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山積みのパンをまるで曲芸師の様にふよふよと浮かせてシルフィーは歩いていた。
その後ろを水の入った大樽が同じくふよふよと浮かびながら列を作って進んでいる。
額に浮かんだ汗もそのままにシルフィーは広場に着くとキョロキョロと辺りを見渡した。
「シルフィー?」
「あっアナベル様。
これ何処に運べば良いっすか?
水とパンなんすけど」
「調理場ね。
着いて来て頂戴」
「うっす」
知り合いがいて良かったと思いながら避難所に入り、周りにぶつけない様に慎重に進む。
パンが天井に届きそうでちょっと怖い。
「でも意外だわ」
「んあ?」
「ずっとシルフィーってば働き詰めでしょう?
もう少しサボるタイプだと思ってたからその…」
「あー分かりますよ。
私自身サボりたいっすもん」
「でも困ってる人がいるから見過ごせない?」
「いや全く。
少しも良心は痛まないっすね」
「あらまあ…。
では何故?」
「……脅されたんすよ」
「脅し?」
シルフィーが遠い目をするとアナベルは首を傾げた。
程なく救護所で目を覚ましたシルフィーにキースは言ったのだ。
『今ここに貴様の傷をすぐ様治せる上級ポーションがある。
貴様も再び入院は嫌だろう。
選ばせてやる。
入院か、もしくはこのポーションを飲むか。
だが貴重なポーションを渡すんだ。
その後馬車馬の如く働くならこれをやる』と。
シルフィーはポーションに一も二もなく飛び付いた。
ポーションを飲み干すシルフィーの顔を、キースがニヤリと笑みを浮かべながら眺めている事には気付かずに。
「…これ見て下さい」
シルフィーが腕に付けた銀細工をアナベルに見せる。
一見ただのシンプルな腕輪にしか見えない。
「これが何?」
「これ魔道具なんすよ」
「魔道具?」
「はい。
逐一位置情報がキース様に届く上に、動かずに同じ場所に20分以上いるとキース様が転移で現れます。
キース様によって朝8時に装着され、夕方の5時に外されます」
「……監視が厳しいわね」
「辛さの極みっす」
はぁっと溜息をつくシルフィーを何とも言えない顔でアナベルは見た。
キースのブラック企業も真っ青な監視っぷりに引くべきか、そこまでさせるシルフィーの信用の無さを嘆くべきなのか。
「でも大分避難所に住んでる人も減ったっすね」
「えぇ。
仮設住宅の建設も殆ど終わってるから皆そちらに移ったのよ。
集団で暮らすよりも精神的にも衛生的にも良いわ」
「まあ感染症とか怖いっすもんね。
避難所で集団感染とか目も当てられないっす」
「そうね。
とりあえずゆっくりでも先の見通しが立って安心したわ」
良かったと肩を下ろすアナベルの顔には疲労が滲んでいた。
彼女も働き詰めなのだ。
疲れるのも無理はない。
「…大丈夫っすか?」
「何が?」
「顔色悪いっすよ。
ちゃんと休憩してます?」
「……」
「休まなきゃ真夏だから余計に倒れますよ」
シルフィーがそう言うがアナベルは俯いた。
細く白い左腕を右の掌でギュッと握り締めている。
「…これ位しか役に立てないもの」
「いやこれ位で充分っしょ」
「皆が救助活動をしてた時に全く役に立てなかったもの。
その分働かなきゃ…私がお役目のメンバーの中でただでさえ役立たずなのに」
「そっすか?
んな事ないと思いますけど。
誰かに何か言われたんすか?」
シルフィーが首を傾げるとアナベルは黙り込んだ後、ゆっくりと首を横に振った。
「誰にも言われてないわ。
…でも自分が一番良く分かってるもの。
戦う力もない上に、血が苦手でミリアみたいに治療要員としても動けない。
ただただ邪魔なだけだわ」
「…非戦闘員だから、血が苦手だから。
その出来ない事を誰かに責められた訳じゃないんすよね?」
「…えぇ」
「アナベル様は役に立たない人間は嫌いですか?
出来ない事がある人間は不要だと思いますか?」
「…そんな事ないわ」
「私は例えば他人の感情に寄り添ったり、見分けられなかったり、デリカシーや気遣い、女性らしさ、その他諸々が足りないらしいっす」
「……」
「これらはアナベル様は持っている物です。
私は力があるけど足りない物がある。
それで良いと私は思ってますが」
「……」
「レイモンド様との話の時にも思いましたが、アナベル様は『出来ない事』を悪い事だと思っていませんか?
完璧でなければならないと。
出来ない事は必ず克服しなければならないと。
克服出来ないのは努力が足りないだけだと」
「……」
アナベルは俯いてしまった。
言い方がキツかったのかもしれない。
「…出来ない自分を許す事は出来ませんか?
全部引っ括めて自分なんだと思えませんか?
自分は出来なければならないと、過剰なプレッシャーを自分で掛けて潰れるのは愚かだと思います」
「あなたに何が分かるの…」
「何も分かんないっす。
だって私は自分に何の期待もしてないっすもん。
今まで自分がやって来た『出来る事』をやって、その経験から『出来そうな事』を増やすだけです。
その内に『出来そうな事』が『出来る事』へと変わり新しい『出来そうな事』が増える。
出来そうにもない出来ない事を出来ないと嘆くより、よほど精神衛生上良いと思いますが」
「あなたには分からないのよ!!
誰かに期待されてそれに答えなきゃいけない重圧を知らないから!!!!」
バンッとアナベルが調理台を叩いた。
眉間に刻まれた皺は酷く深く、歪められた口元には苦しみが滲む。
「私は出来なきゃダメだと言われて来たの!!!!
出来ないなんて口にする事さえ許され無かった!!!!
例えば今回みたいな災害時に、領主が分からない、出来ないなんて口にして良いと思う!?
絶対に出来る、何とかするって言わなきゃダメなの!!!!
私はずっとそう言われてその通り努力して来たわ!!!!
出来ないなんて泣き言を言わない為に!!!!」
「……」
「なのに何故!!!!
何故あなたなの!!!!!!」
「……」
「何故努力して克服した私ではなくあなたなの!?
無理です嫌です出来ないですと言うあなたなの!?
必死で隣に立ちたいと努力した私ではなく、勝手に1人で歩くあなたを選ぶのは何故!?」
「………?」
これ何の話だろうか。
さっきまで苦手克服の話だったはずなのだが。
シルフィーは一応真剣な顔をしていたが脳内は疑問符塗れであった。
アナベルは堪えきれなくなったのかボロボロと涙を零した。
「こんな感情になる自分が…一番嫌い…っ!!!!」
「……」
その感情が何なのかが分からずシルフィーは何も言えない。
共感力に欠ける人間には難題であった。
目の前で泣くアナベルを困惑した目で見ながら固まっているシルフィーの肩を誰かがポンッと叩いた。
「……貴様サボるだけでは飽きたらずアナベル嬢を泣かせるとは良い度胸だな。
女性には優しくしろと教わらなかったか?」
「お言葉ですけど私も女性ですキース様」
「生物学的な話じゃない。
精神的な話だ」
「肉体も精神も女性です」
「それはない」
「本人の意見を否定って凄い」
「…まあ何でも良い。
さっさと資材置き場に行って搬入を手伝って来い。
アナベル嬢は俺が預かる。
貴様がいても役に立たん」
「…うっす」
こうして2人は少しだけギクシャクしてしまったのである。
まあ実際はギクシャクしたのはアナベルだけでシルフィーは全く普段通りであったのだが。




