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「あああああああ!!!!!!
執拗いんだよお前達っ!!!!!!!!!!」
アリオクがとうとう吼えた。
それはずっと掠りもしなかった騎士の剣がアリオクに届き始めた瞬間だった。
それを見た瞬間、目を血走らせたキースが怒号を上げる。
「総攻撃開始!!!!!!!!!!!!」
その言葉に騎士達が最後の力を振り絞って一斉に斬り掛かる。
横向きに奮ったキースの聖剣を避ける様にアリオクが飛び上がった。
飛び上がった足に向かってレイモンドが炎竜を飛ばし、シルフィーが竜巻を投げる。
それらを嘲笑うかの様に、アリオクはより上空へと逃げる。
「あぁ、危なかったあ…。
ほんと、しつこ」
いなぁと続けようとしたその瞬間、ドスッとアリオクの身体に弓矢が刺さる。
アリオクが何かを理解する前に、40本程の弓矢が一斉に突き刺さった。
縄が結び付けられたそれは、アリオクを空に磔にしようとするかの様で。
アリオクはすぐ様引き抜こうとする。
だがそこで異変に気が付いた。
ーー身体が動かない。
鏃に聖水がたっぷりとしこまれたそれらは、アリオクを留めるには十分な量であった。
レイモンドによって作られた足場をキースとガウルが駆け上がる。
肩で息をし、身体中泥まみれになりながらキースは口角を上げた。
そしてガウルが心臓へと長剣を突き刺し、その上からキースが聖剣を捩じ込む。
その瞬間、アリオクの身体から光の粒子が次々と溢れ出す。
アリオクの絶叫を聞きながら、ぼんやりと眺めながら思う。
ーーこれが、魔族が消えるという事なのだと。
「弱者が強者に勝つには奇襲が1番だと貴様自身が言っただろう。
…貴様の負けだアリオク」
聖剣を突き刺したままキースは絶叫を続けるアリオクに語りかけた。
そして狂気を孕んだ笑みを向ける。
「貴様が弱者だアリオク。
あの世で精々悔しがるがいい」
その言葉に憤怒の形相を浮かべるが彼はもう消える寸前であった。
光の粒子が消えると、空から胸に穴の開いた軍服がヒラヒラと舞い、パサリと地面に落ちる。
シンと周囲が静まり返る。
恐らく皆が状況は見えているのに、理解が追い付いていなかったのだろう。
それに気が付いたキースが目を瞬かせ、そして眉尻を下げた。
目を細め柔らかな笑みを浮かべると声を張り上げた。
ーー我々の勝利だ、と。
次の瞬間。
地面が震える程の歓声が空間に響き渡った。
その中には嗚咽や、泣き叫ぶ声も混じっていた。
シルフィーは膝の力が抜け、地面に崩れ落ちる。
終わったのだ。
やっと、やっと、やっと!!!!!!
呆然と座り込むシルフィーの頭を降りて来たガウルがぐしゃぐしゃと撫で回した。
「勝ったぞ!!!!!!
俺達の勝ちだ!!!!!!!!」
「あ…はぁ…」
「なんでそんな低テンションなんだ貴様は…」
後から降りて来たキースに訝しげな視線を向けられシルフィーは苦笑を浮かべた。
「いやなんか…腰抜けちゃいました…」
「…最後の最後でそれか。
おいレイモンド、貴様の子分が腰抜かしてるぞ」
「……」
「…おい?
レイモンド?」
シルフィーと同じく呆然としているレイモンドにキースが焦れた様に呼びかける。
ハッと目を瞬かせると、レイモンドはフラフラとこちらへ身体を引き摺る様にやって来た。
そしてシルフィーの目の前で膝を付くと、手をそっと伸ばす。
頬に微かに触れた指先は、酷く震えていた。
「……生きてる?」
「えっはい」
「……これ夢じゃない?」
「……はい」
シルフィーはレイモンドの震える瞳を真っ直ぐに見詰め返した。
「生きてます。
私も、レイモンド様も。
ガウル様もキース様も。
ミリア様もアナベル様も」
ミリアとアナベルは確認出来ていないが、塔自体に被害はない為内部にいる2人は無事であろう。
そう思いながら告げると、レイモンドの碧い瞳にぶわりと涙が浮かび上がった。
それを隠すかの様にレイモンドは顔を伏せ、肩をただただ震わせる。
本当に彼は涙脆くなってしまったらしい。
だがまあ今だけは泣けば良い。
みんな泣いているのだから。
堪える必要なんて何処にもない。
そう思いながらシルフィーはレイモンドの銀髪に指を絡め頭を撫でた。
よく頑張ったと。
そんな思いを込めて。
「シルフィーお前、泣かすなよな」
「私は泣かしてないっすよ」
「というかガウル、貴様もボロ泣きだろうが。
他人の事など言えんだろ」
「うるせえよ!!!!
つか何でてめえら泣かねえんだよ!!!!
血が凍ってんのか!?」
「いやなんか泣くより寝たいっすね…」
「俺は撤収の指示と兄上に報告してからだな…」
「シルフィーよりキースの方が理由がやべえ…。
どうなってんだお前の脳内」
「やる事をやらねば泣くに泣けんと言うだけだ」
「あーなるほど。
1人にならなきゃ泣けないタイプっすね」
「なるほどな。
ムッツリタイプか」
「貴様は脳内に下しかないのか!!
…ほらレイモンドも立て。
帰るぞ」
キースに差し出された手をレイモンドが取り立ち上がる。
その顔は幾分スッキリしている様に見えた。
憑き物でも落ちたかの様に。
「なあなあ、これって褒賞貰えるのか?
封印の儀終わり?」
「どうだろう…?
魔獣被害が他に無ければ終わりだと思うよ」
「えっじゃあ他にあったら?」
「まだ続く可能性も無きにしも非ずかな?」
「げっ最悪…」
「まあどう考えてもこれより酷いのは無いから安心しなよ」
「これより酷いって魔王降臨位しかねえだろ。
あってたまるかそんな物」
「そりゃあそうだね。
あったらもう私は笑うしかないかも」
「笑い事じゃねえだろって思うけど多分俺も笑うわ。
運の無さに」
ガウルとレイモンドが軽口を叩くのをぼんやり眺めながら、何となく笑ってしまう。
こんな他愛もないやり取りが、何だか酷く幸せに見えてしまって。
勝手に笑みが零れてしまうのだ。
着いてこないシルフィーに気が付いたのかレイモンドが振り返った。
そしてシルフィーと目が合い少しだけ目を見開くと、花が咲いた様に笑う。
まるでとても幸せだと言うかの様に。
余りにも幸せそうな笑顔にキョトンと固まったシルフィーにレイモンドが手を差し出した。
「行こうフィー」
「……うっす」
その手を取るとレイモンドは逆に驚いた様に目を瞬かせる。
そして目元を赤く染めると目尻をふわりと下げた。
「……なんすか?」
「いや…手を取って貰えるとは思ってなくて」
「…手を繋ぐ位なら散々したじゃないすか。
赤ちゃん状態の時」
「…それでもやっぱり嬉しいねこれ」
レイモンドは酷く嬉しそうに笑った。
そう言えば彼が差し出した手を取った事は無かったかもしれないなとふと思う。
そもそも彼が他人に手を差し出す事自体が少ないせいだとも思うが。
だからと言ってここまで喜ばれると少々居心地が悪くなる。
「…まっ何でも良いっす。
早くご飯食べて寝ましょう。
割と死にそうです」
「ん。
そうだね」
そう言って塔に向かって足を踏み出した。
ーーその時だった。
轟音と共に目もくらむような閃光が視界を埋めつくし、熱風によって身体が地面になぎ倒されたのは。




