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あぁいる、と街に足を踏み入れた瞬間に分かった。
まるで全身を氷漬けにされたかの様に、身体が酷く冷たい。
夏も終わりを迎えたとは言えまだまだ気温は高く、平素ならば立っているだけで汗ばむ程に暑いと言うのに。
足を踏み出そうとする意志を恐怖が押し留める。
ここへは行くなと、身体中が警報を鳴らしていた。
ちらりと見れば自らの手が細かく痙攣しているのに気が付く。
噛み締めていなければ自身の歯ですらガチガチと鳴り出してしまうだろう。
普段なら騒ぎたてる魔素は逆に沈黙していた。
強者には絶対服従の魔族の理を思い出す。
そして魔素は、本来魔族に忠誠を誓った粒子である事も。
「どうした?
顔色ドブみてえになってんぞ」
「………いえ別に」
歯が鳴らない様にと絞り出した声は酷く掠れていた。
弱々しい息絶える前の虫の様な声で答えたシルフィーにガウルが目を見開くが取り繕う余裕など何処にも無い。
キースがレイモンドとシルフィーの様子を見て踏み出そうとした足を止めた。
「…いるんだな?」
「……はい」
キースの短い問いに答えたレイモンドの声も掠れていた。
無理に絞り出したかの様な痛々しい声である。
「…このまま行けば死ぬか」
「……ですが、もう向こうも気が付いています。
こちらが気が付いている事にも。
向こうの目的が分からない以上はっきりとは言えませんが、背を向けたら弱者と見なされ殺される事も考えられます」
「このまま行けと?」
「…非戦闘員は置いて行きましょう。
庇いながら戦える相手ではありません」
「……分かった。
ミリア嬢とアナベル嬢は馬車で待っていてくれ。
2日以内に戻らなければ王宮へと馬車を出して応援を呼んで来て欲しい」
「……分かりましたわ」
アナベルは頷くがミリアは唇を噛み締めた。
戻らないと言うのがどういう事か容易く想像出来たからである。
だがアナベルに促され、ミリアが泣き出しそうな目を伏せて4人に背を向けた。
「…遺書とか書いてねえぞ俺」
「俺は書いて来てあるがな。
積み立てて来た各種保険会社と個人で買った不動産と土地を纏めておいた。
相続時の分配も認めてある」
「まじかよ。
死ぬ用意完璧じゃねえか。
いつでも葬式開けるな」
「書いておいて良かったと思う状況にはなりたく無かったがな。
…過去の封印の儀では魔族が現れた事など一度もない。
だからと言ってその可能性を考えてすらいなかった俺のミスだ」
すまないとキースは呟いた後、足を踏み出した。
進む先にはゼークス領領主の館が悠然と聳え立つ。
あそこが墓場か…中々豪華だなと脳内で必死に良い方向に考えるが、自分でも分かる程にキレがない。
巫山戯る余裕すらないのだろう。
「…行くよフィー」
「……はい」
震える足を必死で前へと動かした。
動かした先が死地だと分かっていながら。




