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酷い光景だったとレイモンドは呟いた。
魔術師故に魔術に長けていた者達は抗う術を持つこと無く死んで行った。
そうでない者も膨大な数の魔獣に蹂躙され死んで行った。
人間と魔獣の血で谷が染まった。
辛うじて生き残っている者も、手足が食いちぎられ騎士としての未来は潰えた。
噎せ返る様な鉄の錆びた臭いと肉が腐っていく臭いに何度も嘔吐いた。
早く自分も死にたいとすら思った。
死ぬ方が楽だとすら思える程にそこは地獄だったのだ。
「意識が朦朧としてね。
もう録に剣も振れなくなった時、私は魔獣に押し倒された。
……あぁ漸く死ねるんだって、そう思った」
「……」
「そんな私を騎士団長が庇ってね。
叱られたんだよ。
生き延びる努力をしろと。
最期まで抗えと」
「飛龍の時にレイモンド様の言った言葉って…」
「騎士団長に私が言われた事だよ。
…彼も結局亡くなったけどね。
そして甚大な被害を出しながらも魔獣は殲滅出来た。
けれど今でも差別意識を変える事は出来てない。
忌み子と言う呼称すらそのままだ。
何も変えられないのに私は多くの人を死なせたんだ。
…これがゼッペルの死の行軍の全てだよ」
「………」
シルフィーは黙ったまま何も言えない。
何を言えば良いのか分からなかった。
慰めも同情も意味を成すとは思えない。
どんな言葉も届かないと思えた。
「…その後半年程して役目の話が回って来たんだ。
魔術師役が足りないから行ってくれないかとね。
まあそりゃそうだよ。
殆どが死んだんだもん。
私位しかいるわけがない」
「えっじゃあ本当はレイモンド様が魔術師役だったんすか?」
「そうだよ。
まあそこでまた横槍が入った。
身内である王族が魔術師役なんて恥知らずな事をするなとね。
例の側妃なんだけど」
「……殺意が沸いてきますね」
「彼女は私がゼッペルから戻った時に、お前は一応人間だと認めてやるって言って来たからね。
どこまでも忌み子は下であり、彼女からすれば最大級の譲歩だったんだと思うよ。
それすらも差別だなんて思ってすらいないんだ。
しかも自分が特別に人間だと認めてやったのに魔術師役という忌み子を名乗るなんて許せなかったんだろうね。
……もう…ね。
…私は、全てがどうでも良くなったんだ」
「……」
「契約書を見付けたのはそんな時だったよ。
どうでも良いと思っていたけど、死ぬ前に騎士団長に言われた事だけは意味を分かりたいと思った。
それが終われば未練無く死ねる気がしたんだ」
レイモンドは目を閉じる。
彼が亡くなる前の日の夜。
彼は語ったのだ。
もしかしたら死期を悟っていたのでは無いかと今では思う。
『レイモンド殿下には足りない物がある。
一番足りないのは生きる理由だ。
あんたは生きようとする理由が何も無い。
ただ死にたくないから生きているだけだ。
たった1人で良い。
自分が守らなきゃいけない存在を作った方が良い。
最初は義務感でも、無理矢理に思い込むでも良い。
そいつを残しては死ねないとなれば、それが生きる理由になる。
魔術師だからそういう感情を持つのが難しいのは分かる。
だが可能性は0じゃないはずだ。
友情でも愛情でも良い。
そんな感情を抱ける相手を作れ。
そいつの為に生きてやるって思える相手を作れ』
その言葉はずっとレイモンドの中に引っかかったままだった。
もしかしたらパートナーとも言える専属魔術師ならばそう思えるかもしれない。
彼が抱けと言った感情を抱けるかもしれない。
本当はアルフォンスに助けて欲しいなど言うつもりは無かった。
だが勝手に零れてしまった本音だった。
生きる理由を下さい。
彼が抱けと言った感情を自分に下さい。
そして心残りを無くして死なせて下さい。
ーーそれが彼の心からの願いだった。




