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「……これは確かにレイモンドだな」
「…だからそう言っているでしょう」
キースの手紙を読んだアイザック王太子は人払いをすると、シルフィーにレイモンドを降ろす様に言った。
そして対面したレイモンドをまじまじと観察している。
レイモンドは少々居心地が悪そうだ。
「…靴すら履いていないではないか。
オムツなんかはあるのか?
かぶれると厄介だぞ」
「排泄は自分で出来ます!!」
「そうか、偉いな。
トイレトレーニングは中々手間取る物だ」
よしよしと頭を撫でられレイモンドの目がいっそ殺してくれとでも言いたげな色を浮かべた。
彼の心はズタボロだろう。
「魔術師殿、今は離乳食か?」
「いや普通のご飯ですね」
「そうか。
ならおやつも食べられるな。
クッキーだ美味いぞ」
「酒を下さい。
浴びる程呑みたい気分です」
「まあ冗談はここまでにしてやろうか」
「本当に冗談でしたか…?」
ジトリとした視線を向けたレイモンドにアイザックは鼻で笑う。
「生意気な弟が赤子になって帰って来たんだ。
兄として弄り倒したくなるのも仕方なかろう」
「アイザック兄上、性格が悪いです」
「お前とそう変わらん」
凄い。
レイモンドを軽くいなしている。
お兄ちゃんって強い。
「で、書庫を使いたいと言う話だったな?
勝手に使えば良い。
司書には伝えておく。
寝泊まりは書庫に近い客室を使いなさい。
さすがに城中にお前が縮んだと広めると不味いからな」
「ありがとうございます」
「ついでにお前の服もいるか…。
下の弟妹の物がまだ残っているはずだ。
客室に運ばせておく」
「妹のはいらないです」
「そうか?
似合うと思うがな」
「嬉しくありません」
「こちらも喜ばせようとは思っていない。
それと魔術師殿も同じ客室を使ってくれるか?
赤子1人で部屋を使わせる訳にはならん上に使用人を使えばボロが出る」
「兄上それはいくらなんでもっ」
「お前がオムツ交換や離乳食やおしゃぶりに耐えられるなら使用人を付けてやるが」
「………フィーと同室でお願いします」
苦虫を噛み潰したような顔でレイモンドは答えた。
確かにこれ以上赤ちゃんのフリをさせるとレイモンドの心に深い傷が出来そうだ。
既に手遅れな気がしなくもないが。
「後は…あぁそうだ。
一応聞くがお前は結婚するつもりは無いな?」
「今更ですか」
「いや建前上だから気にするな。
側妃達をどうするかで今揉めてるんだ」
「あー…なるほど」
「向こうはお前を指名して来たがどうする?」
「全力で断っておいて下さい」
「まあもう既に断ってあるがな。
御立腹だったぞ」
「…もしかしてさっきの激怒はそれですか?」
「あぁ。
お前も見た通り憤死するんじゃないかと言う位キレてたな」
「本当に無理ですからね。
もし通したら私は謀叛しますからね」
「しないから安心しろ」
何やら会話が不穏である。
何となくレイモンドの結婚についてだと分かるが口を挟むべきじゃなさそうだ。
確かに父ちゃんの嫁と結婚はきついよなぁと思う。
カップルによっては見た事もない元恋人に嫉妬するなんて事だってあるらしいのに、それが父ちゃんとなると余計に色々厳しそうだ。
「もういっその事キースに今回の褒賞として下賜するか…」
「キース兄上も多分キレますよそれ。
アイザック兄上が引き取れば良いじゃないですか」
「向こうが私は嫌だと言っとるんだ。
私がカイラ妃の我儘を聞いた事がないからだろうがな」
「言い出しておいて何ですが兄上娶る気だったんですか…?」
「あれを外に出す訳にはならんだろうが。
身内の誰かが引き取るしかない」
「…私は嫌ですからね。
本当に申し訳ないですけれども」
「分かってる。
キースとフリードと…あとは叔父上にでも話を持って行くか。
…まあ話は終わりだ。
疲れただろう。
案内をさせるからゆっくり休め」
「分かりました。
失礼します」
「失礼します」
おんぶ紐を外してしまった為慌ててレイモンドを抱き上げる。
自分で付けられる程器用ではない。
その様子を見てアイザックが溜息を吐いた。
「…羽が広がっているぞ。
紐を出しなさい。
教えてやる」
「あっありがとうございます…」
お兄ちゃんはやけに手馴れていた。
さすがは子沢山の長男と言った所である。
「いいか?
ここに足を通して紐を束ねるんだ。
レイモンドはそのまま魔術師殿の肩に捕まってやりなさい。
…そう。
その後前でクロスにして後ろの左右の輪にそれぞれ紐を通す。
そのままギュッと締めながら胸の前で結ぶ。
そう、それでいい」
「ありがとうございますっ」
「…分からなかったらまた聞きに来なさい」
「はいっ!!」
面倒見が良い所もさすがは兄と言うべきかもしれない。




