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イザベラの前で優雅に紅茶を飲みながら、王妃はペラリと本を捲った。
王妃の碧い瞳に彼の影を感じ、イザベラは目を伏せる。
どうしても探してしまうのだ。
あれから300年も経っていると言うのに。
俯くイザベラを気にする事無く、王妃は顔を上げるとふわりと微笑んだ。
そして再び紅茶に口を付けると柔らかい声で話しかけた。
「とても興味深い内容でしたわ。
凄惨で、悲劇的でしたけれど。
これが事実だったのではないかと思えてしまう程に辻褄も合っていて私は素晴らしいと思いましたわ」
「…恐縮にございます」
「けれどこの話には続きがある事はご存知かしら?」
「続き…でしょうか?」
首を傾げたイザベラに王妃は頷くと色褪せた羊皮紙の束を取り出しテーブルへと置いた。
そしてそれをイザベラに手渡した。
「ご覧なさい」
王妃に促され、イザベラはおずおずと羊皮紙に目を落とす。
そこに書かれていたのは名前であった。
おびただしい程の名前がただただ連ねてあったのである。
「…これは?」
「神官ミリアが語った名前ですわ」
「ミリア様が………?」
どう言う事だと目を丸くするイザベラに、王妃はまた紅茶を飲んでから別の羊皮紙を取り出した。
「これらは一般には公開されておりませんの。
当時のアイザック王太子があまりの内容に秘匿する事をお決めになったとか」
「なるほど…」
「ですからこの内容は他言無用に願いますわ」
「はい」
強く頷いたイザベラに王妃は微笑み、羊皮紙の内容を読み上げ始める。
「1450年11月3日。
マシュガルにおけるアリオク殲滅戦の報告に神官ミリアと騎士ガウルが王宮へと戻った。
残念ながら馬上にて騎士ガウルは既に事切れており、前側に抱えられる様にして乗馬していた神官ミリアの意識もほぼ絶えかかっていた。
神官ミリアは懐から羊皮紙を取り出し見せたが、それらは血に塗れ内容はとてもではないが判別出来る状態になかった」
王妃がそこで羊皮紙を捲る。
生きていたのだ。
ミリアもガウルも生きてはいたのだ。
あのボロボロの体で、あんな瀕死の状態で王宮に報告に行ったのだ。
イザベラの瞳がじわりと潤んだ。
「それを悟った神官ミリアは文官に羊皮紙を持って来させると次々に名前を口にし始めた。
その傷の深さから治療を勧めたが、彼女は横になる事を拒否し話続けた。
横になるともう二度と起きられないとそう言って彼女は話続けた。
ーそれは3日3晩続いた。
途中、幾度か高熱によって意識が途絶える事すらもあったが彼女は話し続けた。
名前を書き連ねた羊皮紙は4桁を優に超えた。
そして最期に彼女は自分の名前を口にすると目を閉じたのである」
名前を言い終えた彼女は乾き切った唇で熱に浮かされた様に続ける。
『以上、アリオクは殲滅しましたが全員死亡致しました』
そして彼女は微笑みネックレスを握り締め口付けて言った。
『主よ。
私も皆様の元へお導き下さい』
そう言って彼女は笑みを浮かべながら静かに息を引き取った。
「…彼女のお陰で遺体や遺品は欠ける事なく集まり、全員を余す事無く弔い遺族の元へ返す事が出来たと言われております」
「そう……ですか………」
唇を噛み締めていないと何かが溢れて来そうだった。
今まで堪えていた物が全て。
何もかもが全て。
目を伏せて唇を震わせるイザベラに王妃はハンカチを手渡した。
それを受け取るがギュッと握り締めて涙を堪える。
そんなイザベラに王妃はある提案をしたのだった。




