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陽が昇ると夜が明けたと肩を下ろし、陽が落ちると乗り越えろと励まし合う。
それを繰り返し、今が何日目なのか誰も言わない。
数えている者すらいないのではないかとさえ思う。
全員の顔には疲弊が映り、瞳だけが生きようと執念を宿していた。
本当は腕を持ち上げる事さえ辛かった。
立っているだけでも限界だった。
盾を構えたシルフィーの腕の内側から骨が砕ける嫌な音が聞こえた。
激痛を堪える為に食いしばった歯の隙間から小さな声が漏れる。
脂汗を流しながら爆発の衝撃を抑え切り、右腕をダラりと下ろした。
魔素が右腕へと絡み付くが、最初よりも明らかに治るスピードが遅い。
恐らく内部で粉砕骨折を起こしているからだとも思うが、もしかしたら年齢と共に自然治癒力が減少する様に、無理矢理に治癒時間を短くするこの方法は肉体としての老化を早めてしまうのかもしれない。
先程から折れやすくなってしまっている骨の事を考えてもそうなんじゃないかと思えた。
アリオクは4眷属で肉体は魔王の物だ。
そこには死もないのなら老いもないのかもしれない。
だからこそ無限に使えるのであり、シルフィーには扱いきれない術だったのではなかろうか。
まあだからと言って今更どうなる。
シルフィーは脂汗を流しながら頭を振り、右腕を下げたまま左腕で魔素を操りながら地面を蹴った。
唯一無事な左腕で氷の盾を作り魔術を受け止めるが、支えきれず足の裏がズルりと滑る。
踏み締め続けた靴底はとっくに擦り切れ穴が開き、靴の中からグチャリと入り込んだ液体が嫌な音を立てた。
その液体が何か等考えるだけ無駄だ。
シルフィーは汗で額にへばり着く前髪を掻き揚げアリオクを見た。
完全にボロボロのこちらとは違い、最初と変わった事はと言えば肩にかけていたオーバーコートを落とした事位だろうか。
こいつの体力に限界などあるのかと疑いたくなってきてしまう。
だがそれを口にすれば一瞬にして皆の心は折れるだろう。
だから誰もそれを言わない。
皆が思っていたとしても、口に出せば終わると皆が分かっていた。
ーー無駄なんじゃないかと全員が思っていた。
それでも止める事なく剣を奮った。
ーー勝てないんじゃないかと全員が思っていた。
それでも信じて地面を蹴った。
何を信じたら良いのかも分からない。
ただそれでも信じたかった。
信じるしかなかった。
勝てる可能性が高ければなんて言わない。
でも0じゃなければ良かった。
0.1でも可能性さえあるならば。
掴み取るまで足掻きたいと思えた。
例えそれが悪足掻きだったとしても。
無茶苦茶だと言われようとも。
それで良いとさえ思った。
盾が砕かれた衝撃で身体が地面に叩き付けられる。
それでも歯を食い縛り片手で起き上がって走った。
走って。
打ち付けられて。
走って。
打ちのめされて。
それでも走って。
再び叩き付けられた身体を起こそうと左腕を伸ばす。
痛覚も麻痺しているのだろうか。
伸ばされた腕は打撲によって隙間無く赤や紫に変色しているというのに痛みは無かった。
だがただただ腕に力が入らないのだ。
まるで腕の先が消えてしまったみたいに。
シルフィーは自嘲気味に微笑むと、汚れきった指先に絡み付いた小さな草にしがみつくかの様に弱々しく握り締めた。
ーー本当はもう止めたかった。
起き上がった所でこれは無意味なんじゃないかと何度も思った。
泣き喚いて無理だと言いたかった。
けれど。
…けれど同じ様に諦めない人達がいるから。
自分のせいで死んでしまった人達がいるから。
まだやれる。
まだ大丈夫。
まだ出来る。
無理じゃない。
限界じゃない。
まだ、終わってなんかいない。
まだ、自分は終わりなんかじゃない。
シルフィーは小さく口角を上げた。
ミリアが言っていた様に、言葉には魂が宿るのだろう。
何となく、まだ出来ると思えた。
ふらつく身体を持ち上げキッと前を見据える。
アリオクの指先にだけ集中し、魔素を操る。
幼い頃に好きだった絵本のかっこいいヒーローは、一撃で悪い奴を倒す最強の剣士だった。
その強さに、美しさに憧れた。
今の自分はどうだろうか。
片腕は折れ、靴には穴が開き、体中を泥と血でぐしゃぐしゃに汚している。
しかも全然強くなんかない。
1人に対して無数の軍勢でかかってボロボロになっているヒーローなんていやしなかった。
無双なんて出来ない。
チートもない。
権力も名声もない。
カリスマ性もあるはずない。
カッコ良い技名だってない。
決めゼリフも決めポーズもない。
ダサいかもしれない。
格好悪いかもしれない。
英雄には程遠いかもしれない。
…でももし守り切れたなら。
もし足掻き続けられたなら。
この国の未来で誰かのヒーローになれるだろうか。
忌み子で、誰よりもダサくて、誰よりも弱くて、誰よりもカッコ悪い。
でも確かにこの国を守った。
ーーそんなおかしなヒーローに。




