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話を終えたキースは淡々と皆に指示を出した。
配置に着くように促すと今度はシルフィー達に向き直る。
「…ミリア嬢とアナベル嬢は宝玉を持って塔の中にいてくれ。
そして祭壇に宝玉を置き、これを守って欲しい。
この宝玉が壊れればこの国は再び枯れてしまう。
…だから頼む」
キースの言葉に頷く2人は、酷く穏やかだった。
とっくの昔に覚悟など決めていたかの様に。
「…最期に俺から言わせてくれ。
このメンバーで旅が出来て良かった。
楽しかった。
幸せだった。
腹が立つ事もあったが…やはり幸せだった。
…礼を言う」
キースの言葉にシルフィーはきょとんと目を丸くした。
腹が立つ事もあったという時に確実にシルフィーを見たのである。
こんな時まで彼は素直じゃない。
「…俺は別れの挨拶なんて言わねえぞ。
縁起でもねえ。
でもまあ…そうだな。
確かに楽しかった。
また皆で旅に出ようぜ。
今度は観光にでも。
な?」
そう言ったのはガウルだった。
いつも通りの楽観的で呑気な思考である。
だがそれが彼の良い所だ。
「……私も言いません。
私は皆が生き延びられる様に祈ります。
ずっとずっと祈り続けます。
言葉には魂が宿ります。
だから皆で生きると私は言い続けます。
その言葉に魂が宿る様に。
だから大丈夫です。
…だって私は神官ですから」
そう言って、涙でグシャグシャの顔でミリアは笑った。
彼女らしい言葉だ。
神に仕えた彼女の、彼女らしい激励だった。
「…私も楽しかったですわ。
沢山迷惑をかけてしまいましたけれど。
自分を許せました。
自分を愛せました。
自分を大切にしようと思えました。
そして他人を許そうと思えました。
他人を愛せました。
間違っている事を許せる様になりました。
間違いなく、それは皆様のお陰ですわ。
本当にありがとうございます」
あと…とアナベルは続けた。
くるりと視線を動かし、真っ直ぐにレイモンドを見る。
「レイモンド様」
「ん?」
「私は貴方が好きでした」
「……」
「けれど貴方を沢山傷付けました」
「いやそんな…」
「それでもやはり、レイモンド様が好きです」
「………」
アナベルはどこまでも澄んだ瞳でレイモンドを見た。
その瞳には曇りなどない。
ただ真っ直ぐに愛情だけを伝えていた。
レイモンドもその瞳を見詰め、真面目な顔で答える。
「……ごめん。
気持ちには答えられない。
でも…ありがとう。
君みたいな素敵な女性に好きになって貰えて良かった。
光栄に思う」
レイモンドの返事にアナベルは一瞬顔を伏せたががすぐに前を向いた。
その瞳に涙は見えない。
「……いえこちらこそ、初恋を下さりありがとうございました」
「……」
「あとレイモンド様も言っておくべきだと思いますわよ?」
「…え?」
「気持ちは伝えておかないと、後悔すると思いますの。
まあ確実に玉砕でしょうけれど」
「………は?」
レイモンドは目を見開いた。
その顔をアナベルが訝しげに眺める。
「……逆にえっ?ですわ。
成功する見込みがあると思うんですの?
相手はあれですのよ?」
「…いや待って。
君は何の話をしてるんだい?」
「えっまさかの無自覚ですの?
ここまで来て?
張り倒しますわよ」
「いやだから君は一体何を…」
困惑し首を傾げるレイモンドをギロリとアナベルが睨み付けた。
その目には殺意が混じっている様に見えなくもない。
かなり怖い。
「…いいですかレイモンド様。
そのマヌケた頭で良く考えて下さいませ。
あの子にだけ触るのは何故なのか。
何故あの子に視線が行ってしまうのか。
自らを危険に晒してでも庇ってしまうのか。
その感情の名前を探して下さいませ」
「……」
碧い瞳を揺らした後、レイモンドは途方に暮れた様に視線をさ迷わせる。
彼にとってアナベルの問はとてつもなく難題だった。
教本も辞書もマニュアルもない。
なのに人はこの感情の名前が分かるなど彼には理解し難い事だった。
庇いたい、守りたいと思う感情が騎士団長が抱けと言っていた物なのだとは分かった。
だがその感情の名前は彼には分からなかったのだ。
それにこの感情の名前など分かる気すらもしなかった。
こんな曖昧でぐちゃぐちゃで、それなのに優しいこの感情に名前などあるのかさえも分からなかった。
困った様に瞳を伏せてしまったレイモンドにアナベルが眉尻を少しだけ下げる。
そして諦めた様に微笑んだ。
「…レイモンド様。
それを人は『愛情』と呼びますの」
「愛情…」
「そうです。
…貴方が途方に暮れる程に難解な感情の名前ですわ」
「……」
「それは全ての人の数だけ形が違う不思議な物です。
それなのにどれもとても複雑で重たい物です。
そして伝える努力をしなければ伝わらない物です。
言葉にし過ぎると軽くなり、言葉にしていても行動が伴わなければ信じられなくなる様な曖昧な物です。
けれど誰もがそれを与えられたいと願い、与える事で生命を繋いで来た物です」
アナベルは子供に言い聞かせる様に語りかけた。
何も知らない彼に届いて欲しいと願って。
やっと芽生えた彼の幸福の兆しが花開く事を願って。
「…人間に与えられた宝物が愛情です。
分かりましたか?」
「……ん、分かった」
「きちんと向き合って下さいね」
「…分かった」
レイモンドは頷いた後、長い息を吐くと膝を抱えて地面にしゃがみ込んだ。
「…どうしましたの?」
「いや…ちょっとキャパオーバー」
「キャパオーバーって…。
言っておきますがあれだけ今まで散々軽々振っておきながら自覚すら出来ないヘタレって真面目にどうかと思いますわよ」
「今私のメンタルはごっそり抉られたよ」
「これ位で許した事を感謝して下さいまし」
アナベルはフンッと鼻を鳴らし、レイモンドはとうとう膝に顔を埋めてしまった。
レイモンドの完敗である。
ガウルが真横で女に口喧嘩で勝てる訳がねえんだよなあ…と呟いていた。
きっと彼の母親も口喧嘩が強いのだろう。
家での立場が垣間見えた。
「……そんな所で情けない真似をするんじゃない。
お前は何かないのか?」
「…色々考えてましたが、兄上、私はもう無理です」
「戦う前から何を言っとるんだ貴様は…。
シルフィー嬢は?」
「え…?
あー………頑張ります」
「………まあ良い。
貴様に良いスピーチを期待した俺が馬鹿だった」
「次の時はキース様が原稿書いて渡して下さい。
カッコ良いやつ」
「貴様が憤死する様な小っ恥ずかしい台詞塗れにするがちゃんと読むんだな?」
「………いや厳しいっすね。
すいません。
私は行動で示します」
「漢は背中で語るって奴ですね!!
シルフィーさんカッコ良いです!!」
ミリアがグッと拳を握り締めキラキラとした瞳でシルフィーを見る。
なんか喜ばれてしまったらしい。
まあ良っかとシルフィーは目尻を下げた。
「あっでも1つだけ」
「あ?
なんだ?」
「あの、ガウル様」
「聞かねえぞ」
「えっ?」
シルフィーが謝ろうと開いたその口をガウルが止める。
ガウルが面倒臭そうに目を細めた。
「手紙に書いた通りだ。
恥ずかしいから蒸し返すんじゃねえ」
「いやあのでも…」
「黙らねえなら今ここで斬るからな」
「えっ」
「俺の中では手紙を書き終わった時点で全て終わらせた話だ。
愚痴愚痴言われんのは嫌いなんだよ。
黙ってお前も忘れちまえ」
「なんたる横暴」
「あんま褒めんなよ」
「横暴は確実に褒め言葉じゃないっすよ」
「俺が褒め言葉だと思えば褒め言葉なんだよ」
ガウルがケラケラと笑う。
何だか釈然としないが、このメンバーでスッキリ綺麗に纏まるなんて出来る訳がないのだ。
そう考えると何だかこの流れも受け入れられるような気がした。
「……では皆持ち場につけ。
またな」
「えぇ…また後で」




