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手紙の返事が来ないとキースがポツリと呟いた。
イシュラン領で買ったチーズチップスなる物を食べていたシルフィーは聞いちゃいなかったが。
チーズを薄く広げて焼かれたそれは、その名の通りまるでチーズのポテトチップスである。
ワインに合うからとゴリ押しされて買ったが良い風味と食感だ。
ポリポリと食べるシルフィーの横に座っていたレイモンドは、訝しげに眉間に皺を寄せていたが。
「ゼークス領ですか?」
「あぁ。
イシュラン領に着く前に要請があったがそれから音沙汰が無くてな。
向かうと一報を入れたがそれにも返信がない」
「最初の要請では何と?」
「…………魔族が現れた、と」
その言葉に馬車の車内の空気は一瞬で凍り付いた。
ミリアが唇を震わせながら口を開く。
「…魔獣ではなく、魔族ですか?」
「あぁ。
要請には確かにそう書いてあった。
ただはっきりと確定した訳ではなく、複数人の目撃情報があったという段階だったから、追って詳細が分かり次第報告すると言っていたんだ。
だがそれから一向に連絡が無いから念の為騎士団を派遣したが、街に特に変わった様子は無かったと」
「なら見間違いだったのでしょうか…?」
「それならゼークス領の領主はそう言って来る筈だ。
国境付近に領地を持つ領主は国との連携を密にしているからな。
その中でもゼークス領の当代領主は生真面目で有名な御仁だ。
何も言わないなどまず有り得ない」
「…何かあったんでしょうね。
ただ街に変わった様子が無いと言うのも気になります。
流石に魔族が現れたなら厳戒態勢を敷いていてもおかしくない」
「そうだな。
本当にただの見間違いで手紙がどこかで行方不明になった可能性も0ではない。
その場合は空振りとしてすぐに出発するからそのつもりでいてくれ」
可能性はかなり低いがなとキースは小さく呟いた。
生真面目故に手紙がきちんと届いたか配送人に確認する様な御仁なのだ。
手紙が届かない時点で何かが起きているのだと考えた方が良い。
国が誇る騎士団ですら分からない程の何かが。
「あれじゃないすか?
見間違いだったけど騒ぎになっちゃったから今更見間違いだったなんて言えないみたいな。
気不味くて言えない的な」
「珍しく聞いていたと思ったらそれか。
貴様と一緒にするな馬鹿。
それと食べながら喋るな」
「へーい」
シルフィーの意見はお気に召さなかったらしい。
残念である。
魔族ねぇ…とシルフィーはもぐもぐと口を動かしながら窓の外を眺めた。
魔獣と魔族では危険性が桁違いである。
そもそも魔獣と魔族の違いはその知能の高さと魔力量の多さにあった。
魔族は基本的に人間と意思疎通が出来ると言われている。
だからと言って話が通じる訳ではない。
根本的な考え方から違うのだからどうしようもない。
ただ単に言語としては同じという意味である。
むしろ魔族側が魔術で相手の言語に自動切り替え出来るらしいので、向こうが合わせてくれるのである。
だからこの前の飛龍は括りとしては魔獣である。
ただこちらの言葉は理解していた様なので、魔獣以上魔族未満というのが正しいのかもしれない。
そして魔獣は言わば凶暴な獣だが、魔族は戦闘民族の様な存在だ。
強い者が大好きで、弱い者は嫌い。
強さこそ全てで、弱いなら死ぬべきだ。
その為に慈悲など知らないしやるなら全員虐殺がモットーなのである。
しかもその中に憖っか腕の立つ者がいて退けたりすると、喜んで何度も戦いを挑んで来るらしい。
非常に迷惑なタイプのストーカーである。
昔戦争が長引いたのも当時最強だと言われていた人間側の武人が一度退けた事で、魔族が大興奮したからだと言われている。
その上もっと強くなってくれなきゃつまらないと、アドバイスや訓練じみた事までして来ていたらしい。
毎回半死半生にされていた様だが魔族にとっては訓練である。
最強の武人の内心を思うと胸が痛い。
とまあ退けたら執着され、退け無かったら皆殺しにされるというのが魔族である。
どちらを選んでも地獄という究極の選択だ。
「レイモンド様は魔族見た事あります?」
「親戚のエルフなら会ったよ」
「あっあの世界樹くれたエルフがいたか」
「そうその人達。
まあエルフは魔族の中でも穏健派だと言われてるから普通だったけどね」
「へー。
全員が全員戦闘狂ってわけじゃないんすね」
「そうだね。
エルフ直伝の攻撃魔術とか弓の使い方を仕込まれたけどそれ位かな」
「因みに何歳の時ですかそれ」
「えっと…確か2歳かな」
「穏健派ですらそれか…」
2歳児に戦闘方法を教えるのが穏健派ならば過激派はどんな奴らなのか想像したくない。
何事も無いと良いのだが…と言う願いは無惨に散るのだが今のシルフィーはまだ知らなかった。




