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大樽を運んだ廊下を戻りながら魔術師に興味深々の男性はシルフィーに質問を投げかけていた。
希少生物に会えた様な物だろうしとシルフィーも質問に答える。
「では魔術師殿も先祖返りなのですか?」
「いえ、私は師匠曰くの父親が魔族ではないかと。
生後すぐに孤児院の前に置かれていたらしいので真偽は分かりませんが」
「えぇっ。
あっすいません言い辛い事を聞いてしまって…。
ですが魔術師の子を棄てるなんてそんな事あるんですね…」
「割と良くある話らしいですよ。
魔族と人間の違いのせいらしいです」
「違い?」
「魔族は人間を劣等種だと思っているらしいです。
彼らは強さこそ全て。
虚弱な人間で欲望を満たしその結果苗床にする事はあれど番にはなり得ないのです」
「なっ苗床…」
「まあもちろん魔族の中にもエルフ族やヴァンパイア族やドラゴン族の様な理性や知識、力を持った種族もいるらしいですが基本的に殆どの魔族は動物的な本能が強いと言われています。
よって人間と魔族の混血は望まざる形、言わば強姦等によって生まれる場合が多いんです。
だからこそ生まれても棄てられる事が多いそうですよ」
「…何か夢も希望もない話ですね」
「まあ魔族は人間と違い愛情が希薄だと言われていますしね。
所謂婚姻という形を好まないと言います。
寿命が長いので1人に決めると色々弊害があるからではなんて推論もされています。
魔術師が自由を好み生涯独身を貫く者が多いのもこれが原因だとか」
「希少なのに増やす気もないってダメじゃないですかっ」
「魔族の愛情の希薄さと人間の理性を併せ持ってるから起こるらしいっす」
「そりゃ絶滅危惧種まっしぐらになりますよ…」
「まあ私自身結婚に対して意欲の欠片もありませんしこればっかりは仕方ないっす」
シルフィーの言葉に男性は目を見開いた。
「そこは頑張りましょうよ!!
せっかく濃い血があるのに引き継がないのは勿体ないですよ!!」
「えー…。
でも多分私子供も夫も愛せませんよ。
男性側が引き取って育てる事になりますし、となると私はただ痛い思いをするだけ。
罰ゲームです」
「…言われてみれば確かに魔術師殿に良い事ないですね。
いやでも一緒にいれば愛情が湧く事もありますし。
ね?」
「ね?ってなんすか。
じゃあ仮にですが私と貴方が結婚します。
愛情が芽生えませんでした。
子供置いて出て行くんで後宜しくって言われて納得しますか?」
「…しませんね」
「でしょうとも」
男性はガックリと項垂れる。
余程魔術師が好きなのだろう。
増やそうにも魔術師に愛情が芽生え難いと聞き肩を落としてしまった。
だが何かに気が付いたのかまたグイッと顔を上げる。
「…いや待って下さい。
別に出て行かなくていいじゃないですか。
愛情が足りなくとも一緒に生活は出来るはずです。
何故子供も夫も置いて出て行く話になるんですか」
「魔術師の血、所謂魔族の血は魔素と共にあります。
だからこそ魔素の多い土地である森の奥深くや山奥等と言った魔族の地により近い場所に住み着くんです。
血が魔素を求めるんです。
そんな学校も仕事もない場所は子供を育てるのに適していません。
まあ何で愛情も持てない物と暮らし育てるなんて面倒な事しなきゃならんのかというそもそもの部分もありますし。
だから共に生きると言う方法を取るのも難しいんすよ」
「なるほどなあ…。
言われてみれば確かに大変ですね…」
「まあだからこそ減少したんだと思いますよ。
共に生きる事の出来ない、魔族にも人間にもなれない種族ですからね。
魔族の様に本能のままに種族を増やす事も出来ず、かと言って人間の様に子孫を慈しみ育てる事も出来ない。
もしかしたら共に生きる為に人間に近付こうと魔族の血を棄てたのかもしれない。
今でこそ希少価値だと言われていますが、不要だからこそ棄てられた血なのかもしれない。
そう私は思っています」
「…すいません。
今の僕には上手く言葉が見つけられません」
「いえ。
聞き流して下さい」
眉間に皺を作りながら歩く男性の後を黙って歩く。
靴底が床を叩く音だけが響く廊下はやけに冷たく感じた。
レイモンドを置いて先に帰ろうと思うと告げると男性は頷き救護所の入口へと案内してくれた。
シルフィーは男性にぺこりと頭を下げると救護所に背を向ける。
その背中に男性の声が投げかけられた。
「…上手くは言えません。
けれど限りなく難しい事だとしても不可能ではないと思います。
現にこの国は魔術師達が作った国です。
共に生きる事が可能だと言う証がこの国その物だと僕は思いたい…です。
決して不要な種族等ではないと。
だってこの国の国民が本来不要だったなんて…悲しいじゃないですか。
だから魔術師が不要な存在だなんて僕は思いません。
魔術師である貴女にも思って欲しくない」
だってやっぱり僕にとって憧れの存在ですからと告げられた声はとても優しかった。
だがシルフィーは何と答えたら良いのか分からず、片手を上げて応じるとそのまま足を止める事無く立ち去ったのだった。