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一瞬意識が飛んでいたのだろう。
真っ白な視界からはっきりと現実を映せる様になるまで多少のラグがあった。
全身が酷く痛む。
一体何が起こったのかすら分からなかった。
分かる事と言えば自分が地面に倒れている事と、全身が痛む事位だった。
頭を振り必死で目に力を入れる。
ーー誰1人立っていなかった。
今まで喜び合っていた人達が誰1人。
必死で顔を動かすと頭の上にレイモンドの顔が合った。
その顔は青白く目蓋は伏せられ、額からは血が流れ落ちている。
それを見た瞬間自分の顔から血の気が一気に引くのが分かる。
シルフィーの身体に回された腕から、彼が咄嗟に彼女を庇った事が伺えた。
無理矢理に身体を捩り、周囲を見渡す。
吹き飛ばされちぎれた四肢や胴体が転がる地面。
半壊し崩れた塔。
木に叩き付けられ横たわるガウル。
馬車の傍らに倒れ動かないキース。
その周囲に無数に倒れた騎士の姿。
…これは一体なんだ。
この地獄は一体なんだ。
固まるシルフィーの真横を軍靴が土を踏む音が響いた。
「…アリオクに言われて来てみたが。
何が奇跡だバカバカしい。
ただの烏合の衆ではないか」
黒いオーバーコートを羽織り、その下に鎧を身に纏った男は低い声でつまらなそうにそう言った。
そして足元に横たわる騎士を面倒臭そうに軍靴で蹴って避ける。
「まあ確かに魔王様を愚弄したのは許せんが…これでは玩具には程遠いだろう。
4眷属でありながら遊んで負けるとは…嘆かわしい」
その言葉を聞きながら必死で頭を巡らせる。
確かにゼークス領でアリオクは誰かに伝えなくてはと言っていた。
そして彼の羽織っているアリオクと同じオーバーコート。
まさかと思う。
まさかだが。
こいつも4眷属じゃないのか、と脳内が叫んだ。
アルフォンスは言っていた。
4眷属はアリオクとジルウェストル、ハイエルフにラハブだと。
精霊族の特徴である羽は彼にはない。
ハイエルフの特徴である尖った耳もない。
ならば奴は南の眷属ラハブじゃないのか?
アリオクの言葉を必死で思い返す。
『何これ本当に奇跡だよ!!!!!!!!!!!!!!
こうしちゃいられない!!!!!!!!!!
早くミの奴に伝えなくちゃ!!!!!!!!!!
あっ続きはまた今度ねえ!!!!!!!!!!!!』
…あのミの奴とは南の眷属だったのではないか?
こんな状況でこれはないだろう。
余力も戦力もない。
戦える者などもう誰もいないのに。
頼むからやめてくれ。
頼むから見逃してくれ。
声さえも出せない激痛の中、必死で男を止めようと軍靴へ手を伸ばす。
だがその手は虚しく空を切った。
「…まあ良い。
偽の魔王だけは破壊せねばならんな」
後は勝手に崩壊するだろうと呟きながら男は塔へと足を進めてしまう。
ダメだ。
あの中にはミリアとアナベルがいるのだ。
彼女達には戦う術など何も無いというのに。
殺させるわけにはいかないというのに。
それにあの宝玉は。
あれが無くなってしまったら結界が消えてしまうのに。
この国が枯れてしまうのに。
動け。
治せ。
頼むから身体よ動け。
魔素よ身体を治せ。
お願いだから動いて。
お願いだから治して。
だが願いに反して魔素の治癒は非常に遅い。
とても間に合う速さじゃない。
魔素の量も、何もかもが回復していないのだ。
悔しさでじわりと目の奥が熱くなった。
何も出来ずに友が死に逝くのを見送るのか。
何も出来ずに国が死に逝くのを見るのか。
そんなのは絶対に嫌だった。
嫌なのに何も出来ないと言うのか。
…全て無駄だったのだろうか。
皆で立ち向かった事も、戦い続けた事も。
ぼんやりと絶望を湛えた瞳でシルフィーはレイモンドを見上げた。
弱々しい呼吸だった。
今にも消えてしまいそうな程に、か細く弱々しかった。
腕を外し無理矢理に這いずり出る。
傍らに蹲ったまま顔を上げると彼の背中が見えた。
服は焼け、見えた地肌は全て火傷で覆われている。
…何故庇ったのだ。
むしろレイモンドが無事ならば、奴の剣術や魔術を考えればまだ勝機はあったかもしれないのに。
彼だけでも逃げられたかもしれないのに。
…何故自分が残ってしまったのだ。
これを何とか出来るような、そんな奇跡など起こせないと言うのに。
自分1人ではこんなのどうにも出来ないと言うのに。
逃げる事すら出来ない程に、限界を迎えていると言うのに。
喉の奥が酷く痛む。
ぶるぶると震える唇を必死で噛み締めた。
…誰か。
……誰か。
誰か助けて。
助けなくても良い。
助けられる力を私に下さい。
守れる力を私に下さい。
この国を友を救う力を私に下さい。
ーー他にはもう何も望んだりしないから。
ぼんやりとレイモンドを眺めていた頭の中にアルフォンスの言葉がふと過ぎった。
シルフィーの瞳に光が宿る。
血塗れの掌をゆっくりと伸ばし、レイモンドの手に重ねた。
その手も血塗れで酷く汚れている。
シルフィーは焼けた喉を無理矢理に震わせ叫んだ。
「一生あんたの狗になってやるからっ、あんたの全部私に貸せ!!!!!!」




