85
視界がはっきりとし、レイモンドはガバッと身体を起こす。
自身の身体を見ると傷が塞がっている事に気が付き目を見開いた。
魔素を確認するとそのおかしさに気が付く。
風の魔素がやけに多かったのである。
「一体これは……」
戸惑うレイモンドに風の魔素が酷く騒いだ。
ー死んじゃう。
ーあの子が死んじゃう。
ー自分達の主が死んじゃうと。
レイモンドは一瞬戸惑うが、すぐ様事態を把握した。
この魔素がシルフィーの物だとするならば、考えられるのは1つしか無かった。
シルフィーが因縁の盟約を結んだのだと。
そして襲来した何かと戦うのに一番大切な風の魔素をレイモンドに預け、肉体を修復させた上で戦いに行ったのだと。
一体何をやっているんだ。
風の魔素はシルフィーの生命の様な物だろう。
それ無しでどう戦うと言うのか。
レイモンドは跳ね起きると風の魔素を纏い地面を走り出した。
魔族のいる場所は本能的にすぐに分かる。
レイモンドは塔へと滑り込み、目の前に広がる光景に絶望した様に唇を噛み締めた。
聖水を被り肉体が溶け始めたままラハブの胸に腕を捻り込んでいるシルフィー。
聖水が効いているのか硬直しているラハブ。
ーー彼女が何をさせたいのか、レイモンドには分かった。
ーーそしてそれ以外にもう方法なんて無い事も。
「君は………馬鹿だっ……………!!」
レイモンドは震えそうになる唇を血が滲む程に噛み締めると塔の入口近くで倒れているキースに駆け寄った。
その腰にかかっている聖剣を躊躇う事なくレイモンドは引き抜いた。
その瞬間、レイモンドの掌から光の粒子が溢れ出す。
掌に焼けただれて行くかの様な激痛が走った。
だが聖剣を離す事なく持ち上げると、レイモンドは塔の中へと駆け込んだ。
そしてそのまま。
シルフィーの腕の横から滑り込ませ聖剣で彼女が握り締めていたラハブの心臓を貫いた。
ラハブの絶叫が塔内に響き渡る。
それを見て、シルフィーが微かに微笑んだ。
「……ありがとう…ございます…」
光の粒子を溢れ出させながらそう言ってシルフィーは笑う。
「手を…離…して…下さい…。
まだ…間に…合う…………から…」
そう言って1人で消えようとするシルフィーをレイモンドは聖剣を掴んだまま抱き締めた。
そして黙って首を横に振る。
「…1人で逝かせる訳がないでしょ」
レイモンドは小さく笑みを浮かべて言った。
困った様な笑みを残して消えようとする粒子を掻き抱いてレイモンドは言葉を続けた。
「好きだよ」
もう彼女には届いていないだろうけれど。
「多分死んでも好きだと思うからさ」
それでも最期に伝えたいと思ったのは。
「生まれ変われたならもう一度言わせて」
愛情だけだった。
ーー乾いた音を立てて聖剣が地面へと落ちる。
遺されたのは汚れきったローブだけだった。




