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鼓膜に響く高い音と共にシルフィーの作った盾が砕け散った。
その破片が頬を撫で、切れたそこから血が一筋流れ落ちる。
すぐに魔素が修復しようと動くがシルフィーは自らの意思でそれを止めた。
重傷でない限り、温存したかったのだ。
それ程までにアリオクの攻撃は手数も多く早かった。
シルフィーの魔素の回復時間とは大違いである。
きっと元々持っている魔素の量の違いもあるだろう。
だがそれ以上に、この地の魔素がシルフィーよりもアリオクに従おうと動いてしまうのが原因だった。
これが忌み子と魔族の違いなのだろう。
そこには間違いなく圧倒的な差があった。
どこまでも高く聳え立つ超えられない壁があった。
アリオクが放った炎で出来た龍がシルフィーを焼き付くさんと口を開く。
シルフィーは水の魔素を集め、水の柱を龍の口へと投げ込んだ。
互いの魔術が水蒸気を上げてぶつかり合う。
必死で押さえ込もうとするシルフィーを嘲笑うかの様に龍は水柱を飲み込みシルフィーをも飲み込んだ。
舌打ちをしながら掌に氷剣を出し身を翻して飛び上がる。
翻った勢いのままに一回転し、身体ごと剣を押し込む。
真っ二つに割れ蒸発していく龍の真ん中に立ちながら必死で氷剣に魔素を足して行く。
折られる訳にはいかない。
溶かされる訳にはいかない。
焼け爛れ水膨れの出来た腕がチリチリと痛むが構ってなどいられなかった。
ただただ魔素に向かって心の中で叫ぶ。
自分に従えと。
頼むから従ってくれと。
その様子に気が付いたのかガウルを片手で弾き飛ばしたアリオクが、レイモンドの攻撃を軽く躱しながらこちらに視線を向けニタリと笑った。
「つらいよねぇ。
絶対的な味方であるはずの魔素にすら裏切られるなんてねえ。
でも仕方ないよねえ。
半魔なんだもの。
本物がいるのに半端者になんて従う訳がないんだから。
弱いって悲しいよねえ」
「……っ」
悔しいがその通りだった為に、シルフィーは唇を噛み締めたまま、また黙って魔素を集める。
アリオクの一度の攻撃に対し、こちらは守るのに2手も3手も必要になって来ているのだ。
しかも相手が火ならば水と言った様に後出しジャンケンの様にして戦っているにも関わらず、だ。
悔しい…。
どこまでも悔しかった。
弱い自分が、力の無い自分が悔しかった。
だが弱いなりにやるしかないのだと、シルフィーは自嘲気味に笑いながら顔をあげる。
次の瞬間、アリオクの横腹が切り裂かれた。
すぐ様修復して行く腹を横目に見ながら、聖剣ではなく長剣を構えたキースが鼻で笑った。
「お喋りしている所悪いが…半魔とやらより弱い人間に腹を斬り裂かれる気分はどうだ?」
「…そう言われるとちょっとイラッとしちゃうよねえ」
ニタニタと笑うアリオクに冷たい視線を向けたまま、キースは言葉を続けた。
「魔族の理とやらでは強者には絶対服従だと聞いたがな。
貴様の方がそれ程までに強いのでありこいつがそこまで弱いのであれば、とっくに膝を折っているはずではないのか?」
「へぇ…言うねえお前」
「事実を述べているまでだ。
その本能に刻まれた魔族の理を精神力で捩じ伏せる程の者を弱い等と俺は思わん。
理に抗う事さえ叶わぬ貴様ら魔族よりこいつはずっと強いとな。
…貴様も情けない面をするんじゃない。
胸を張らんか馬鹿者!!!!」
「えっあっはい」
いきなり叱られビクッとしたシルフィーに溜息を吐いた後、キースは小さな笑みを向けた。
「貴様は強い。
俺はそう思ってる。
他人の評価なんてバラバラなんだ。
そんな曖昧な物に耳を貸して揺らぐんじゃない。
分かったな?」
「………うっす」
「ふぅん。
つまんない仲良しごっこだねえ」
「ごっこすらも出来ない魔族よりはマシだ。
取り繕う事すらも出来んが故に孤独にしか生きられぬ魔族よりはな」
「へぇ。
…私さあ君が嫌いかも」
「奇遇だな。
俺も嫌いだ。
反吐が出る程に」
そう言ってキースが再び斬りかかった。
シルフィーもまた魔素を集めて構える。
弱いから無理などと泣き言はもう言えない。
自分よりも力がない者がこの場に何人いると思うのだ。
その人達が生命をかけて戦っているのに、自分が泣き言を言う事なんて出来ない。
迷いは消えた。
最後まで足掻くだけだ。




