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あれから数日後。
どうにか元の大きさに戻ったレイモンドと羽が生えたままのシルフィーは2人してアイザックに借りた馬に乗っていた。
レイモンドはよく分からないが「あーもう良い。私は剣術で生きてやる。魔素なんざ二度と使ってやらない」と思ったら使える様になったらしい。
どんな捻くれ者だと言いたくなる話だ。
シルフィーは何故か幻視が上手くいかず、アルフォンス曰く性格が雑だからだと。
魔素の扱いも雑だから繊細な操作のいる幻視が出来ないのだと。
諦めて見せびらかせと言われた為にそのままである。
最近はもう何か見慣れてきたし良いかと言う感情である。
人はそれを匙を投げるとも言う。
「忘れ物はないな?」
「うっす」
「本当にありがとうございました」
「良い良い。
気を付けて行って来なさい。
終わったら必ず報告するんじゃぞ?」
「…まあ頑張ります」
「そうじゃ頑張れ」
アルフォンスがしわしわの掌でシルフィーの頭を撫でる。
まるで願いを込めるかの様に、少しだけその掌は震えていた。
「…師匠も台所は掃除しておいて下さいね。
汚いの萎えちゃうんで」
「分かった分かった」
「…ちゃんとご飯食べて下さいね」
「…分かった」
「…ちゃんと、畑仕事して下さいね。
買い出しも行って下さい」
「………分かった」
私がいなくてもという言葉を読み取ったのかアルフォンスは声を掠れさせて頷いた。
覚悟はお互いにしているのだ。
もう二度と会う事はないかもしれないと。
その光景を暫く眺めた後、レイモンドは口を開いた。
「…1つだけ、お聞きしてもよろしいですか?」
「なんじゃ?」
「……貴方は魔族ですか?」
レイモンドの問いにシルフィーはパチパチと目を瞬かせた。
何を言っているのだろうかと。
この前それは教えて貰ったばかりではないかと。
しかしアルフォンスはレイモンドの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
そしてその真っ黒な瞳を柔らかく細めると小さく笑みを零す。
「……そうじゃな。
儂は魔族じゃったよ。
堕ちたがな」
「……え?」
「やはり……」
愕然としたシルフィーとは対照的にレイモンドは驚く素振りを見せない。
だがどういう意味なのかシルフィーには理解出来なかった。
「…理由を伺っても?」
「……儂はかつて友を愛した。
互いの信頼の為に隷属の契約を結ぶ程に大切じゃった。
魔族を殺す為の行為にすら協力する程に大切じゃった。
そしてこの子も愛した。
穢れた精霊の子であっても儂にとっては可愛くて仕方がなかった。
今も4眷属を屠る為の行為を手助けしておる。
堕ちるには十分な理由じゃよ」
「師匠……?」
不安気に瞳を揺らしたシルフィーにアルフォンスは笑みを返した。
皺だらけの目尻で優しく笑う。
「後悔など欠片もない。
儂は幸せじゃった。
友を得られて、子も持てた。
成長を沢山見せて貰えた。
いつ消えるか分からず共、簡単な魔術しか使えなくなったとしても。
儂は幸せじゃよ。
心からそう言えるわい」
「師匠…」
「儂の幸せの理由がお前なんじゃ。
そんな情けない顔をするんじゃない。
胸を張りなさい。
自分は人を幸せにしたんだと、そう思いなさい」
「……………っはい」
唇を噛み締め頭を下げる。
この人が養父で良かった。
この人に育てて貰えて良かった。
この人は家族なんだと。
今ならそう思える気がした。
胸を張って言える気がした。
この人は自分の父なんだと。
そう言える気がした。
「…行って来ます」
「あぁ、行ってらっしゃい。
そう言えばのフィー」
「はい?」
「知っておるか?
行って来ますとただいまはセットなんじゃよ」
セットで揃ってないとダメな物だからちゃんと揃えなさい。
そう言ってアルフォンスは笑ったのだった。




