブルの上に食事の乗った皿と手紙が置かれている。

シルフィーはコップに水を注ぐとソファーに腰掛け皿に置かれたパンを口に咥えてから手紙に目を落とした。


『昨日はお疲れ様。

起きる気配がなかったので食事は置いておきます。

きちんと食べる様に。

明日は朝7時半に迎えに行くので汚れても良い動き易い格好で待っていて下さい。』


「…汚れても良い動き易い格好?」


一体今度は何をやらせる気だと眉間に皺が寄る。

明らかに不穏な気配を感じるが気の所為ではないだろう。

とりあえず胃に食事を流し込んでさっさと寝て備えておくべきかもしれない。

このシルフィーの考えは間違っていなかったと翌日分かる事になったが。


「後7周!!

ペースを落とすな!!!!」


「「「はいっ!!!!!!」」」


土埃を巻き上げながら男達は武具を持ったままひたすらに走る。

その集団から数m後方にはよろよろと走るシルフィーの姿があった。


防具を身に付け魔術師なのに何故か剣まで持たされて。

正直短剣やナイフならまだしもサーベルって。

護身用等という理由から持つ物ではない。

明らかにレイモンドはシルフィーを戦わせるつもりである。

何とかは分からないが。


「後5周だ嬢ちゃん!!」


「…は…い…」


剣も防具も重いし何故かレイモンドに魔封じの腕輪まで付けられた為そもそも体も重い。

魔術師は血が魔素を求めると言った通り、魔素がないと体に不調をきたすのだ。

その証拠にシルフィーの唇は青ざめている。


魔族の血が半分のシルフィーはまだ動けるが、魔封じの腕輪を純血の魔族に付ければその場で崩れ落ちると言われている。

ある意味拷問器具の様な物なのだ。

何故そんな物を付けられなくてはならないのか甚だ疑問である。


「フィー大丈夫かい?

もう少しだから頑張ってね」


「…うっ…す」


後ろからやって来たレイモンドはシルフィーを励ますとニコリと微笑んで走り去って行った。

この光景は4回目である。

即ちシルフィーは4周遅れと言う事だ。


レイモンドも魔封じの腕輪を付けているにも関わらず。

これが何より腹立たしい。

普通に走っている為最初は偽物ではないのかとさえ思ったが、流れ落ちている尋常ではない汗の量と血の気の引いた顔色からして本物だろうと判断せざるを得ない。


あれか。

高地トレーニングの亜種的な何かのつもりだろうか。

切実に1人でやって頂きたい。

シルフィーを巻き込まずに。


「はいお疲れ様フィー」


走り終えた後一周歩いて来いと言われ半死半生のまま歩き、とうとう崩れ落ちたシルフィーに、レイモンドが爽やかな顔で手拭いと水の入った水筒を手渡す。

一体何がしたいのかと罵倒してやりたいがその気力もなく、ひゅうひゅうと掠れた息を吐きながら震える手で手拭いを受け取った。


額を冷たい汗が滝の様に滴り落ち地面を濡らす。

こいつはシルフィーを殺る気なのではなかろうか。


水筒を受け取ろうとするが、震える手では上手く掴めずカラカラと音を立てて水筒は地面を転がった。

レイモンドは黙ってそれを広い上げると水筒の蓋を外す。


「上向いて口開けて」


「…魔封じの…腕輪…外して下さい…」


「…ごめんねまだダメだよ。

はい上向いて」


魔封じの腕輪は嵌めた人間にしか外す事が出来ない。

即ちレイモンドにしか外せないのにそれを拒否するとは許し難い。

が、今はとりあえずこの乾ききった喉を潤すのが先だとシルフィーはレイモンドを睨みつけながら上を向いて口を開いた。


レイモンドが水筒を傾けシルフィーの口の中へと注ぎ込む。

ジョボジョボという音が何とも不愉快だ。

シルフィーが喉をゴクリと動かすとレイモンドも水筒を真っ直ぐに戻す。


「もう少し飲むかい?」


「…いえ」


「そう」


レイモンドが水筒の蓋を閉めるのを横目にシルフィーは自分の掌に視線を動かした。

震えはまだまだ止まりそうにない。


「さっ次は剣術の訓練だよ。

立ってフィー」


「…剣を握れる状態に見えるんすかこれが」


「見えないけど頑張ろう、ね?」


ほら立ってと腕を捕まれ震える足のまま無理矢理立ち上がらせられる。

鬼畜である。

鬼の所業である。


「フィーはサーベルを扱った経験はあるかい?」


「短剣しかないです」


むしろ何故魔術師であり女であるシルフィーがサーベルを扱った事があると思えるのだろうか。

こいつは魔術師を戦闘民族か何かと勘違いしている気がする。

武術は全部出来るぜなんて魔術師がいてたまるかと。


むしろ魔術に頼りきりで剣術や体術などはからっきしという魔術師のが圧倒的に多いと言うのに。

こいつは魔術師に色々求め過ぎなのだ。


シルフィーの内なる罵声が届くはずもなく、レイモンドはそっかと頷くと剣を抜くように指示を出す。


「とりあえず時間がないから詰め込むよ」


「…は?」


「まず両手で剣を握って右手が上で左手下ね…縦に真っ直ぐ。

はい背筋伸ばして左足が前、右足後ろ。

…そっちは右足ね。

左はフォーク持つ方だよ分かる?」


「うっす」


「右足を45度外側に開いて。

はい上半身を曲げない。

真っ直ぐに。

で、そのままやや斜め上に腕を伸ばしてごらん」


シルフィーがていっと腕を真っ直ぐに伸ばす。

長剣の切っ先は正面にいるレイモンドの喉元に突きつけられた。

その光景を見ながら彼はうっそりと艶やかに微笑む。


「分かるかい?

この位置が甲冑の繋ぎ目だ。

隙間に切っ先をねじ込んで突き刺す」


「…うっす」


「まあ私達が戦う相手は鎧なんて身に付けてる訳じゃないからあまり意味がないけど、致命傷にはなるから覚えておいて」


そう言うとレイモンドは素早く構えていた剣を頭の上へと振り上げシルフィーの剣を弾く。

次の瞬間、レイモンドの長剣の切っ先はシルフィーの額にコツンと当たっていた。

ゴクリとシルフィーの喉が鳴る。

レイモンドはニコリと綺麗に笑った。


「とまあこんな感じで致命傷となる場所を狙うわけだ」


「…はあ。」


「必要なら足を使って良いよ。

転がされたら砂を投げ付けてやっても良い」


「…なんか騎士道とかそんなんに違反しませんかそれ」


「試合なら違反だね。

スポーツマンシップとしては宜しくはない。

…でも逆に言えば」


そう言うとレイモンドはシルフィーを蹴り倒し素早く馬乗りになる。

起き上がろうと暴れる前にいつの間にか抜かれていた短剣の刃が喉元に沿わされていた。


「試合じゃなきゃ良いんだよ。

眼でも頭でも喉でも心臓でも狙えるならば狙えば良い。

分かったかい?」


「…うっす」


シルフィーが返事をするとレイモンドはシルフィーの上から降り立ち上がらせた。

防具を付けていたとは言え、鳩尾辺りが少々痛い。

けほっと息を吐くシルフィーにレイモンドは剣を構える様にとまた告げた。


「今のを踏まえて始めようか」


「…はい」


長い1日はまだ始まったばかりである。



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